Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成18年

ー12月ー

2006年12月31日(日)
よいお年を!
ホームページで日誌を書き始めてから4年、
大晦日に日誌を書くのは初めてである。
今日は、掃除・洗濯・料理・お墓参り…と、
由緒正しき大晦日の1日を過ごした。
その自分の働きっぷりに大変満足。
来年もきっといい年になるぞー!!

それでは、
12月6日に書いて8日に撤回したご挨拶を、
ここで改めて申し上げます。

どうぞ皆様、よいお年を!

2006年12月30日(土)
またまた浦島花子レポート
びっくりした!
まだ30日なのに、レコード大賞をやっていた!!
私の記憶では、レコード大賞は大晦日の夜7時からだったのだが、
いつ変わったのだろうか。
レコード大賞で歌い終えた歌手が、
次々と紅白歌合戦の会場に向かいって行くというのが慣わし(?)で、
それが観るものにとってもけっこうスリルであった。
だから、大賞を受賞しそうな歌手は、
はなから紅白の歌う順番が後の方に決められていたものである。
それと、日ごろは他局名や他局番組名などご法度のはずが、
「今、沢田研二さんは、レコード大賞の会場からこちらへ向かっているところです」とか、
「ちあきなおみさん、このあとすぐ紅白歌合戦が行われているNHKホールに向かいます!」とか
二つの番組の司会者が連発していて、
ライバルであるNHKと民放が年に一度、仲良しになるのも見ていてほほえましかった。
それがなくなったのかぁ〜
その代わりに格闘技とかアイドルのライブコンサートとかやってるんだなぁ、きっと。
・・・とかなんとか考えているうちに、晦日が過ぎていく。
さっさと掃除をしてしまわなければ!

(それにしても上記の歌手の例は古すぎるぜ)

2006年12月29日(金)
同窓会
小学校、そして中学校のときに担当していただいた2人の先生と、
電話でお話しすることができた。
呉市立落走小学校で4,5,6年を担当してくださった佐藤先生は、
今66歳、定年退職され、今は畑仕事を楽しんでいらっしゃるという。
呉市立吉浦中学校で1年生のとき担当していただいた村田先生は、
今72歳。今も中学校で不登校児などの相談に乗っていらっしゃるそうだ。
あのとき、20代、30代だった先生方は、
担当していた子供たちが、50歳になると聞いてどう思われるのだろう。
年明けの1月3日、その吉浦中学の35年ぶりの同窓会が行われる。
今から、うきうき、わくわく、そしてどきどき。

2006年12月28日(木)
久々に浦島花子レポート
最近、車のしめなわを見なくなった。
昔は、家の玄関とともに、車にも小さなしめなわをしていたものだ。
姉いわく、「車が財産として見られなくなったってことよ」
ふむふむ。

それから、国旗も飾らなくなった。
40年前に建てたうちの家の玄関には、
国旗を立てる金具が取り付けられている。
私が高校生ぐらいまでは、
うちもうちから見える家々のどこもが、
お正月に国旗を立てていたと思うのだが、
今は本当に見かけなくなった。
日本中の家庭用国旗よ、いずこへ。
ちなみにうちのは押入れに眠っている。

2006年12月27日(水)
博多その2
博多は地下鉄や地下街が発達していてたいへん便利な街である。
田舎の広島にそれらがないから、うらやましさも手伝って特にそう感じる。
さて博多では、地下鉄やJRの駅構内の表示に、ハングル文字をよく見かける。
韓国が近いからだろうが、それが目に入ると、一瞬どこにいるのかわからなくなる。
さぞかし、韓国からの旅行者も多いことだろう。
博多の人々のやさしさは、
日ごろから国内外のよその人たちを多く受け入れているからかもしれないなと、ふと思った。

2006年12月26日(火)
博多その1
2年ぶり、2度目の博多。いい街である。
もし日本に暮らしていて自由の身なら、東京に次いで住んでみたい街だ。
人が多く、活気があって、人々の物言いがやさしく親切、そして便利、でもちゃんと趣があって…と、
挙げればきりがないほど、いいところばかりが目につく。
2年前に叶わなかった、とんこつラーメンとモツ鍋の店に行き、
その味を堪能した。
そう、この街はおいしさも魅力のひとつである。
明日は、来年の10周年記念パーティーに来てくれる友人たちと会って、打ち合わせの予定。

