Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成19年

ー7月ー

2007年7月31日(火)
やばい

7月17日に書いたことが現実になってしまった。
毎日もりもり食べる日本料理のせいで、体重が着々と元に戻りつつある。
やややばい。
調子に乗って、体脂肪計つき体重計なんか買うんじゃなかった〜。


2007年7月30日(月)
変な日本語

今日、そうめんを作っていて、変な日本語を見つけた。
そうめんブランドとしてはたぶんトップクラスであろう「揖保の糸」、
その包装袋の裏面にある作り方の表記が変てこなのだ。

@大きめのなべで沸騰した約1リットルの湯の中に麺100グラムをバラバラと入れます。
A再び
沸騰すればふきこぼれない程度に火加減を調整してください。ゆでる時間は1分30秒〜2分が基準です。
B
ゆであがればすばやくザルに移し、清水を流しながらよくもみ洗いしてください。

これは、日本語教師だけではなく、そうめんを作ろうとする主婦のかた皆さんが首をかしげるのではなかろうか。
考えようによっては、この文章は日本人が作ったのではないのではないか、とまで疑ってしまう。
兵庫県推奨有料特産品・登録商標「揖保の糸」、
これだけ自慢するなら、
どうかこの日本語を、「沸騰したら」と「ゆであがったら」に変えていただきたい!


2007年7月28日(土)
結婚式と花火大会

今日はいとこの末娘の結婚式だった。
小さいころから知っているやんちゃなその末娘は、
私のことを「すがこねーちゃん」と呼ぶ。
昨年末、帰国したときに彼女から言われた。
「すがこねーちゃん、結婚式、来年の夏に決まったんよ。司会、頼むね!」
その来年の夏とやらがやってきたわけである。
たくさんの友人たちに囲まれた、にぎやかで和やかで愉快な結婚式だった。
そして帰りは、車の中から宇品港の花火が見事に見えた。
1年にそうはたくさんないであろう、とても心地いい一日だった。


2007年7月27日(金)
インターネットカフェ

急ぎでメールを確認しなければならない用ができた。
実家でインターネットが使えるようになるのが8月1日なので、
とりあえず、今日の訪問先に最も近いインターネットカフェに飛び込んだ。
だが、私の頭の中では、インターネットカフェ〜漫画喫茶〜オタク族、
もしくは、インターネットカフェ〜24時間営業〜夜間族の住処…などなど、
かなりディープで暗いイメージを持っていたので、
実はとても緊張していた。
友人に、「近くて便利で健全なインターネットカフェを教えて」とたずねたら、
「行ったことないけど、○○の駐車場近くに△△というネットカフェがあるらしい」と教えてくれた。
○○に行く。駐車場口にまわる。△△という看板が見える。
あったー! 
近づいていって、むむむ、地下だよ。
しかもやはりちょっと暗めの照明。
私の前に入っていった男の子はやはりちょっと秋葉系。
「ええい、ままよ!」とばかりに入店。
そのあとは、すごいピッチで手続きをし、システムを訊き、パソコンデスクへ。
個室は満室だったので一番端の席に。
隣も前もぴしっとスーツを着こなしたビジネスマン風男性が漫画を読んでいる。

なぜ、午後3時というこの時間に、スーツ族がこんなところで漫画を読んでいるのか、
思わずインタビューしたくなった私だったが、
それをも上回る居心地の悪さに20分で仕事を終え、
1時間料金を払ってそそくさと出て行った私であった。



2007年7月26日(木)
懐かしグッズ

昨日夕方に故郷の広島に移動。
姉と行った甘味やさんで、これまた懐かしいグッズを発見!
私が高校生のころ(何百年前だ!?)、
今はカフェと名前を変えてしまった「喫茶店」で、よく見かけた
テーブルおみくじ…というか、テーブル占い。
10円だっただろうか、
自分の星座が記してあるところにコインを入れると、
筒状の紙がころりと出てくる。
姿かたち、まったく昔のままで、姉と一緒にひとしきり懐かしんだ。


