平成18年
校長のよもやま日誌
3月



校長の甲斐切です。 どうぞよろしく。

平成15年<3月><4月> <5月><6月> <7月><8月><9月> <10月><11月>
平成16年<1月> <2月><3月><4月> <5月><6月> <7月><8月> <9月><10月> <11月><12月>
平成17年<1月><2月> <3月><4月> <5月><6月> <7月><8月> <9月><10月> <11月><12月>
平成18年<1月><2月>
3月31(金)
というような事情にて、JCCのホームページは明日4月1日より全面的にお引っ越し。日誌も、このアドレスでは本日まで。明日からは新住所の日誌コーナーにおいでください!

3月29日(水)
昨日大威張りでドメイン取得の話をしながら、肝心の新しいドメインをこの日記上に公開するのをすっかり忘れていた。所詮そんなもんさ、慣れてない人間は。それでは発表します! これからJCCのホームページは、
http://jccindonesia.comです! よろしくーーー!!!

3月28日(火)
友人たちからずいぶん言われていたドメインというものを取得した。実際、まだそれがいったいどんな存在のものなのかはわかっていないのが現状だが、とにかくひたすら試しては繰り返し、試しては繰り返した。そしてわからなくなると日本にいるパソコンに強い友人にメールを出した。幸い友人は自宅で仕事をする人なので、すぐに返事を返してくれ、それを何度か繰り返しているうちに、気がついたらできあがっていた。今だったらマラソンの有森裕子さんの言葉がわかる。自分をほめてあげたい。もう誰にもパソコン音痴だなんて言わせない。矢でも鉄砲でも持って来い〜〜〜!!! って気分です、今。


3月27日(月)
携帯電話の着信音でその人のイメージが勝手に出来上がってしまう…ということはないだろうか。にぎやかしい音が流れてくると、
せわしない人だなと思うし、流行歌を入れている人は現代っ子だなと思う。私はどうかというと、今回買った携帯電話の着信音リストの中で一番きれいだったので選んだ、クラシックナンバーの「ジムノペティ」。ちょっとなんだかやっぱり気取って見えるのかなぁ。こんなことまで気にする私は、自他共に認める典型的A型日本人です。

3月24日(金)
日本は桜が咲き始めたという。ああ、見たいなぁ、桜。桜といえば春…すべてが新しく生まれ変わる季節。というわけで、今年もJCCスタッフの集合写真を撮った。JCCのスタッフは、これで全員ではなく、3人の先生たちが用事で欠席。病気などで参加できなかった人の写真が、写真の端っこに載せられていた昔のクラス写真を思い出す。でも、JCCにはそのシステムはないので、出来上がり写真は右のとおり。左端は、初めての男性のメンバー、英語を担当してくださっているアルミン先生。

3月22日(水)
ある方からメールが入った。緊急を要している様子に、会社に直接電話した。すると、交換手ではないらしい女性が出てきて誰と話したいと訊く。Sさんと話したいというと、あなたは誰? とたずねる。「JCCの甲斐切です」と答えると、「ちょっと待ってください」。当然の展開である。しかし、待っても待っても出てこない! どうしたのだと思ったころに、受話器を上げる音。ほっとしたとたんに、相手の声はこう言う。「はい。○○部です」。いらいらっとしながらもとりあえず、「Sさんはいらっしゃいますか」。相手は当然のように、「そちらはどなた?」。「JCC甲斐切!」と答えるころにはかなりムカムカしている。相手の「ちょっと待って」を、まったく! と思いながら待つ。そして、待つ、待つ、待つ…。長い〜〜〜。再びどうしたのだと思ったころに、受話器を上げる音。 ほっとして相手の第一声に答えるべく、こちらも息を吸い込んで発声の準備をしたとたん、突然ブツン。なんだぁぁぁぁーーーー!!!! …ってこと、みなさんはないだろうか。私は本日、あった。その上、こんなおまけまでついた。そのあと、もう一度電話したら、Sさんは会議中だという。もしかしたらメールでお尋ねいただいた件で会議をしているのかなと思い、急ぎなのでSさんに電話をしてもらうように頼んで切った。数分後、うちのスタッフから、「先生、Sさんからお電話です」。机の電話をとる。「あ、Sさん、すみません・・・」と話し出すと、電話の向こうで、「あ、今Sさんと変わります」。気勢をそがれはしたものの、まあ、やっとつながったんだから…と気持ちを抑えて待つ、待つ、待つ、こちらはさっきからのこともあり、1秒を10秒ぐらいに感じるようになっている。むむむ〜〜〜と怒りそうになったその矢先に、受話器を上げる音。なんとか怒りを静めて発話の準備をしたら、聞こえてきたのはさっきの女性の声で、「すみません、今ちょっと電話がかかってきたのであとでかけます」。そこでぶち切れた私を我慢のたらない女と思う方が多ければ、私は人生をやり直さねばならない。

3月21日(火)
正直に話すと、18日の土曜日に新しいコンピュータになってから、ホームページが更新できないでいる。だからここ何日かの日誌は、リアルタイムにアップしていない。今日やっとホームページが更新できるようになった! と思ったら、うまくいかない。もぉぉぉ〜〜〜!! というわけで、この日記、いったいいつアップできるのだろう…と考えつつ書いている。

3月20日(月)
昨年からの念願だったクロールができるようになってきた。コーチはJCCの日本人スタッフ、力丸先生。もと水泳部と聞いてすぐに指導をお願いした。教える立場から一転教えられる立場になって、できないことのもどかしさを実感。そして教え方のセンスやコツやうまさも考えさせられる。たまにはいいものです、教わるってのも。いや、大切なことなのかも、教師にとって。