2006年12月25日(月)
本日のワタクシ
1.腰痛のチェックのため、呉線に乗って30分、広島駅前のT病院へ。
  1時間半待ち→診察→レントゲン→説明→背中に2本注射→痛い→精算
2.姉と昼食。広島本通りにある「アンデルセン」というレストランでハンバーグを食す。
3.M銀行へ行って通帳記入。そしてH銀行へ行って支払いやら送金やら。
4.広島駅前「ホテルグランヴィア」にて、地方紙「ザ・ウィークリー・プレスネット」の取材を受ける。1時間余。
5.朝行った病院でもらった処方箋を持って薬局へ。院外処方は面倒くさい。
6.お腹はすいてないのに、漂ってくる匂いに負け、広島名物お好み焼きを食す。広島駅ビル内の老舗「麗ちゃん」にて。
7.友人にめがねを見立ててもらう。出来上がりが楽しみ。
8.クリスマスなので、簡単に帰宅する気分になれず、広島の100メートル道路のイルミネーションを観に行く。
9.20:30帰宅。母に、帰宅が遅いと怒られる。とほほ。私っていったいいくつ?
【おまけ】
昼間、叔母がやってきてラジオ出演やら新聞掲載やらをほめてくれ、お年玉を置いていってくれた。なはは。私っていったいいくつ?

2006年12月24日(日)
ディープインパクトに想う
残念だ。
ディープインパクトが引退することがではなく、
ディープインパクトが引退する年になって、
その魅力を知った自分が、である。
もっと早くこの馬の雄姿に出会いたかった。
まわりを圧倒する情熱で走りぬくその姿に、
心打たれた人は数多いことだろう。
今日の有馬記念は、彼の最後のレースだったが、
ゴール間際の走りと顔つきは神々しくさえあった。
ニュース番組を探してそのビデオを何度も見つつ、
たった一度の人生、私もこうなりたい、こうでありたい、と想った。

2006年12月23日(土)
親不孝者の親孝行
故郷に錦を飾る第4弾!
私の記事が本日の中国新聞に載った。
わざわざ大きさを言うのもなんだが、
20センチ×30センチぐらいのスペースで、しかもカラー!
デジカメで撮って、ここに載せたいのはやまやまだが、
デジカメ用のケーブルを忘れたので、それはおあずけ。
母にひとしきり、親孝行者だとほめてもらった。
親と離れ、遠く海の向こうに住む親不孝者は
今回かなりポイントを上げることができ、ほっとしている。

2006年12月22日(金)
母の目
ホームページの更新がやや難しくなりつつある。
その元凶はほかでもない、母の存在である。
私が帰省すると母はうれしい、それは当然である。
いつも会えない分、向き合って話したい、それもわかる。
だが、私がパソコンを開くとどこからともなく現れて
「何しよるん」。
仕事だと言っても、なにやら怪しげな視線を投げかける。
母にとってはなじみのないパソコンはテレビに見えるらしい。
今こうして母の目を盗んでパソコンを開けるときも、
抜き足差し足で部屋に入り、こそこそとキーボードを打ち始める。
あぁ、これも非日常。

2006年12月21日(木)
NHK様
テレビを観る。
トークは早すぎ、画面はけばけばしい。
おまけに出演者はさっぱりわからない。
スターものまね合戦などという番組にいたっては
ものまねしている人もされている人もわからないときてる。
チャンネルをNHKにあわせる。
と、ジャカルタの衛星放送で毎日観ているニュースキャスターが!!
なんだかほっとした。
NHK様! 紅白歌合戦は、
しゃべりはゆっくり、画面は落ち着いたトーンで、よろしくお願いします。

2006年12月20日(水)
非日常
今、私の周りにある、非日常的なものの数々、
こたつ、ストーブ、ホットカーペット、電気毛布、静電気予防スプレー、ハンドクリーム…
それからファーつきのコートやぶ厚いタイツ。
1年に2〜3週間しか使わない私の冬の衣装はとても限られてる。
確か昨日もおとといも先週も、同じ服で出かけたはず。
デパートに行けば買いたくなる服がいっぱい。
でも買っても、ほとんど着ないで終わってしまう。
冬の日本でのお出かけはつらい。

2006年12月19日(火)
親孝行
昨日に続いて、今日は地元広島のケーブルテレビに出演。
映画評論家、花本マサミさんの番組、「花本マサミのざっくばらん」によんでいただいた。
アナウンサー時代、もっぱらラジオ番組がメインだったので、テレビは苦手。
でも、花本さんの気さくな司会のおかげで、リラックスして話せた。
今月は、2日のNHKラジオから始まって、放送局に縁のある1ヶ月だったが、
これでひとまず終了。
あとは、今月半ばに取材していただいた中国新聞の記事の掲載を待つだけである。
そんなわけで、今月はたっぷり親孝行ができました!!

