Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成18年

ー7月ー

2006年7月31日(月)
メロンパン

食事を落ち着いてとる余裕がなく、
パソコンに向かったまま、昨日買ったメロンパンをほおばっている。
まったくもっておしゃれの「お」の字も感じられない仕事風景である。

それにしても、メロンパンって、どうしてメロンパンっていうのかな。
有名店のメロンパンはメロンの味が上品…などというが、
メロンの味がするメロンパンなど、私は食べたことがないような気がする。
単純にこの表面のひび割れ模様がメロンなの?
こんなことを考えてるなんて、忙しそうでけっこう暇じゃん、私って。

2006年7月30日(日)
インドネシア語技能検定試験

たった今、試験が始まった。
毎回のように受験されていらっしゃる方が、
よっしゃ、やるか! と腹に据え置くようにつぶやいて会場にお入りになった。

たったこの一言で、自分の持つ全機能が始動する、「よっしゃ、やるか!」
そういえば私もよく使っている。
だが、同じぐらいの頻度で、「まぁ、仕方ないか」も使っている。
この一言は、「よっしゃ、やるか!」と違って、
自分の持つ全機能が動きを止めていく。
どちらを常時そばに置いておくべきかは、言うまでもない。

2006年7月28日(金)

あさって日曜日は2006年第2回インドネシア語技能検定試験。
今週は突然入ってきた仕事がいくつか重なり、みんなばたばたと忙しい。
集中力を持って臨まないと、すぽっとなにか抜けてしまいそうである。
メモをする、これが最適かつ最良の方法だと思うが、
そういえばパソコンで仕事をするようになってから、字を書くことが激減した。
授業で書く字というのは、特別なものなので別として、
いまや、レポートも資料も手紙もすべてキーボード打ちで、直筆で書くことはごく稀。
そういえば小学校のとき、書き取りの練習をたくさんした。
字を見ただけで、このきれいな字は○子ちゃん、
この四角い字は△男ちゃんと、判断できたものだった。
そうやって作りあげてきた自分の字を、最近自分自身で見ることが少なくなった。
このままパソコンを使い続けていくと、自分の字体や筆跡さえも忘れてしまうのではなかろうか。
私の字が世の中から消えていく。

2006年7月27日(木)
創立十周年記念
来年2007年3月3日でJCCは創立十周年を迎える。
JCCのパーティーはいつもJCCの校舎で行っているが、
今回だけはちょっと特別…、JCCへのご褒美ということで、
昔から、十周年記念はここでと思っていた、
ホテルグランマハカムで記念パーティーを行うことになった。
日程は2007年3月25日。
昨日、ホテルに正式に申込みを済ませてきた。
鬼に笑われようが、呆れられようが、準備はこれから!
スタッフ一丸となってがんばろう!
2006年7月26日(水)
JCCバッグ完成!
JCCバッグが完成した。
春先にインターカルト日本語学校の加藤先生が
学校特製のバッグのお話をしてくださり、
ではJCCも! と作ったものである。
受講生の方々にお使いいただくために、テキスト一式が入るサイズ。
仕上がりは上々。
スタッフもとてもうれしそう。
受講生の皆様には8月にお配りしていく予定。
2006年7月25日(火)
がんばれ、私!

4月から始めた早朝スポーツクラブ通いが、信じられないことに続いている。
すでに4ヶ月である。
そして先週あたりからやっと、
うむ…これはやせてきているかもしれないという感じがしている(かなり苦しい表現)。
そしてなにより、体の動きが軽快になった。

よもやま日誌の平日連続更新記録も、丸2か月を迎えようとしている。
がんばれ、私!
継続は力なり。

2006年7月24日(月)
帰国を前に

来週の8月3日から、年中行事となった帰国である。
その帰国が、最近憂鬱である。
正確に言うと、帰国の前の準備が憂鬱なのである。
忘れ物をするととても後悔する私は、持って行く品物のチェックに余念がない。
というより、気にしすぎというほどあれやこれやと考える。
それがいやなのである。

今回から、「帰国時の持って帰るものリスト」を作ったのだが、それでもまだ不安なのだ。
また、留守の間、いろいろなことをほかのスタッフに任せていくのだが、
伝え忘れてはならないと、慎重に慎重に考える。
それもとても疲れる。
こういうことが、てきぱきとシステマティックにできる人間になりたい。

2006年7月21日(金)
128名様

上の数字は、昨日JCCホームページにおいでくださった方の数である。
びっくりするやらうれしいやら。
これまでは平均して50名様あたりだったのだが、最近徐々に増えてきて、
先週などは99名様のことがあり、「う! くやしいっ」と思った、そんな矢先だった。
とくに、「日本語教師七転八倒物語」を更新すると数字がぐんと上がるので、
これを毎月読んでくださっている方が多いのだと思う。
本当にありがとうございます。

これからも、連続更新を続けてまいりますので、よろしくお願いいたします!