3月19日(日)
2日の日誌に触れた宗教の異なるカップルの結婚式に行った。結婚式はお寺で行われたがだったが、多くの同僚や友人たちに囲まれた楽しく和やかな結婚式だった。人生の門出は、本当はそれだけでいいのかもしれない。

3月18日(土)
新しいコンピュータが来た! そして、Windows98がWindowsXPになった。作業の速さに感激!! と言いたいところだが、実は先日持って行かれたノートパソコンにXPが入っていたので、この画面には慣れている。感激したというより、思い出してちょっと悲しかった。ところで皆さん、Computerをカタカナでどう綴りますか。もちろん「コンピューター」だと思う方が多いかと思うが、最近、パソコン用語は最後の長音は省略する傾向にあるそうで、「コンピュータ」が主流になっている。試しに今ご覧になっているパソコンのスタートボタンを押してみていただきたい。そこには、しっかり「マイ・コンピュータ」という表現が見られる。そのほかにも、マイ・ピクチャ、プリンタ、アクセスカウンタ、プロバイダ、マネージャ、スキャナ、コントローラなど。長音が残ったままなのは、ユーザー、リンクメニュー、タスクバー、スライドショー、ホームページビルダーなど。それでなくてもカタカナ学習を面倒がる日本語学習者にとって、これは混乱の素になりそう。

3月17日(金)

4年ぶりに携帯電話を買い替えた。色つき画面、カメラつき。これまで私の携帯電話はスタッフのなかで最も安いものであったが、これで汚名返上。携帯電話所有スタッフ17人中の真ん中ぐらいにはなったかもしれない。そして明日には新しいコンピュータが。これは6年ぶり。今夜は興奮して眠れないかも…。

3月15日(水)

一週間前に我が家のお手伝いさんが母親の急逝で田舎へ帰り、一昨日にはJCC1のお手伝いさんの父親が亡くなり、 夫婦揃って田舎へ。おかげでJCC1とJCC2と私の家は、本来JCC2の担当である二人のお手伝いさんによって、 掃除・洗濯・料理・警備が行なわれ、学校車の運転手さんにも、JCC1の夜の警備をお願いすること に。ほんとにみんな、ありがとう。

3月14日(火)
東京信濃町・高円寺にあるインターカルト日本語学校から、9日にお帰りになった加藤先生に続き、留学担当の方が 来ジャカルタ。この方のファーストネームは「清子」、私のファーストネームも「清子」。だが、読み方はそれぞれ 「サヤコ」と「スガコ」で、どちらも変り種だ。今はもう日本にいらっしゃる加藤先生から、「清子&清子さま」という 宛名で、仕事の打ち合わせメールが入ってきた。それを見て、二人してにっこり。名前が同じって、妙に親近感が 湧くものですね。

3月8日(水)
留学セミナーのためにはるばる日本からおいでいただいているインターカルト日本語学校の加藤早苗先生と、 絶え間なく話が続いている。いろいろな方とお話をすると、実にたくさんの情報を得、また多くのアイデアが わく。加藤先生と話し続けたこの3日間、JCCは3年分ほど飛び級的に進歩した気がする。

3月7日(火)
今日は、第1回JCC日本留学セミナーの日。2月23日に、あることがきっかけで開催を決め、あれよあれよという 間に大きなイベントとなり、それに合わせて大急ぎで広告を作り、それを配布に走り、それはそれはめまぐるしい 2週間であった。そして、本番の今日、申し込みの90名近くの参加者でびっしり埋まった会場を見て、 JCCスタッフはもちろん、参加説明校も協賛企業も大満足の笑み。「やればできる!」を実感した今日一日であった。

3月6日(月)
1日の中で3つものイベントを実施するなんてことは、今だかつてなかったと記憶する。12時から21時まで、「JCC1創立記念 ランチパーティー」「文化講演会」、そして夜には、JCCの前身とも言えるウィディアプラタマインターカルト日本語学校の 13年ぶりの同窓会。さすがに、学校がなくなってから13年も経つとほとんど連絡が取れなかったが、それでも懐かしい 顔ぶれ(写真)が10人ほど揃った。私はもちろん初代責任者のインターカルト日本語学校の加藤先生も、この学校に 今の自分の原点があるとおっしゃる。そういえば、当時加藤先生が受け持たれた学生Sも、私が受け持った学生Mも、 この学校に出会わなかったら、今の彼女たちの生活はないであろう。自分を育ててくれた全ての環境に 感謝したい。

3月3日(金)
今日はJCC1の創立記念日。お昼に副校長のデシ先生が、缶ジュースを2本持って私の部屋にやってきた。 そして、「先生、9周年おめでとうございます、乾杯!」。うれしかった。創立年の97年からの勤務は、彼女だけに なった今、頼もしい私の右腕である。来年、彼女には日本旅行の御褒美が待っている。

3月2日(木)
2日前、あるクラスの学生二人が結婚式の招待状を持ってきた。二人ともJCCの古参の学生である。 JCCが縁となったカップルは、そうそう多くはない。同じクラスで知り合ってつきあうというケースは、日本ではよく あることかもしれないが、インドネシアでは異宗教間の結婚は好まれないため、恋人にはなっても、結婚までは たどりつけないのが常である。実はこの二人も仏教徒とイスラム教徒。ここまでくるには強い意志が必要で あっただろう。結婚を知らせる二人の顔は、実に頼もしかった。

3月1日(水)
私がジャカルタで日本語教師としての道を歩むきっかけを作ってくださった、インターカルト日本語学校の加藤早苗先生が 来週、留学セミナーのためにおいでになる。貴重な機会を逃すまいと、今週になってもうひとつのイベントを企画。 加藤先生による講演会、題して「日本語の在りかと行方」。 企画した私が一番楽しみにしているのかもしれない。