2007年7月25日(水)
地下鉄風景

昨日降りた麻布十番で、懐かしいものを見かけた。
伝言板である。
「7時まで待った、もう帰る!」とか、
「先に行ってるよ〜」とか、
「集合場所、新宿に変更」とか、
それぞれ駅で待ち合わせた人々が、メッセージを残すためのもので、
昔はどこの駅にもあった。
昔といってもいつごろまでだったか思い出せないのは、
私自身が一度も使ったことがなかったことに加え、
もう15年も日本を離れていることも原因であろう。
それにしても携帯電話全盛のこのご時勢、こんなものは無用の長物、
しゃれで置いてあるとしか思えない。
だが、見ると、2つの伝言が。
ひとつは、「本日、東京六日目!」
もうひとつは、「ここに椅子があったらいいと思います」
どう見ても、友達への伝言板ではなくて、
旅の記録、そして駅への要望。
本来の設置目的というか、存在意味をすっかり失くしている。
でも、そこにあるだけで心和む人間がいるから、
この伝言板は、本来の役割を果たさずともいまだここにあるのかもしれない。


おまけ:
真ん中の写真は、地下鉄の到着駅の案内表。
丸の内線に乗って「四谷」で南北線に乗り換えるには○番車両に乗りなさい、
銀座線「新橋」駅でJRに乗り換えるには○番車両に乗りなさい、と説明してあるもの。
インドネシアじゃできないな〜、こんな細かい芸当。
というより、必要ないか、ここまで徹底して効率を追求すること。


おまけのおまけ:
一番下の写真は地下鉄・大門駅のそばで見かけた半地下式公衆トイレ。
増上寺のお膝元(?)では、厠も風情がある。





2007年7月24日(火)
日本料理

昨年度、JCCに勤務してくださった力丸真耶先生と会う。
ランチに出かけたのは、麻布にある「東京さぬき倶楽部」という、
香川県が関係している、宿泊・会議施設。
併設のレストランのさぬきうどんがおいしいということで、それを目的に行った。
うどんもおいしかったが、たかがお昼の定食にこの飾りっぷりに感激。
あっぱれ日本料理!

ついでに記しておくと、この東京さぬき倶楽部、
門構えが、まるでどこかの国の大使館か迎賓館のよう。
麻布とは思えない下町風情の香る住宅街に、
突如現れるその建築は、一見の価値あり。



2007年7月23日(月)
増上寺

帰国時に、必ず会う人が何人かいるように、
必ず行くところがいくつかある。
その中のひとつが、増上寺。
縁あって、6年前から毎年、年2回訪れるようになった。
都会のど真ん中なのに、一歩足を踏み入れただけで、
境内のしんとした空気に包み込まれる。

ここは年間を通じて、
盆踊りや薪能、年末のカウントダウンなど、
一般の人々が参加できるイベントを多岐にわたって行っており、
私もたしか20年ぐらい前に、
ここで行われたフリーマーケットに来た覚えがある。
本殿正面の大階段の中央でタイのグッズを売っていた女性から、
タイのインスタントラーメンを1袋400円で買ったのを、
なぜか今でもはっきりと覚えている。

今、私が暮らしているインドネシアという国は、
宗教を大変重んじる国である。
「無宗教」という言葉は、この国には存在しない。
私は、日本人としては至極一般的な、宗教なんでもOK派である。
実際、実家には仏壇があるが、
正月には神社にお参りに行くし、
挙式は教会で執り行った。
かといって、私にすべての宗教に信心があるかといえば、ない。
教えや内容を深く知りもしない。

だが、宗教建造物は好きである。
そこに立ち入るだけで、精神が浄化されるような、
そんな空気が宗教建造物には満ちている。

再び、増上寺。
一番上は、日本戦後復興のシンボル東京タワーを背景にした写真。
写真には写っていないが、
この右には東京プリンスホテルが並んでいる。
新しい建物に威圧されることなく、
どっしりと佇む増上寺に、
私はこれからも通い続けるだろう。








