Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成19年

ー10月ー

2007年10月31日(水)
インターカルト日本語学校創立30周年
昨日、デシとともに日本へ行く話を書いたが、
今回の日本行きには、もうひとつ大きな目的がある。
提携校として仲良くしていただいている、
東京にあるインターカルト日本語学校の30周年記念パーティーに、
私とデシとで、お招きいただいているのだ。
そういえばちょうど1年前のこの時期から、
JCCの10周年記念パーティーの準備が始まった。
10周年だけでも、あれだけ大変だったのである。
30周年パーティーまであと1ヶ月となったインターカルト日本語学校は、
さぞかし上へ下への大騒ぎだろう。

それにしても30周年。
JCCの3倍の時間を、インターカルトは歩んできている。
しかも第一線の日本語学校として。
JCCも、ジャカルタにJCCあり―と言われる学校を目指してがんばろう!!

2007年10月30日(火)
勤続10年
25日の日誌に、副校長のデシが日本へ行くと書いたが、
これには、大きなわけがある。
JCCは、スタッフ勤続10年のごほうびというのがあって、
それが日本旅行なのである。
デシは、JCC創立年の1997年8月に勤務開始。
立派に10年勤めてくれ、この冬、ついに日本へ行くことになったのだ。
今から6年前に彼女が初めて日本へ行ったときには、東京と日光を訪れたそうだが、
今回は京都と大阪にも足をのばす予定。
2週間私が案内してまわるのだが、
10年のつきあいになるデシと過ごす2週間は、
きっと有意義なものになるだろう。

2007年10月29日(月)
プール
あれだけプールやフィットネスルームのあるアパートメントライフにあこがれていたのに、
いざ住み始めたら、さっぱり行かない。
ホテルのそれには、わざわざ車で通っていたのに。
東京タワーなんかいつでも行けると言って、
東京人のほとんどが行ったことがないというのと同じだろうか。
それもあるだろうが、やはり、お金を払って入会したら、
一種の、元を取ってやろうという根性が入る、
フリーのものには、ありがたみがあまり感じられず、
行きたい気持ちがそがれてしまうのではないだろうか。
よく考えれば、アパートメントの高い家賃の中に設備費はきっちり含まれているのに、
フリーと考えてしまうところに落とし穴がある。
1ヶ月1000ドルの家賃のうち、100ドルはプール使用料です
…と言われたら、きっと必死でプールに入るだろう。

アパートメントに住んで3年の友人が言った。
「プールで泳いでいると、ああ、あの人、入居したばかりなんだってわかるのよ」
なるほどねぇ。
写真は、うちの隣のアパートメントのプール。
なんと3つもあるのだが、ほとんど泳いでいる人を見ない。
ジャカルタ タナカルト ウィークリー
2007年10月26日(金)
ウィークリー
年末の帰国まであと1ヶ月ちょっと。
昨日書いたように、加速度的に忙しくなっているのに、
学校の事務所のホームページビルダーがまだ復活しない。
自宅に戻っては日記をしたため、週末に1週間分を更新。
これじゃあ、日誌じゃなくて週誌ですね、よもやまウィークリー。
ホームページを毎日覗いてくださっている皆さんに見捨てられそう。
早くなんとかしなきゃあ〜〜〜
JCC2創立記念行事一覧


2007年10月25日(木)
師走開始!?
9月の驚異的忙しさから解放されてまだ間もないのに、
またまたバタバタしてきた。
まず、11月のJCC2創立記念月間の行事がスタートするのでその準備。
次に、12月に行われる日本語能力試験の模擬試験を実施することになったので、その準備。
また、1月20日のインドネシア語技能検定試験に向けての対策講座の開講準備。
それから、11月29日には私と副校長のデシが日本へ行ってしまうので、
それまでにしておかなければならない、いろいろ。
たとえば、ニューイヤーカードの原稿作りおよび発注。
そしてその800通のカードに署名。
クリスマスツリーや、年末ボーナスの算段もしておかねばならない。
すっかり師走の気分である。
そんないろいろがある中、本日はお給料計算。
学生のころ、数学は世の中から抹消してしまいたいと思っていた私にとって、最も頭の痛い仕事だ。
でも、これを中心に世の中回っているんだよね、まじめに真剣に取り組まなくっちゃ。

