Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成19年

ー5月ー

2007年5月30日(水)
すうぱあせんと

「すうぱあせんと」と聞いて、
みなさんはすぐに「数パーセント」の文字が浮かぶだろうか。
今朝、NHKの番組 を見ていたら、キャスターが
すうぱあせんとの手続き料を払わなければなりません
…と言った。
私は思わず、「え? スーパー銭湯に何の手続き料金がいるの?」と思った。
たぶん、番組に集中していればそんなふうには聞こえないのだろうが、
朝の身支度をしながらなので、飛び飛びにしか言葉が入ってこない。
それで、「スーパー銭湯の手続き料を払わなければなりません」に聞こえてしまったのだ。
そういえばほかにも、
「皇室典範」は、「皇室戦犯」、
「後手後手に回る」は、「ゴテゴテに回る」、
「渡航の是非検討」は、「渡航のぜひ検討」に聞こえる。
最初聞いたときには、
え、今なぜ皇室に戦犯が、とか、
ゴテゴテなんて擬態語をニュースでも使うのか、とか、
渡航をぜひ検討してほしいなんて、余計なお世話だっ、とか思ったものだった。
だが、これは一回こう聞こえてしまったら、もうずっとこう聞こえてしまう。
さすがに、瞬時に切り替えられるので、最初聞いたときのようにいろいろ思ったりはしないが、
耳に入ってくるときには、いまでも皇室戦犯に、ゴテゴテに、ぜひ検討。
はたして、「すうぱあせんと」もこの運命なのか…。

2007年5月29日(火)
ガード下の学校

先週末、ある学校を訪ねた。
そこは、二人のインドネシア人女性がボランティアで行なっている学校である。

インドネシアの首都ジャカルタには多くの貧しい人たちが住んでいる。
その人たちは簡素な小屋を住処とし、
学校に通っていない子供たちも少なくない。
そんな子供たちに教育を受けさせたいと、
双子の姉妹ロシさんとリアンさんは、ジャカルタにガード下の学校を作った。
その数、5校。各校にそれぞれ200人から300人の子供たちが通う。

その学校は、お二人のお父様が亡くなるときに、
貧しい人のために使いなさいと言って残した財産で、すべてを賄っている。

私がうかがったときには、国語、料理、裁縫、工作の授業をしていた。

冷房も視聴覚教材もパソコンも、まったく縁のない世界がそこにあった。
椅子と机とホワイトボードだけ。余分なものは一切ない。
でも、ここの子供たちの礼儀の正しさはなんと表現すればいいだろう。
日本でも、インドネシアでも、こんなにきちんとした態度の子供たちには
久しく会ったことがないような気がする。
たぶん、お二人のお人柄が子供たちに反映されているのだろう。
裕福な人たちが、お金を寄付するのはよく聞く話である。
だが、このお二人は自ら子供たちに教えている。
5箇所の学校を2時間ずつ、毎日教えて回っているのだ。
もちろん、目的も、志も、理由も、私と彼女たちでは、すべてが異なるのだが、
同じ「教育」に携わる者として、深く考えさせられた。

今回は、日本人のアマチュアマジシャンの方と一緒に訪問して、
マジックを楽しんでもらった。
マジックを見るのは初めてという子供たちは、おおいに楽しんでくれた。
帰りに、お礼を兼ねてお二人にJCCの話をしたら、目をキラキラさせて、
「子供を一人、そちらの授業を受けさせることはできませんか」
―よろこんで!!
私の夢をかなえてくれたインドネシアに、
こんな形でご恩返しができるとは。

ガード下の学校で、あのお二人からいろいろなことを学びながら大きくなった子が、
JCCでどんな可能性を見つけてくれるのか、今からとても楽しみである。







2007年5月28日(月)
じゃじゃーん!

JCCのホームページに新コーナー登場、
それもインフォメーションとかではなく、読み物っ!