2007年7月22日(日)
いつもの飲み会Part2

20年も前になるが、3ヶ月ほど新宿でインドネシア語を習った。
その仲間とは今でもつきあいが続いていて、
帰国すると必ずといっていいほど、みんなで飲みにいく。

今回は、友人の提案で「昭和30年代をコンセプトにした居酒屋」とやらに。
昭和32年生まれの私は、店に入るなり大はしゃぎ。。
ポスターや看板ほか、細かいタイル張りの洗面台や、駄菓子コーナーなど、
ついうなってしまう30年代の雰囲気がそこここに。
そしてみんなでもっともウケたのが、右のおでん。
「おそ松くん」という漫画だったっけな〜、
その中に出てくるおでんがこの形だった。
あれからおでんというと、この形がイメージされたが、
田舎の広島では、この形のおでん、昔も今も見たことがない。

余談だが、このお店、雰囲気もよければ値段もうれしい。
ちなみにこのおでんは1本40円。


2007年7月21日(土)
7万突破!

おお!!
帰国してばたばたしているうちに、
JCCホームページのカウンターが7万を超えているではないか!

皆様、どうもありがとうございます。

さて、私は帰国中、たいてい1週間ぐらい東京のホテルに滞在するのだが、
そのとき実感するありがたさがある。
それはインターネット環境である。
昨今、ほとんどのホテルが高速の接続無料のネット環境を提供してくれている。
これが(日本のみなさんにとってはあたりまえのことだが)、
信じられないほど速いのである。
インドネシアのダイヤル回線でのインターネット作業は、時間との戦い。
同時に電話用料金を気にしながらの作業。
毎日、メールチェックと返信に30分。
ホームページを更新に10分。
何かの検索が必要になろうものなら、ヒットするまでの時間、
そしてまたそれを開くまでの時間。
画面に出てくるまであまりに時間がかかるので、
途中であきらめてしまうこともしばしばである。
最悪なのは、ウィルスバスターの最新版へのアップデート。
開始から終了までゆうに2時間はかかる。
それがホテルの高速LANでの作業だと、
メールチェックおよび返信はほんの数分。
ホームページ更新はものの数秒。
検索なんか、あっという間にいろんなものが現れてありがたさが感じられないくらい。
そしてウィルスバスター、これは、ほかの作業をしているときに突然、
「おじゃま〜、ちょっと掃除しまっせ〜」って感じで画面に現れてきて、
「は?」っと思ったその数秒後には「終わりやした〜、どっもー」って感じで去っていく。
ジャカルタにもこのネット環境があればどんなに仕事がはかどることか。

そして、ひとつ情けないことがある。
ホテルに泊まって、サービスの一環として
インターネットいくらでも使い放題の恩恵に授かっているのに、
検索しながら、「早く探さなきゃ、早く見なきゃ、電話代かさんじゃう」と、
どうしても体があせってしまうのだ。
悲しい習性。

はたしていつになったら、
心からゆとりをもってネット作業ができるようになるのだろう。



ネット環境抜群の昨今のビジネスホテル


帰国時にいつも利用するホテルの窓から。秋には美しく色づく銀杏並木


去年12月はじめの帰国時の写真
2007年7月20日(金)
いつもの飲み会Part1

帰国の定番スケジュールとなった、
インターカルト日本語学校の加藤先生との飲み会、というか、語り合い。

インターカルト日本語学校は、今年創立30周年。
うーーーむ、JCCの3倍。

30年間、信頼され続ける学校でいるのは容易なことではない。
おおいに見習いたい。




2007年7月19日(木)
梅雨

台風はすでにすっかり姿を消しており、
快適な空の旅を楽しみ(というより深夜便なのでぐっすり眠り)、
朝9時前、成田着。涼しい1日だった。
友人の話によると、まだ梅雨が明けていないらしい。


相変わらず日本はきれいだ。
仕事もきちんと規則正しく行われている。
だがしかし、なんとも味気ないのはどうしてか。



2007年7月18日(水)
国家開発企画庁(BAPPENAS)語学研修開始!