日本語能力試験模擬試験
インドネシア語技能検定試験対策講座

2007年10月24日(水)
テニスラケット

「その気になったら待てない私は、同時に飽き性でもあるのだが、
さっさと行動に移すことによって、
後へは引けない状況に自分を追い込むことはひとつの手段でもある」
…と、昨日書いたが、実は週末に、もうひとつ大きな買物をした。
テニスラケットである。
レバラン休暇の最終日、アパートを見に来た友人一家が
「絶対、テニスコートがあるはず!」と、ラケットを持ってやってきた。
確かにこのアパートはテニスコートが1面ある。
だが自分が使うなんて考えもしなかった。
事務所に確認したら、「どうぞ、使ってください」
で、友人、友人の小学生の息子2人、そして私の、
超ド級にへたくそな4人が揃ってテニスを始めた。
何せラリーが続かない。
1時間やって最も続いたのが3回だった。

3往復ではない、サーブして、ポーン、ポーンで終わり。でも、楽しい。

というわけで、ラケットを買ったのだ。

でもたった1本のラケットを買って、いつでもテニスできるってわけじゃないよね、
相手がいなきゃ。
まったく浅はかなんだから。



2007年10月23日(火)
圧力鍋

先週日誌で公言したとおり、週末に圧力鍋を買いに行った。
その気になったら待てない私は、同時に飽き性でもあるのだが、
さっさと行動に移すことによって、
後へは引けない状況に自分を追い込むことはひとつの手段でもある。
うれしくて、土曜と日曜で圧力鍋で作った料理は、まずお手並み拝見の白米、
続いて豚の角煮、肉じゃが、ごぼうサラダ…
ごぼうやジャガイモは茹で上がるまですごく時間がかかるのに、あっという間にできあがり。
白米は電気炊飯器よりずっとおいしい感じがするのは、気のせいだろうか。
とにかく、すべて大成功!
私って料理の才能があるのかも、という思い込みまでうれしい。
さあ、明日はいよいよ金時豆か〜


写真は買った圧力鍋。
店員に「どこ製」と訊いたら「中国製」。
でもいざ買うときになって箱を見たら、日本のもの。
「なによ、日本製じゃない」とほくそ笑んだのもつかのま、
箱の端っこに小さくmade in China。
ま、よくあることさっ。

2007年10月22日(月)
初めての日本

先週の金曜日の夜、学生から電話があった。
今年のスピーチコンテストで準優勝をいただいたチェリアさん。
「先生、明日の夜、出発します」
ああ、そうだった、副賞に日本ご招待のチケットをいただいたのだった。
今日は今頃、ディズニーランドだろうか? 浅草? 原宿? 
確かスケジュールには日光へも行く予定があったなぁ。

3
年も5年も語学を勉強して、そして初めてその国へ行くときの気持ちって、どんなものだろう。
日本だったら、さしずめ気になる国があったら、まず旅行して、その気になったらようやく語学を始める。
そのぐらい海外旅行は安いし、簡単だ。
でも、ここインドネシアの人々は、大概の国へ行くのにビザ取得が必須。
それに、新卒の初任給が日本円で2万円ぐらいでは、シンガポールでさえなかなか行けない。
スピーチコンテストの厳しい練習と、
本番の大きなプレッシャーに打ち勝って、自ら手にしたドリームカムトゥルー。
チェリアさんは、日本のどんなことをどんなふうに感じ、
何を、自分の人生へのお土産にするのだろうか。
ジャカルタ タナカルト ウィークリー


2007年10月19日(金)
2リットルの水
「1リットルの涙」という日本のドラマがインドネシアで放送されて大ヒットしたらしいが、
私は引越しして以来、毎日1リットルのお水を飲むようになっている。
インドネシア人は体調が悪い人に、なにかと「水を飲め、水を飲め」と言うのだが、
確かに水を飲んで体を浄化する、というのは説得力がある。

で、私だが、きちんとした食生活をするようになってからというもの、
朝食をとりながら500ccのミネラルウォーターのボトルをあけ、
夕食をとりながら500ccの水を飲む。
そして今日、初めて事務所でも、「水がほしい」と感じた。
このままだと1日2リットルの水を飲むようになってしまう。
これって、本当にいいことなのだろうか…? と、書きながらごくごく。


2007年10月18日(木)
みんな同じ
休み明けはどうも体がなまっていて、仕事をしてもなかなか平常運転に戻らない・・・
というようなことを以前、書いたことがあるが、
今日、うちの先生と運転手さんに、「どう?」と訊いたら、
「ぜ〜んぜんだめ〜〜」のコーラス。
みんな同じなのね、よかった、明後日はもう週末で…。