しかも、担当は Ibu Kaikiri ではありません〜〜〜
JCCの若きホープ(ちょっと古くないか? この表現は)、
田中先生。
JCCに赴任してはや8ヶ月、スピーチコンテストの作文指導に実力を発揮したり、
現役のミュージシャンでもあるインドネシア人受講生から日本語の歌詞を頼まれたり、
その文章力は、私もかなり前から気になっていた。
そしてついにJCCホームページにデビューしていただくことになった。
タイトルは「ジャカルタ タナカルト ウィークリー」。
このよもやま日誌と違って、今や主流のブログ形式なので、
コメントなどどんどんお寄せいただければ、励みになると思う。
ブログの中ではあまり正体を明らかにしていないが、ご本人の近影→
ときに小泉孝太郎、ときに東幹久、ときに氷川きよしに似ている、
見た目は現代っ子そのものだが、26歳という年齢にしては落ち着いている。
ご本人曰く、「父の影響かと…」。
ちなみに、その田中先生のお父様と私は同い年。
私にとって田中先生が、いまどきの若者のわりに話しやすいのは、そのおかげかも。

さて、そんな田中先生のジャカルタでの日々、JCCでの毎日、結構笑えます。
では、どうぞお入りください!

ジャカルタ タナカルト ウィークリー

2007年5月25日(金)
うれしい、でもたいへん! たいへん、でもうれしい!!

6月から9月の半ばまで、2つの機関の留学直前語学研修が行なわれることになった。
1つはイスラム系大学の先生たち13名、
もうひとつはインドネシア政府機関の専門家の方々75名。
いずれも2か月から3ヶ月のコースで、開始時期は異なるが、
最大瞬間人数は7月31日から9月4日まで、88名全員がJCCで受講。
うわわわーーー!!!
というわけで、本日のタイトルでした。

2007年5月24日(木)
ジャカルタ、ただ今午後6時。

1ヶ月に一回ぐらい、何がなんだかわからないうちに1日が終わってしまう日がある。
今日はまさしくそんな日だった。
気がついたら夕方6時、だが今日中に仕上げねばならない仕事がまだ二つ残っている。
そのひとつはお給料計算。
数字が苦手な私にとって、憂鬱な仕事のひとつである。
いくらエクセルが計算してくれるといっても、確認作業は必須。
ずらりと並んだ小さな数字を見ていると、目はちかちか、肩はこりこり。

だがやらねば、とにかくやらねば。

2007年5月23日(水)
野菜の名前

昨日、学校の帰りにスーパーに寄った。
野菜を山ほど買って、いざレジへ。
すると、レジで打つごとにコンピュータの値段表示に、日本語の野菜名が出てくる、出てくる。
okuraやsiitakeの名称は、以前からほかの国でも目にしていたので、
国際的にこの名前なのかなと思っていたが、最近、kyuuri を見るようになり、
今日はついに、daikonが出てきた。
これが日系のスーパーマーケットなら、日本語表示は当たり前だが、
昨日寄ったのはバリバリの現地系スーパーである。
この国に、きゅうりや大根がないわけではない。
だから、きゅうりも大根も、timun、lobak という、ちゃんとしたインドネシア語が存在する。
なのに、kyuuriにdaikon 。
なぜなのだ。
日本名がつけられているのは、日本からの輸入野菜…とは、
その安い値段からしてとうてい考えられない。

そういえば果物売り場で買ったみかんには、袋にponkanと書いてあった。
なんだかうれしい、最近のスーパーマーケット現象です。

2007年5月22日(火)
ジャカルタ滞在15年

10年前の設立当初に受講してくださっていた日本人の方がおみえになった。
変わらない笑顔を拝見しているうちに、
同じクラスの受講生の方や、そのころのスタッフの顔まで浮かんできた。
そういえば先週も、14年前にジャカルタでご縁のあった日本人の方からメールをいただいた。
ジャカルタ滞在15年の月日が、懐かしさと喜びで思い出される一瞬である。

2007年5月21日(月)
目覚まし時計

必要があって、久しぶりに目覚まし時計で起きた。
ここのところ、目覚ましをかけなくても朝6時には目が覚めるので、
体内時計で充分なのだが、
今日は午前中に大切な用事で遅れてはならない約束があったから。
昨晩夜更かししたこともあって、
案の定ぐっすり眠っていたところを巨大ベル音に揺り起こされた。
久々の目覚まし起き、やや身体が重い。
そういえば私は、社会人生活約30年のなかで、
目覚まし時計をあまり使わなかったような気がする。
フリーランスのアナウンサー&ライターのときは午後の仕事が多かったし、
地元広島の制作会社に勤めていたときには10時出勤だったし。
ジャカルタに来てからも、各学校12時出勤。
だからといって朝に弱いわけではない。
ジャカルタの朝は気持ちがいい。
7時も過ぎれば、排気ガスと熱気でむわ〜としてくるこの街で、
すがすがしい空気を感じたければ、6時の散歩、もしくは出社をお勧めする。