2006年12月18日(月)
クオリティ
「地球ふたっぱしり・夫婦貧道中」という本を出版したとき、
文化放送とTBSラジオ、それに地元RCCのテレビ番組に生出演させていただいた。
それから数えると15年ぶり。
今日はラジオの生放送に出演して、久しぶりに緊張した。
番組のあとは、私がアナウンサーになるきっかけを作ってくださったディレクターにお会いして
昔話にひとしきり笑ったりしんみりしたり。
まだまだアマチュアの域を抜けなかった20歳ちょっとの私に、
多くのことを教えてくださったその直球型のディレクターは、
すでにリタイアされているのだが、昔のイメージのまま。
今日もたくさんのいい話を聞かせてくださった。
クオリティの高いものを見、聴き、触れてこそ、
自分にもクオリティの高いものができる。
そのディレクターの確固たる自信は、そこからきているという。
そうなのだ、
クオリティの高いものを自分の中に蓄積するということは、
自らの自信にもつながるのだ。
これは私のこれからの10年の課題となろう。

2006年12月17日(日)
逃避

明日はジャカルタ日本人会会報「ブリタジャカルタ」に連載している
「日本語教師七転八倒物語」の締切日。
日本に帰っても締め切りはやってくるのだ。
なんだか、日本にいるとインドネシアのことを書いていても実感が湧かない。
というわけで、朝からうんうんうなりながら書いている。
筆が進まなくなると、メールを書いたり、写真データを見直したり、
パソコンって便利だけど、いとも簡単に逃避もできるので
締め切りに追われる人間には良し悪し。

2006年12月16日(土)
お知らせ

12月のはじめにNHKラジオの番組に電話出演したが、
来週の18日月曜日に、地元RCCの番組に生出演することになった。
RCC中国放送は、
高校時代に『たむたむたいむ』という番組を担当させていただいたのをきっかけに、
アナウンサー時代に大変お世話になった局である。
局の中は変わってしまっただろうが、懐かしいだろうなぁ。
それにパーソナリティが、高校時代からファンだった上野隆紘アナウンサー。
感激! でもあがるぞ、きっと…

番組名は、『平成ラヂオバラエティ ごぜん様さま』
出演時間は、10:15ぐらいから。
話す時間は、約10〜20分。

広島をはじめとする中国地方の方、よろしければお聴きください。

2006年12月15日(金)
母と娘の会話

今日、年老いた母と冷蔵庫を整理していたときのこと。
パーシャルルームから透明な袋に入った魚が出てきた。
母にそれを差し出しつつ娘、「おかあさん、こんなのあるよ、どうする?」
それを手にとって見た母は一言、「あ、たこ、たこ」
ついに母がぼけたかと思った娘、愕然としつつ、「え!…おかあさん、これ、魚よ」
母は娘の目をしっかり見据えて、「ほいじゃけん、た・こ・う!」
魚の名前に弱い娘は一瞬にして合点し、しばしどんな魚か考えつつ、「あ、たこうっていう魚ね)」
すると母、笑いながら、「ちがうわいね、あとでこの魚を炊こう、の、た・こ・う」
まったく私ったら、どっちがぼけてんだか。

2006年12月14日(木)
暖冬

あったかい。
帰国前にもらった友人からのメールでは、
「日本はめちゃくちゃ寒いよ〜」とのことであったが、なんだかちっとも寒くない。
広島空港から広島市内に向かうリムジンバスの窓からも、見とれんばかりの紅葉。
実家から見える対岸の江田島の山々も、赤黄茶と美しい色を見せている。
この、季節の変化だけはインドネシアにないもの。
季節遅れのこの風景を、しっかり堪能しよう。