2006年7月20日(木)
常識

常識を教えるというと、とても傲慢に聞こえるかもしれない。
だが、社会人歴30年近くの日本人が、
ここインドネシアで、新卒の20代とともに仕事をすれば
毎日、常識を教える場面に遭遇する。
「仕事を教える」ということは日常的にあって当然だが、
「常識を教える」というのはなんとも情けない。
つい、注意しながらあきれている。
それでは相手は傷ついてしまう。
冷静にわかりやすく話し、納得して理解してもらうことが大切。
それが求められる昨今の自分である。

2006年7月19日(水)
締め切り

今日は締め切り。
原稿の締め切り。
でもまだ終わってない。
どうしよう。
…てなことを書いて、連続更新の日記1日分にするなんて

ずるいよな〜〜〜
…とかしょーもないこと書いてないで、
早く原稿に向かいなさい、私!

2006年7月18日(火)
広報

今月は広報の仕事で忙しい。
サマーコースの募集に始まって、
広告バナー製作、
JCC特製テキスト用布製バッグの作製、
そして本日は、インドネシアの女性ファッション雑誌の取材。
わいわい盛り上がっていたら、
バリ在住の日本語教師のインドネシア人の方から、
日本語教授法を3ヶ月みっちり教わりたいという電話がかかってきた。
どこでJCCのことを知りましたかと伺うと、
「いろいろなところでパンフレットを見ました」。
そういえば、去年11月のレバラン休暇のときに、休養もそこそこに1000部、
今年の5月のスタッフツアーのときに、スタッフが遊びに行くのを横目に1000部、
クタ、レギャン、ウブドゥ、チャンディダサを、汗をかきかきパンフレットを配って回ったんだっけ。
それが実ったと思えばうれしい。
JCCの身上は、「草の根営業」。
地道に、確かに、根気よく!

2006年7月17日(月)
現役

今日は姉の誕生日である。
四捨五入でぎりぎりまだ50代の姉は、
60が見えてきた、
信じられない、どうしよう…という。
そんな姉に、
最近の日本人は、60代はまだまだ現役って感じだよ、
何を不安がる必要があろうかと激励。
実は、それはそのまま、
9月に40代最後の年を迎える私への激励でもある。

2006年7月14日(金)
口もと

昨晩日本のドラマを見ていたら、主演女優の口もとが印象に残った。
頑張り屋さんという役どころの彼女は、
いつも口もとというか口角をくいっと上げている。
上司に無理な仕事を頼まれても、恋人といさかいをしても、
その口もとは変わらない。

「怒らない! 口角を上げて美人になろう」は去年からの目標。
なかなかなかなか難しい。

2006年7月13日(木)
学生の声

私の事務室はJCC2にあり、ドア1枚で教室とつながっている。
いつもそこから、教師や学生の方々の声が聞こえてくる。
静か過ぎると、「さっきえらい静かだったじゃない?」とか、
にぎやかすぎると、「フリー会話が長すぎるんじゃない?」とか、
授業が終わると、ときどき私からチェックが入る。
JCC2のA教室って、さぞかし先生たちに嫌がられているんだろうなぁ。

2006年7月12日(水)
学生の顔

昨日新人の先生方の勉強会を行った。
自信がないんです…という先生の言葉に、
準備さえ万端なら、授業が順調に進み、学生から質問を受けても答えられる。
そうすれば、自分自身にも授業自体にもゆとりが出てきて、
それが自信につながります、とコメント。
私自身、先月から担当している日本語能力試験模擬テスト復習クラスで
久々にそれを実感している。
次のような場合、教師は学生の顔をしっかり見ることが出来ない。
1、準備不足で質問を受けるのが怖くて、目があわせられない。
2、準備不足で学生の顔を見る暇もないほど、はちゃめちゃな授業をしている。
そんなとき、欧米の学生と違ってクレームをはっきり口に出さないインドネシア人の学生は、
不満と不安と不信のため、戸惑うような顔になっている。
しかしながら、授業は1日1コマではないので、
いかに効率的に準備をしていくかも、教師の能力を問われることとなる。
もちろんそれは経験によって培われていく。
しっかり準備をしながら、たくさんの授業を経験していく―
先輩の先生方は、ずっとそうし続けていらしたはずだ。
新人の先生たちに、それをしっかり踏襲していってほしいと思う。