2007年5月18日(金)
唖然、愕然、呆然

ジャカルタに新しいショッピングモールが誕生、
そこに世界の映画を公開する映画館ができた。
日本映画の第一弾に選ばれたのが、「日本沈没」。
日本のエンターテイメントに飢えている日本人である私は、
スタッフからそれを聞いて大喜び。
さっそく昨日17日の祝日にモールに向かった。
はやる心を抑えつつ映画館のある8階に行き、チケットを買い、
たまたま来ていたスタッフとわいわい言いながらドアの開くのを待った。
そしていよいよ始まったフィルムが、5分たったあたりだろうか。
そう、柴咲コウちゃんが救急ヘリから降りるシーンで、
私はあることに気付いた。
コノ エイガ モウ ミタ ジャン…
そう、昨年の夏の帰国のときに、姉と一緒に観た映画であった。
…どどどうなってるの、私の記憶機能。
数年前の映画なので覚えていないとか、
テレビで観たのを忘れていたというのとは、わけが違う。
去年の夏、ロードショー公開のおり、1800円出して観た映画である。
それを忘れてしまっていたとは。
一瞬唖然とし、しばし愕然、のちしばらく呆然。
これから増えていくんだろうなぁ、こういう現象…とほほ。

2007年5月16日(水)
新システム登場!

昨年の3月ごろにあるアイデアが浮び、
なんと素晴らしいシステムだ! と
自画自賛しながら作り始めたのに、

半分も進まないところで中断してしまっていた。
それを、1ヶ月ぐらい前から再開、ついに出来上がった。
10センチ角のカードに、仕事内容を書いたもので、
表がインドネシア語、裏が日本語になっている。
左上に仕事の項目名、右上に「AGIP」。
これは何かというと、

A:Administrasi(事務部)

G:Guru tetap(常勤教師)

I:Instruktur/guru tidak tetap(非常勤教師)

P:Penjaga rumah/pembantu(警備・お手伝いさん)


…というふうに、それぞれの部署に関わるカードが
ひと目でわかるようにしているのだ。
その数、120枚(たぶんまだ増える)。
新スタッフが入ってもこれを読めば大体のことがわかる。
もちろん現在のスタッフも、
仕事の手順を確認したくなったらこれを見ればいい。


昨年、スタッフの仕事の定着の悪さに、
ほとほと参った挙句に考えたもので、
「知りませんでした」だの、「わかりません」だの、
これからは言わせんぞー!!

2007年5月15日(火)
帰国

毎年、お盆とお正月の時期に一時帰国する。
今年はすでに7月9日発の便を予約していた。
だが昨日書いたように、
日本語弁論大会の全国大会が7月14日にあるというので、
急きょ旅行代理店に電話して日程を変更してもらった。
国際交流基金は、
7月7日にホテルのバンケットルームでと予定していたそうなのだが、
ジャカルタ中のホテルというホテルが、予約で埋まっているのだそうだ。
どうしてかというと、2007年の7月7日。
なるほど、ラッキー7が並んでいる。
どこの国も同じように縁起を担ぐものなんですね。


●写真は受賞直後のチェリアさんと指導にあたった田中先生、私、そしてデシ先生。昨日授業にやってきたチェリアさんが、すてきなフレームに入れて持ってきてくれました。







2007年5月14日(月)
第2位!

前週末土曜日に行なわれた、
国際交流基金主催「日本語弁論大会」で、

JCC代表のチェリア・メスタさんが第2位に選ばれた。
うれしーーー!!
JCCは、弁論大会にはいつも
スタッフ総出で応援に行くことになっている。
ドキドキも、そわそわも、やったーも、JCCスタッフ全員で共有する。
だから終わったあとは、それは大変なにぎやかさである。
弁論大会で私が最もうれしいのはこれである。
もちろん、学生が受賞することが最たる喜びであるが、
日々の業務で、するべき仕事が異なるスタッフたちが、
全員同じものに向かって願い、祈り、そして喜びを分かち合う。
極上の喜びだ。
終わったあと、私のニコニコは止まらない。
スピーチ指導を担当したデシの饒舌も止まらない。
そして、同じく今回担当していただいた田中先生は、
「いや〜、こんなにドキドキするものとは…」