2007年10月17日(水)
レバラン明け
ううむ、あっという間に10月も半分過ぎてしまった。
今年の年末の帰国は11月30日なので、
のんびりやってられない。
11日の日記に、
「 忙しいとき、いらいらしているとき、今度から金時豆を作ることにしよう」
などと悠長なことを書いたが、そうもしてられないかも。
そういえば友人が、
「お豆を煮るには圧力鍋よ〜」と教えてくれた。
「10分でできるわよ〜」だそうで。
「時間も燃料も節約しなきゃ〜」とも言っていた。
よ〜し、週末は圧力鍋を買いに行こう。


2007年10月16日(火)
レバラン休暇最終日
昨日、最近細胞が変化していると書いたが、
本当にまったくその通りである。
とにかく、朝寝坊ができない。
休日なんだから9時、10時までどっぷり寝ていたいのに、
どうやっても6時に目が覚めてしまうのだ。
12日の夜など花火を見ながら2時まで夜更かし、
床に就くときには、
よし、明日は起きたら8時か9時だな…とほくそ笑んだが、
翌朝目覚めたら、やはり時計はすまし顔で6時をさしていた。
「早起きは三文の徳。仕事をしても、しても、時間がたっぷりある」
…と、10日の日誌に書いたが、
今日など、シャワーを浴びて、朝ごはんをしっかり作って、食べて、
そんでもって掃除して、洗濯して、それでもまだ7時台なのである。
なんだかこれも、ねぇ。
というか、要するにすでに長期休暇に飽きてきたわけか、私は。
ちょうどいい具合(?)に、今日でレバラン休暇はおしまい。
さぁー、明日からまたバリバリ働くぞ〜!!


2007年10月15日(月)
変化
荷物を片付けていたら、
懐かしいテープが出てきた。
昔担当したクラスの学生がダビングしてくれた、
エルミー・クリットという歌手のテープである。
実力派の歌手の歌が聴きたいと言った私に、
イワンさんという学生がくれたものだ。
1曲1曲聴くたびに、15年前の空気がよみがえる。
こんなふうに私はインドネシアの曲を知っていった。
あのころに集めたインドネシアのテープはかなりの数に上る。
それが今ではまったくと言っていいほどインドネシアの曲を聴かない。
ましてや今の人気歌手やヒット曲など知りようがない。
そういえば、以前はインドネシア料理を好んで食べていたのに、今やほとんど食べない。
ローカルな場所もすすんで開拓しなくなった。
もう充分満喫したのか、あるいは吸収力が弱っているのか。
ジャカルタに住んで15年、
最近、私の細胞が変化していると、よく感じる。


2007年10月14日(日)
極楽
せっかくプールのあるアパートに滞在しているのに、
レバラン休暇でプールのメンテナンスができないとかで、
レバラン中はプール使用禁止という。
だが、私には強い見方が。
実はメンバー登録しているフィットネスクラブのあるホテルが、
越したおかげで目と鼻の先になったのだ。
これまでの所要時間は、家から車で5分〜10分だったが、
アパートからは徒歩1分なのである。
ほいほいと歩いてホテルまで行き、
30分ほどジムで汗を流し、
続いて30分ホテルのプールで泳いで、サウナに入ってきた。
極楽極楽…。


2007年10月13日(土)
レバラン
レバラン初日。
日本でいえば元日のようなものであろう。
昨日の花火の煙が上空にたまっているのか、
すっきり晴れた空とは言いがたい。
だが、車の数が断然少ない。
部屋の真下に見える大きな市場はしっかりとシャッターが閉まり、静まり返っている。
こんなジャカルタもあるんだな〜
そう思いながら、いきなり元日から大掃除に励んだ一日だった。


2007年10月12日(金)
大晦日
友人夫妻が遊びに来てくれる。
新しい住まいの部屋を見てもらっているとき、
目に飛び込んできた夜景に、あ! とみんなで叫んだ。
街のいたるところに花火が上がっているのである。
そういえば、今日はレバラン(断食明け大祭)前夜、日本でいえば大晦日。
街が浮かれるのはもっともなことである。
だが花火とは…、しかもこんなにたくさん。

インドネシアで打ち上げ花火を見るのは初めてだ。
荒川花火大会だの、宇品港花火大会だのに比べると、
ここでの花火は個人ベースで上げているらしく、一つ一つがずっと小さい。
だが、あちこちでバンバン上がっている。
この日記を書いている夜10:30現在も、同時に10箇所以上のところで
パーン、パーン、と大小の花が咲いては消えている。