2006年7月11日(火)
筆順

日本語学習者の嫌がることのひとつに、「筆順の勉強」がある。
ひらがな、カタカナから始まって、漢字にいたっては
教える教師のほうもけっこう神経を使う。
なぜなら思い込みで間違って覚えている漢字も多くあるので、
しっかり準備しておかないと、中華系の年配の学生にちらりとにらまれたりして
「あ、間違ったかも」なんて、冷や汗をかいたりする。
ところで昨日ふと浮かんだのが、「算用数字の筆順」である。

習ってないよな、いや幼稚園のころだろうから習ったけど忘れたとか?
ひらがな、カタカナ、漢字の筆順の習得のとき、
これ以外考えられないじゃん、と思う筆順が間違っていたことがあるので、
意外や意外というのがあるかも。

「4」は縦棒が先で、「5」は横棒が先とか?
うー、ネットで調べてみよ!

2006年7月10日(月)
住所録

友人知人と連絡を取らなくなるというのは、
何がきっかけになるのだろう。

たぶんそれはきっかけではなく、だんだん疎遠になっていきつつ
お互い引越しなどして連絡が取れなくなるのだ。
昨日部屋の掃除をしていたら、昔使っていた住所録が出てきた。
ああ、なつかしいという名前がずらり。
思わず、そこに書いてある番号に電話してみたいという衝動にかられた。
だが、この「住所録」というものが最近は使われなくなったそうである。
住所は家の住所でなくメールアドレスにとって変わり、パソコンに収まるようになった。
電話は携帯が主流になったので、携帯電話自体に入力できる。
そのせいだろうか、
最近は、知り合った人の後ろが無背景である。
昔は、玉川に住んでいる人の背景には、大きな川に集う人々、
日暮里に住んでいる人の背景には、霊園のひんやりとした空気、
江古田に住んでいる人の背景には、キャンパスのざわめき。

そんなものが見えて、その人を印象づける手助けもしてくれた。
ハイテク機械に管理されるようになった今は、
人の印象が平らで無色である。

2006年7月8日(土)
疲労感

今日のタイトルをみて、やや、ついに甲斐切も力尽きたか!
と心配してくださった方もいるかもしれないが、
疲労感は疲労感でも、今日は心地よい疲労感である。
昨日の七夕パーティーは、実に楽しかった。
久しぶりに日本人のみなさんの参加が多く、
しかも子どもさんたちがかわいいゆかた姿でたくさん来てくれた。
子どもは座敷の花とはよく言ったものだ。
よそ様のお子さんをこんな風に言うのは失礼かもしれないが、
ほんとうにパーティーを盛り上げてもらった。
インドネシア人の日本語学習者たち、日本語でちゃんと話したかな…?