全国大会は7月14日。これから2ヶ月、このドキドキは続く。
JCCニュース



2007年5月11日(金)
模様替え

2日前に、JCC1の教務室の模様替えをした。
先生たちの机が増え、ついに私の机が撤去された。
私の机はJCC2にもあるので、本来、なくてもいいものではあるのだが、
どうもJCC1に行ったときに、居場所がなくて困る。
しかもここ2日、教務室のドアを開けると、
反射的に以前机があったところに足が向いてしまうのには閉口している。
模様替えで気分一新、新しい先生たちも増えて、JCCにも春の新学期が来たようである。

2007年5月10日(木)
幸せ

「今、とても落ち着いているように見えますよ」
日本にいる友人にこう言われた。
厳密に言うと、メールに書いてあったのだが、
もちろん日本とインドネシア、離れているところに住んでいるのだから、
その友人はこのよもやま日誌を見て判断している…というか、感じているのだろう。

そうか、落ち着いているのか、最近の私は…と思い、
ここ数ヶ月の日誌を読み返してみた。
むむ…どう読んでも、10周年記念イベント協奏曲が荒々しく鳴り響いていて
とても落ち着いている感じではない。
だが、東京にある日本語学校の最高責任者であるからこそ、
その友人には、私の文章の微妙な機微がわかるのだろう。
確かに、私はここ2〜3年、自分の仕事にすこぶる没頭できている。
怒っても、嘆いても、いらいらしても、とても安心して仕事に集中できている。
これは迷うことなく、スタッフのおかげだと言える。
私は本当に幸せだと、最近よく思う。

2007年5月9日(水)
スポーツ再開

10周年記念の準備で半年間休んでいた(さぼっていた?)フィットネスを今週初めから再開。
朝6:30にうちを出て、近くのホテル内にあるフィットネスクラブへ。
ランニングマシンやら筋肉強化マシンやらを30分ほどやって、
後半はストレッチ&ヨガを30〜40分。

半年やらなかっただけで、ホテルの階段がややきつく感じられる。
さぁ、また1年がんばるぞ〜(注:1年分の会費を払ったので)

2007年5月8日(火)
受講料改定

6月1日、JCCは4年ぶりに授業料改定。
受講生の皆さんの負担を考えて
値上げは控えてきたが、
諸物価高騰が続いている中で、さすがに難しくなってきた。
受講生のみなさんにはご迷惑をおかけするが、品質維持・向上のためにご理解を!

2007年5月7日(月)
スピーチコンテスト

今週末の土曜日は国際交流基金主催のスピーチコンテスト。
いろいろな理由でここ2年ほど参加していなかったが、
今年は、現在アドバンス1を受講中の女性がJCCの代表として出場する。

今からドキドキ。
このドキドキ、けっこうきついです。

2007年5月4日(金)
新メンバー

先月末、事務部に新スタッフが2名入った。
新しい風はJCCにどんな季節をもたらしてくれるのだろうか。

2007年5月3日(木)
こいのぼり

JCCには、雛人形や七夕の笹やクリスマスツリーなど
季節ごとにいろいろな飾りが登場するが、
今年、こいのぼりが初お目見え!
日本の知り合いにいただいたこいのぼりだが、
マンション仕様といっても、思ったより大きい。
外でなびかせたいところだが、
雨も心配なのでJCC1の玄関先に立てた。
JCCのスタッフ曰く、
JCCはこれまで女性スタッフばかりだったので
雛人形だけでよかったけど、

田中先生が着任したとたんに、こいのぼりが手に入るなんて、
すごいタイミングだね〜、先生!

ほんとにそう。
一男十三女で、今日もJCCは元気です!!

2007年5月2日(水)
大掃除
本日は教務室の大掃除をした。
あっちこっちをひっくり返して、ごみがダンボールに4〜5箱分出た。

整理整頓ができない人間は、仕事もできないという。
思わず自分の部屋を見る。
ううむ、こここそやらねば。
2007年5月1日(火)
ゴールデンウィーク
5月が始まった。
そろそろ、10周年の想い出に浸っているばかりにはいかなくなった。
日本はゴールデンウィーク。
友人のブログも開店休業が多い。
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