レバラン前夜に花火がこんな形で街を彩ることを、
ジャカルタ暮らし15年目にして初めて知った。

花火の音に日本の夏を思い出しながら、
友人夫妻とワインを傾ける。
思いのほか、すてきな大晦日になった。


2007年10月11日(木)
心のゆとり
長期休暇のおかげか、居住空間の快適さのおかげか、
本日の私は、心のゆとりなくしてはできない行動をふたつした。
まず、市場に花を買いに出かけた。
花を買うということは、花を活けなければならない―ということである。
花を活けたからには、水を変えたりしなければならない。
そして最後は、いやなにおいを放つ花と水を捨てて、どろどろになった花瓶を洗わなければならない。
ゆとりがなければできない作業である。

そしてもうひとつ、煮豆を作った。
大好きな金時豆を自分で作ってみようと思い立ったのだ。
まず、昨日お豆を買って丸一晩水につけた。
そして本日調理。
ゆでて、あくを取って、またゆでてあくを取って、それを3回続けたあとで、改めて1時間ゆで、
そしてやっと味付けして、砂糖を入れて20分煮て、また砂糖を入れて20分煮て…。
根気の要る作業であった。
だが、出来上がった煮豆は本当に愛おしい。

ああ、そうだ、考え方を変えればいい。
心のゆとりが生まれたときに、時間をかけた作業をする―というのではなく、
時間をかけた作業をすることによって、自ら心のゆとりを引き出すのだ―と。

忙しいとき、いらいらしているとき、
今度から金時豆を作ることにしよう。


2007年10月10日(水)
いい調子♪
長期休暇の初日。
朝寝たいだけ寝ていよう、と思って夕べ床に就いたのに、
やはり朝6時に目が覚めてしまう。
でも、早起きは三文の徳。
仕事をしても、しても、時間がたっぷりある。


アパートに越してから、毎日三食しっかり作って食べている。
さぞかし太るんだろうなぁと思っていたが、意外にそうでもない。
料理、掃除、洗濯など、これまでお手伝いさん任せだったことを自分でやっているからであろうか。
家事をするようになった分だけ、体を動かしているからだろう。
よーし、いい調子、いい調子♪



2007年10月9日(火)
モクスペ収録無事終了
日テレの番組「モクスペ」の収録が終わった。
突然の取材で大いに驚き、大いに忙しい思いをしたが、
おもしろく楽しく、かつ貴重な体験をした。

収録前には、ボビー・オロゴンさんが一般授業に参加。
学生はみんな一様に、
「どうして日本人じゃないのに日本語が上手なんですか」
私はそんなみんなに言いたい。
「みんなだって日本人じゃないけど、日本語が上手ですよ!」


大きな一仕事が終わったかというように、明日から断食明け休暇に入る。
この日誌も16日までお休み。

1週間もの休みをジャカルタで過ごすというのは初めての経験。
工場もストップ、通勤の車もなくなって、
さぞかしきれいになるだろうジャカルタの空を、
アパートからのんびり眺めることにしよう。



JCCニュース


2007年10月8日(月)
バリの結婚式
バリに通い始めて、初めてバリ人の結婚式を経験した。
もちろんお祝いに伺うというのは数回あったが、
家族同様に1日中結婚式に付き合ったのはまったく初めての経験である。
どうして1日中かというと、まさに1日中なのである。
朝8時にポトンギギという儀式に始まり、奥さんとなる女性のカースト昇格の儀式、そして結婚式、
そのあと来客は夜中まで延々と続くという。
私は夜の便でジャカルタに戻るため、20時にはお暇したのだが、まだまだたくさんのお客様が来ていた。

写真は、5日の日誌にも書いた私のかわいいバリの子どもたち。
左から長男アグンと新婦。アグンは小さいころ、亡くなったお母さんによくバリスダンスを習っていた。
真ん中は看護婦をしている長女ユニ。レゴンダンス公演のため、小学校のときに日本へ。あと2週間で出産予定。
右の写真は、末っ子のウィナタ。昔はよく抱っこして散歩したが、今ではこんなに大きくなってしまった。

   
ジャカルタ タナカルト ウィークリー



2007年10月5日(金)
長男の結婚式
今晩の飛行機でバリへ向かう。
え! 8日にモクスペの公開録画があるんじゃないの!?
と、まめに日誌を読んでくださっている方はお思いになるだろう。
その通りである。
だから7日の日曜日の夜便で戻ってくる。
私は普通、バリへ行くというと最低でも1週間。
どんな事情があったとしても4泊5日は滞在する。
それが今回は2泊3日である。
信じられないが、事実である。

なぜにこのような無謀なスケジュールになっているかというと、
実は私には、バリのウブドゥに20年前から、
家族のようにお付き合いをさせてもらっている家があるのだが、
その家の長男の結婚式が7日にあるのだ。
彼が小学3年生のときにその家にホームステイをし、
それ以来何度も足を運ぶうちに、
そこの3人の子どもたちは、私にとって我が子のような存在になっている。
その長男が結婚するのだ。
私にとってバリ2泊3日は、とんぼ返り以外の何物でもないが、
だがやはり行かねばなるまい、いや、行かないわけにはいかない。
いやいや、なにをさておいてもゼッタイ私は行きたいのだ!!