2006年12月13日(水)
杉並区民から呉市民へ

本日午後、田舎の広島に移動のため、
帰国時の定宿、ホテルアミスタ阿佐ヶ谷を出る。
私がこのホテルを気に入っている理由はいくつかあるが、
@JR中央線阿佐ヶ谷という、便利な駅
A新旧の店が仲良く共存している、いかにも日本的な商店街が通り道なので、久々の日本の生活を味わえる
Bホテル内のインテリアはシンプルだがセンスがよく、スタッフの接客マナーもハイレベル

C客室はシンプルだが、すべての設備がほぼ完璧なメンテナンスをもって揃っている
D部屋の窓から、見事な富士山が見える

などなど。
今回は特にホテル前にある通りのイチョウ並木がすばらしい黄金色で、
12月というのに、秋の風情も楽しませてもらった。
さて、東京から飛行機で1時間余の広島は、どんな風景で私を迎えてくれるんだろうか。


2006年12月12日(火)
銀座のクリスマス

銀座のクリスマスが好きだ。
華やかで、おしゃれで、きらめいていて、
心から幸せな気分にしてくれる。
そんな銀座で、力丸先生と会った。
非常勤教師として1年間JCC教えてくださった力丸先生は、
来年1月からインターカルト日本語学校の先生として復帰する。
「今も毎日のようにJCCのスタッフのことを思い出すんです」と言ってくださる力丸先生。
これから日本でしっかり経験を積んで、念願のアフリカでの日本語教師の夢、
必ず叶えてくださいね!

2006年12月11日(月)
日本における変な日本語

先日、おせんべいやさんで変な日本語に遭遇。
店員「1950円でございます」
私 「あ、じゃあ、2000円でお願いします」
店員「はい。…それでは、50円の
お戻しでございます」
お戻し? 「おつり」が「お戻し」?? 初めて聞いた。
一般的に使っている「お返し」ではいけない理由があるのだろうか。
おせんべいやさんなので、
老舗のしきたりとか、もしくは言葉による迷信とか、
そんなものがあるのかも。
たずねてみたいと思ったが、ちょっと急いでいたし、聞きそびれてしまった。
明日にでもまた寄って、真相を究明しよう。

2006年12月10日(日)
大掃除

海外でのホームページ更新が順調に進んでいる。
5日の日誌で、取り付け不可と嘆いたマークも入れられることに気づき、トップページも更新!!
あ、そうだ! 今回の日本滞在中、空いている時間を使ってホームページの総点検をしよう!!
いまだ工事中の箇所や、更新を見送ったままの文章を、
年末にふさわしく一挙大掃除だ〜〜〜!!

2006年12月9日(土)

今日は、JCCの日本語教師採用面接試験だった。
毎回、おいでくださった方の顔をJCCの建物を背景に想像してみる。
それぞれの方が、熱心に教壇で教えてくださっている様子を思い浮かべてみる。
それだけでもう、わくわくしてくる。
ただ、すべての方にジャカルタにおいでいただくことになるわけではない。
学生と教師の出会いは縁だが、
教師と学校との出会いも、縁だと思う今日この頃である。

夜は、インターカルト日本語学校の加藤先生と、年末恒例の「1年を振り返る会」。
お互いの元気を確認しあいながら、3時間を過ごした。
加藤先生いわく、
「え! よもやま日誌、帰国中は更新しないって書いてあったから昨日は読んでない!!」
そうですよね、いつも読んでくださっているからこそ、
12月6日の「よいお年を!」を見て、ああ、年末年始は開店休業なのだな、と判断、
年明けまでここに来ない決心をされたわけですよね。
そんな方も多いのかと思うと、ちょっと残念。
よぉーし、この場を借りて、声を大にして言おうっ!!
みなさま〜、よもやま日誌は、年末年始も営業しておりますぅぅぅぅぅーーー!!!
…って、誰も聞いてない(見てない)って…。

2006年12月8日(金)
おそるおそる

6日に、「どうぞ皆様、よいお年を」なんて書いて締めくくっているのに、
どうして本日の日誌があるのかというと、

実は本日、友人のK子さんに設定してもらい、
海外でもホームページが更新できるようにした(はずな)のだ。
5日の日記に、外でもホームページの更新ができるようになりたいと書いたが、早速夢がかなったわけである。
さぁて、今日はその第一弾、おそるおそる、アップデート!!!