インドネシア政府機関、BAPPENASの留学直前日本語研修がいよいよスタート。
まずは先行出発の36人が、今日から勉強をスタートした。
さすがに36人の学生が通い始めると活気が違うだろうが、
残念ながら私は今晩、日本へ向かうので、
その状態を目にすることができない。
30日には後発のBグループ37名も開始。
国立イスラム大学の13名とBAPPENASの73名、
あわせて86名がJCCに集まっているところを早く見たいーーー!!
ともかく、先生たちにとっては2ヶ月間、大変な日々が
続く。
よろしくお願いします!!


それでは、明日の日記は日本から。
台風の影響はもうないかな…。
去年夏の帰国が思い出されて、ちょっと不安な私です。

JCCニュース



2007年7月17日(火)
実証

先週、司会をおおせつかったパーティーで、
衣装は
民族衣装のクバヤでと依頼された。
よっし、去年作ったクバヤの出番だな! と、洋服ダンスから取り出して羽織ってみる。
むむ?? なんか、胸のホックのあたりが、スカスカしてピシッと決まらない感じ。
次に、バティックで作ったロングスカートをはいてみる。
ややや、ゆるゆるではないか!!!
こ・こ・これはやはり、やはりこれは、「やせた」ということではないかーーー!!!
今月初めの日記にも書いたが、今ここに実証されたという感じ。

うふふふ、あさっては帰国。みんな驚くぞー
…と喜んでいる場合ではない。
せっかくこんなにやせたのに、日本に帰ったらまたまた見境なく食べてしまって、
元の木阿弥なのでは〜〜〜???

2007年7月16日(月)
誇り、いや、やっぱり自慢

やったーーー!!!
土曜日に行なわれたスピーチコンテスト、
JCC代表のチェリアさんがみごと
準優勝
この大会における準優勝は、優勝と同じくらいうれしい。
なぜなら、優勝と準優勝の人は、日本行きの副賞をいただけるのだ。
むかし、第3位に終わった学生が口惜しそうにこう言ったことがある。
「3位なら、いっそ入賞しないほうがよかった!」
負けん気の強い学生だったので、日本行きの切符のもらえる1位2位と、
ラジオカセットだけの3位とでは、そのあまりの格差に、
うれしさよりも口惜しさのほうが強かったのだろう。
だから、スピーチコンテストの準優勝は、
学生にとっても、もちろん応援する教師やスタッフにとっても、
大きな大きな意味がある。

当日の結果が出るまでは、
「どんな結果が出ても、この2か月よくがんばった」とか、
「参加することに意味があるのよ」とか、
「スピーチの練習で日本語の力が上がったことだけでも、ものすごい収穫」とか、
チェリアさんに、スピーチ担当の先生たちに、
そしてなにより私自身に言い聞かせてきた。
だけどやはり、この結果によってついた自信は、
受賞しなかった場合とでは、比べものにならないぐらい大きい。
チェリアさんにとってもはもちろんだが、担当教師にとってもなのだ。
だから、チェリアさんには「おめでとう」と「ありがとう」を言わねばならない。

そしてここに書き留めたいことがひとつある。
JCCのスタッフのことである。
仕事時間外なのに、応援に行かなければならないのは、大変かもしれない。
でも、JCCの受講生が出場する大会に、JCCのスタッフが応援に行って、
ドキドキやわくわくをみんなで共有するのは、すごく大切で貴重なことだと思う。
だからいつも、応援に行くことを強制してごめんなさい。
でも、ありがとう。
前席にずらり並んだ、見慣れたJCCスタッフたちの顔は、
きっと、チェリアさんの緊張を解きほぐしてくれたと私は信じている。

そして、チェリアさんの名前が読み上げられ、
その瞬間、ホテルの会場中にJCCのスタッフの歓声が響き渡り、
喜び抱き合っているとき、私は最高に幸せだった。
JCCのスタッフを誇りに、いや、自慢に思う。
「うちの家族は世界一」と自慢する母のように、
自分の姉妹や仲間の幸せを、
一緒に喜んであげることのできるスタッフたちを、
私は本当に、本当に自慢に思う。
JCCニュース