写真はその子どもたちと。
1990年ごろ。左から明後日結婚する長男アグン、次男ウィナタ、長女ユニ
2002年。ユニの看護学校卒業祝いに、ユニとアグン、ジャカルタへ。
今年3月のJCC創立10周年記念パーティに駆けつけてくれた、ユニスハウスの家族。
左からアグン、お父さん、ユニ、ユニの一人息子アナンタ、ユニのご主人ブディさん。

この家族のおうちは、バリ島のバリ・ウブドゥの市場真裏にある、
便利な上に、親切で気持ちのいい旅行者向けのホームステイをしている。
興味のある方は、こちらをご覧ください。

Yunis House




2007年10月4日(木)
授業撮影
「モクスペ」取材班による授業風景の撮影開始。
田中先生のA2のクラスと、スワンシー先生のI2のクラス。
カメラマンの方いわく、
「意外にみんな恥ずかしがらなくて、ノリがいいですね〜」
たまたま元気なクラスだったこともあるかもしれないが、
けっこう、教師の努力もあったりするのである。

2007年10月3日(水)
モクスペ撮影班、来JCC
先月27日に、日テレ「モクスペ」の収録がJCCでありますー!!
お知らせしたが、昨日、撮影班の方々がJCCにいらした。
いろいろ話し合って煮詰めていったり、
ディレクターがカメラが回し始めたりしているうちに、
あ〜、いよいよかーと、実感が湧いてくる。
2日前に配布を始めた公開録画入場整理券は、今朝8時過ぎに終了。
さすがに日テレ、さすがに「モクスペ」、さすがにボビー・オロゴンさん(写真→)。
さーて、今日と明日で、準備をしっかりしておかなければ〜!!

2007年10月2日(火)
ゴキゲン
毎日、料理をしている。
2ヶ月の予定で住んでいるアパートのお台所の使い勝手のよさに、
この私が、料理をしてるのである。
もちろん、日本ではきっちり家事をする人間であった。
いや、今でも日本へ帰れば料理をする人間である。
だが、インドネシアでのこの十数年は、
お手伝いさんに朝・昼・晩、すべて作ってもらっていた。
それが、居住空間の居心地の良さに、
再び料理の楽しさに目覚めたのだ。

右の写真は、今のアパートから見える風景。
この景色を眺めながら、料理と食事を楽しんでいる。
もともと、マンションでもホテルでも、眺め優先で選ぶ私、
今回の物件は、かなり気に入っていて、
はっきり言ってえらくゴキゲンな毎日である。
昨日は泣いていたのに…ね。



2007年10月1日(月)
泣き〜
インターカルト日本語学校の実習が始まる前に、
学校にある私専用のコンピューターが煙を吐いてダウン、
自宅用のラップトップを持ってきて仕事をしていたが、
本日ようやく直って戻ってきた。
が、結局ハードディスクがやられたようで、これまでのプログラムがすべてパー。
不幸中の幸いは、ほとんどのデータをメモリースティックに入れていたので、
進行中の仕事に大きな支障はなかった。

だが、頭を抱える問題がいくつか。
まず、ホームページビルダーがなくなってしまったので、更新は自宅のラップトップでしかできない。
だがうちに帰ると、仕事モードはすでにオフになっているので、家ではどうも更新ができない。

次に、これは実に大きなことなのだが、Outlook Expressの消失で、メールがすべて消えた。
仕事関係でとっておいたメール、
そして数年前に亡くなった大切な友人からのメール、
はたまた、友人たちのメールアドレスすべて。
泣き〜〜〜!! である。

だが、仕方あるまい。
コンピューターにすべてを預けて仕事をしている人間の抱える、最大のリスクである。

というわけで、この日誌を読んでくださっている友人知人の皆様、
メールアドレス復活のために、すぐにメールを!!

 Jakarta Communication Club

JCC1- Jl.Cipaku2 No.27 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7203966/72791829 (FAX) 7203966

JCC2 - Jl.Cipaku2 No.4 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7257266/7250530 (FAX) 7257266


http://jccindonesia.com