2006年12月6日(水)
JCCクリスマスリボン懸賞

毎年、JCC1には、天井までの高さのクリスマスツリーが登場する。
これが毎年容赦なく高騰していて、今年は100万ルピア(約1万3千円)。
今年からやめようかと毎年思うが、毎年クリスチャンのスタッフから、
JCCの務めだの、シンボルだの、楽しみだのと言われて、結局買うことになる。
でも、やってきた生の木をロビーに置くと、ついにんまりとしてしまう。

そのツリーだが、写真を見ておわかりのように、まだ飾りが完成されていない。
なぜならJCC1のツリーは、
受講生のみなさんに赤いリボンをつけていただいて仕上がるからだ。
さて、そのリボンがいったいいくつでしょう!
…というのが、本日の日誌のタイトルの「JCCクリスマスリボン懸賞」。
12月の終わりにツリーを下げるとき、リボンがいくつあるか数えて、
最も近かった方にJCCからプレゼントを差し上げることになっている。
昨年はぴたり賞の方がいらしたが、今年はどうだろう?
だが、私はツリーの仕上がりを見届けることなく、
今晩の飛行機で寒さ真っ只中の日本に向かう。
今年も、よもやま日誌をお読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ皆様、よいお年を!!

2006年12月5日(火)
ホームページの一挙更新

明日12月6日夜から来年1月12日まで帰国のため、
ホームページの更新ができない。
外からもできるようにする技もあるのだろうが、今の私にはできない。
さてそこで気付いたのだが、更新すると、「○月○日更新」と、 のロゴを入れる。
だが、私が日本にいる間も時間は経つわけで(あたりまえ)、
1月になったそのときに、12月5日更新のものにまだ とあるのは変ではないか?
というわけで、本日更新したのに、 をつけられない悲しさ。

ううむ、技だな、技。
来年は、ホームページ作成能力をアップすることも目標にせねば。


JCCニュースJCC新年パーティーのお知らせ

2006年12月4日(月)
あわや!

週末に帰宅したときのこと。
いつものように車から降りた私は、
ガレージに寝そべっている飼い猫タマを撤去(?)すべく、
抱きかかえようと腰を屈めた。
腰痛もすっかり治り、屈むことなど何の苦もなかった。

しかし私はすっかり忘れていた。
うちのガレージは狭いので、車はいったん前進して後部から入ってくる。
屈んでしまった人間は、車のサイドミラーから姿を消してしまうということを…。
どかん!
私の大きなお尻に、愛車キジャンの大きなお尻が勢いよくぶつかり、
私は見事に地面に倒れこんでしまった

幸い、倒れるときに地べたについた右手のかすり傷だけですんだが、
あわや自宅内で交通事故という、なんとも情けないことになるところだった。
そして本日、すっかり治ったはずの腰が再び鈍い痛みを発している。
もしかして、あのときの衝撃で腰痛が再発するのかも。

帰国の準備もまだなのに、次から次へと襲いくる苦難。
はたして私にハッピークリスマスは来るのか!
2006年12月2日(土)
ラジオ生出演
本日、NHKの番組、「NHK地球ラジオ」に生出演した。
2年前にJ-waveの電話インタビューを受けたときに思ったのだが、
電話インタビューと言うのは、周りに誰もいないぶんだけドキドキ感が増す。
たとえば今、しゃっくりが出てとまらなくなったら、咳き込んでしまったら、とつぜん倒れてしまったら…と、
やめときゃいいのに、いろんなケースを考えているうちに加速度的に緊張していくといった具合。
今日もそうであったが、無事終了。
こういったお話をいただくのは非常にうれしいのだが、本番まで生きた心地がしないのが難である。

おしらせ:
放送内容が、明日3日(日)から9日(土)まで番組WEBサイトで聴けます。
●地球ラジオホームページ http://www.nhk.or.jp/gr/
「前回の放送をお聴きいただけます」というところの、12月2日(土)の5時台をクリックしてください。

2006年12月1日(金)
クリスマスツリー
今年もクリスマスツリーを飾った。
JCC1とJCC2、大小合わせて4本のクリスマスツリー、
そして、ロビーに流れるクリスマスナンバー。
年間行事の準備の中で、最もたいへんだけど最も楽しいクリスマスの準備。
冷房のきいた部屋の中で、
半そでを着て聴く「ホワイトクリスマス」は
ちょっと妙だけど、さすがに14回目となると慣れてきた。
でも、やっぱりクリスマスには、ぶ厚いコートに身を包み、
不二家のケーキを抱えて歩かなきゃ。
…というわけで、来週6日には帰国。
日本の冬が私を呼んでいる!!
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