2007年7月13日(金)
帰国前

いつも帰国前になると、酉年の私の本領(?)発揮。
日頃からバタバタと落ち着きのない鶏のお尻に、火がついてしまったという状態になる。
そのとばっちりを食うのはいうまでもなく、スタッフたち。
とくに副校長のデシには、いつも大変な思いをさせている。
なかなか言葉では言えないし、この日誌も読むことはないだろうけど、感謝しています。
明日はいよいよ、日本語スピーチコンテストの全国大会。
ドキドキの日々にやっと終止符が打たれる。
どんな結果が出たとしても、JCC代表のチェリアさんのこの3ヶ月のがんばりは、すばらしかった。

スピーチ指導にあたってくれたデシ先生と田中先生も、本当におつかれさまでした。
日本語教師七転八倒物語

2007年7月12日(木)
10周年記念品

昨晩、ある会社の創立記念パーティーにうかがった。
その会社もJCCと同じ10周年。
お土産にいただいた記念品を眺めながら、
「ああ、JCCも今年、10周年パーティーをしたんだよなぁ〜」
と、久しぶりにあの戦争のような日々を思い出した。
来週の18日の夜には帰国の途に着く。
今回は、友人知人へ渡す10周年の記念品が、スーツケースにどっさり。
それだけですでに重量制限の20キロ近い。
いつも買って帰る、
コーヒーやらサンバルやらのお土産は、許してもらうことにしよう。

2007年7月11日(水)
嘆きの日

dtjgg;*WEydcな?LEWsgfヴォヂ8z0「オvmkl;〜!!!(泣)
昨日に引き続き、すみません。
言葉にならない怒り、言葉にならない嘆き、お察しください。

2007年7月10日(火)
怒りの日

ンbsじdyh83えwqdlんhqr67y4;えんlヴぃw---???***!!!!(怒)

2007年7月9日(月)
初めての海

2週間ほど前に学校のお手伝いさんと一緒に車に乗ったときのこと。
ジャカルタの目抜き通りに入ったところで、
「わー、私ここ初めて〜!!!」
聞けば、そのお手伝いさんはJCCに勤めて3年にもなるのに、
JCCの周辺から外へ出たことがないというのだ。
ちょうどそのお手伝いさんの子どもが田舎から遊びに来ていたので、
よーし、じゃあ日曜日に遊びに行こう! と約束。
そして、昨日の日曜日、
子どもの長期休暇で、ジャカルタのすべての娯楽施設が最も賑わうこの時期に、

アンチョール海浜公園へ。
JCCとその周辺以外どこも知らない、
しかも、生まれてこれまで海を一度も見たこともないお手伝いさんとその子どもが、
大いに喜んでくれたのは言うまでもない。
写真上は、右からJCC2のサァル、JCC1のヤンティとその子どものニャイ。
そして運転手のサムちゃん。

写真下はロープウェイから見た、芋の子洗いの様子。



2007年7月6日(金)
七夕パーティー
今日の七夕パーティーは満員御礼の大盛況!
100人近いお客様においでいただき、熱気に包まれた2時間を過ごした。
とても身体を使ったが、疲れたという感じではない。
お客様にたくさん来ていただいたイベントは、疲れを感じないから不思議だ。


パーティーが夜10時に終わり、片づけを済ませて11時に自宅に帰って「???」
私の手には食べそびれたお昼のお弁当。
食卓には夕飯の準備。
…ということは、私は今日半日、なにも食べずにすごしたということ?
しかも今朝はパンを切らしていて、小さなりんごを半分食べたきりだった。
だがしかし、空腹を感じない。

こんなことが続くのは身体によくないのだろうが、
そのぐらい忙しいというのも、たまにはいい。

JCCニュース


2007年7月5日(木)
短冊
七夕の短冊を見ると心が和む。
JCC2の短冊にあったインドネシア人の書いた2作品(?)をご紹介。

〔たくさんおかねと いつもげんきと はやくけっこんしたいな いっぱいともだちもほしいな〕

ううむ、かなり欲張っている。神様もたいへんだ。

〔家族の健康と長寿を祈念致します〕

うわー、インドネシア人が書いたと思えない!!