2006年7月7日(金)
同じ釜の飯 Part2
昨日同じ釜の飯のことを書いたが、
今日はJCC恒例のぺすたべり(食べてしゃべって楽しくパーティー)、
七夕パーティーである。
この日はスタッフだけでなく、
JCC受講生のみなさんと同じ釜の飯をいただく。
今回のメニューは、
五目寿司、おでん、ミニミニハンバーグ、スパゲティ、
酢豚チキンバージョン、シューマイ、ビーフン炒め、
野菜のかきあげ、フルーツポンチ
以前は私が中心となって作っていたが、
今回はうちの、料理の得意なお手伝いさんにほとんど作ってもらうので、
私が担当するのはおでんだけである。
じきにこのおでんも伝授して、作ってもらえるようにするかな〜♪
2006年7月6日(木)
同じ釜の飯
JCCのスタッフは同じ釜の飯を食っている、いや食べている。
教師も事務スタッフも運転手さんもお手伝いさんも、
毎日、お手伝いさんが作ってくれる昼食と夕食を食べている。
これは連帯感を作るという意味で大変意義のあることだと思う。
だが、スタッフのほとんどがインドネシア人なので、
メニューはいつもインドネシア料理。
当然日本人スタッフは辛くて食べられなかったり、
日本料理が恋しくなったりする。
というわけで今日は、日本人の先生とホテルのビュッフェに行く。
おすしが、飲茶が、スモークビーフが、待っている!
勤務日のお昼なのでアルコールは飲めないけど、
しっかりおなかを満たしてこよう。
お、そろそろお昼だ、
それではいってきまぁーす!
2006年7月5日(水)
1970〜80年代
70年代から80年代は、
私が最も音楽に親しんだ時代である。
ミッシェル・ポルナレフに命を捧げた高校時代から始まって、
外タレ(もしかして死語?)では、
カーペンターズ、エルトン・ジョン、変り種としてウィーン少年合唱団、
国内では、オフコース、浜田省吾、中島みゆき、井上陽水、山下達郎、稲垣潤一などなど。
そのほか、あんべ光俊、水越けいこ、佐々木幸男…
ん〜、今では知らない人のほうが多いだろうなぁ。
昨日、ミュージシャンとしてプロデビューを目指す同年代の日本人男性と、2時間近くにわたって話をした。
おもしろい!
なんてったって知っている話題が次々と出てくる。
たぶん聴いていたラジオ番組も見てきた映画も同じなのだろう。
話しているうちに彼の熱意が並々ならぬものだと実感。
私も大いに触発された。
あっぱれ40代! これでもか40代!
  どんなもんだい40代!!!
2006年7月4日(火)
彩度 part2

昨日の続きである。
彩度が同じならいろいろな色が混在しても美しいという話、
これは物事にも共通するのではないだろうか。
たとえば、
学校のプログラム、教師のあり方、広報の方法、校内の施設…
それらには、すべてに共通した本筋が通っていなければならない。
本筋が異なっていては、学校の統一した理念が見えてこない。
また本筋の異なるものは、
進む方向も、目指す目標も、求める夢も異なるはずだ。
彩度を統一しつつ、いろいろな色を。
本筋を統一しつつ、さまざまな個性を。
JCCの本筋たる理念は、インドネシア人と日本人のコミュニケーションの場。
そしてそこでの、コミュニケーション手段としての言語・文化学習の提供である。
JCCのすべてのプログラムやシステムの本筋が同じかどうか、
今一度再確認してみよう。

2006年7月3日(月)
彩度

大好きな街、チェコのプラハを旅する番組があったので観ていた。
その中でレポーターが、
「いろいろな色の建物があるのに、
全体がばらばらな感じがしないのはどうしてでしょう?」
と連れの彫刻家に尋ねたら、
「それは彩度が同じだからです」

う〜む、明解な答え。
色が違っても彩度が同じならば、全体の統一は図れる、そうか、そうだよね。
確かに原色やらパステルカラーやらアースカラーやらが混在すると、
全体が落ち着かない印象になる。
実は、このよもやま日誌の日にちとデイリータイトルの部分の背景色は、
毎月変えている。
もちろん季節にあわせて、3月は桜色とか、6月は雨の色とか。
今月はもちろん真夏の太陽のイメージなのだが、
JCCホームページのベースカラーの赤にマッチしないのでちょっと困っている。
ホームページの赤は渋めの色なので、その彩度にあわせた黄色にしてみたが、
そうすると太陽のイメージではなくなる。
というより、赤と黄色なんて服なら絶対組み合わせたくない色だよね。
水と油関係にある色もあるのだな、きっと。


2004年のプラハ旅行
さすが世界遺産、1ミリの隙もなく美しい
2006年7月1日(土)
7月開始
友人たち数人と、新年会はいつにする〜と言いつつ、
ひとりの友人の帰国滞在が長くなり、今もって戻ってこない。
そんなわけで私は今年、新年会をしないまま7月を迎えてしまった。
最近1週間が光回線のような速さで経過する。
よって半年という期間も、
通過駅のホームで、新幹線がひゅーんと行き過ぎてしまうのを
瞬時見るような感じで過ぎていく。
とにかく、本日ホームページ作成ページを開いたら、
暦は7月になっていた。
それにしても、
気持ち新たにスタートする月の初めの日が土曜日というのは
実によろしくない。
「よぉぉぉーし、今月もいっちょやったるか〜!」
と燃料が燃えようとしているところに、
「さぁ、今週はこれでおしまい、おつかれさん、のんびりしよう!」
という気持ちが水をさす。
身体はいったいどっちについていけばいいの?
って感じではっきりしない。
思考と身体ってやっぱり連動していることを実感した、
本日7月1日土曜日の朝である。
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