明日の七夕パーティーにはJCC1とJCC2の短冊が勢ぞろいする。
2007年7月4日(水)
富士山

あー、昨日の日誌、写真を入れたらすっかりファンクラブのサイトになってしまった。
でも、若いころに夢中になるものがあって、よかったと思う今日この頃。
今日はうちからCDを持ってきて聴いてます。アルバム写真→
いかん! ますますファンサイトになってきている。

今日は、金曜日の七夕パーティーに使用する日本の唱歌を集めた。
しかし、昔の歌って、記憶の中でハチャメチャになってますね。
ちなみに私が自信を持って歌っていた「富士山」は、

あたまを雲の上に出し 富士は日本一の山

長く歌わないうちに記憶の中でかなり短縮されてしまっていた。
正しくは…


あたまを雲の上に出し 四方の山を見下ろして
かみなりさまを下に聞く 富士は日本一の山
2007年7月3日(火)
ミッシェル・ポルナレフ

毎年、7月3日になるとミッシェル・ポルナレフを思い出す。
ミッシェル・ポルナレフは30年前に、
大ヒットを飛ばし続けたフレンチポップスのスーパースターだ。
当時高校生だった私はポルナレフの熱狂的ファンで、
彼にならすべてを捧げてもいい(!?)とまで思っていた。
少ないお小遣いの中から貯金をためてはアルバムを買い、
コンサートへ行っていた

彼を好きになったおかげで、少しフランス語も勉強した。
ヨーロッパに憧れて、それがきっかけで海外に興味をもつようにもなった。
そのポルナレフの誕生日が7月3日なのだ。
ふと思いついてネットで調べたら、62歳という数字が。ぎょぎょ。
何を驚いている!
当時高校生だった私が50歳になろうとしているのだから、
そりゃ、ポルナレフが60歳を越えても不思議はなかろう。
そのポルナレフが、今年の3月から34年ぶりに
祖国フランスでコンサートを行なっていて、
どの会場でも大盛況、凱旋ツアーは8月まで続くのだそうだ。
62歳にして、今も変わらぬあのファルセットで「愛の休日」を歌っているのだろうか。
あ〜、時間があるならば行ってみたい、観てみたい。
62歳の現役ステージは、きっと私に巨大なエネルギーとパワーをくれることだろう。
願わくば、日本ツアーを! 
あれほど日本でも多くのファンをつかんだポルナレフなのだから、
きっと、日本でも大勢の人で埋まるはず。
あ〜、だけど私ってば、日本にいないんじゃないの。
え〜ん、悲しいーーー!!!
…って、まだ日本ツアーがあるって決まったわけじゃないのに。
ううー、無性にポルナレフの歌が聴きたくなった!!
今晩帰宅したらCD聴こうっと。

【おまけ】
ポルナレフファンだけがわかる My
Favorite Polnareff Song


第1位:ラース家の舞踏会
第2位:愛の願い
第3位:ロミオとジュリエットのように
第4位:真夜中の出来事
第5位:忘れじのグローリア
第6位:渚の想い出
第7位:ギリシャにいるジョルジナへ
第8位:哀しみの終わるとき
第9位:君の幸福と僕の悔恨
第10位:悲しきマリー/バラ色の心/愛のコレクション/愛の物語

2007年7月2日(月)
上半期の成果
ありゃりゃ、もう7月。
いったい何をして7月になったの? …って感じ。
本当に早いですね、一年って。


今年の初めから、毎日ビタミンCドリンクか野菜ジュースを飲んでいる。
5月には毎朝1時間のフィットネスクラブでの運動を再開、日曜日には泳ぎに行っている。
6月ぐらいから、これまであまり手の出なかった果物を食べるようになった。
そして2週間前から自宅の食事から肉・魚を排除した。
また、これは秘密だが(どこが?)、
週1回、韓国系のサロンでスリミングマッサージをしてもらっている。

うれしいことに、
成果が出てきているのかもしれないというような気になっている私であると思われる。
(↑かなり婉曲)
体重も大台を切って(どこの大台だーっ)、安定してきた。
それに、ここのところ友人たちに「肌がつやつやしてきたんじゃない〜」と言われる。
やはり、怠けずに手をかけてやれば、身体って応えてくれるんだなぁ。


写真は昨日行なわれたインドネシア語技能検定試験の様子。



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