Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成20年

ー2月ー

2008年2月29日(金)
身支度

朝の身支度が嫌いである。
顔を洗ったり歯を磨いたりではない。
嫌いなのは服選びである。
ろくでもない服を数ばかりたくさん持っているので、
何と何を合わせればいいのか、悩み始めると果てしなく悩むのだ。
しかも少なくとも1週間は同じ服装にするべきではない―という変な思い込みも手伝って、
気がついたら10分以上も着ては脱ぎ着ては脱ぎしていることもしばしばある。

で、具体案を考えた。
レストランのメニューのように、
手持ちの服の組み合わせ例を写真に撮って一覧にしておく、という方法である。
だが、それを思いついて写真を撮り始めたのは1月半ば。
すでに面倒になって5,6タイプ撮ったところですでに投げ出している私。
これはすなわち、意識と努力が足りないのは私ということか。

2008年2月28日(木)
具体案

同じ間違いが繰り返されるときには、具体的な解決法が必要だ。
意識と努力が、すでに期待できなくなっているからである。
しかし具体的な方法を採用したときの反応や影響を考えると、二の足を踏んでしまう。

でも、あきらめるな、考え続ける強さを持て! 
そして、あせるな、まだまだ考える余地はあるはず!
(↑自分に言いきかせています)
力丸、百人斬り。

2008年2月27日(水)
3A

あせらず、
あきれず、
あきらめず。

スタッフの指導時において大切だと考えた言葉。

だが最近、仕事に不具合の続くスタッフの状態に、
毎日あせり、あきれて、あきらめてかけている私。

でもひょっとしたら、
スタッフの指導ができなくなっている自分自身に、
あせり、あきれて、あきらめてかけているのかもしれない。

2008年2月26日(火)
一日の終わりに

今日は気ぜわしい1日だった。
ひとつの事柄に集中している忙しさはまだいい。
だが、同時にいくつものことに対処していかなければならない忙しさは、
時にめまいすら感じる。
とりあえず今日は終わろうとしている。
帰ったら仕事のことは何も考えずに眠ろう。

2008年2月25日(月)
引継ぎの風景

5年半勤めてくれたクリスティが本日退社。
数ヶ月単位で会社を辞めては
経験を積むためと言ってのける若者が多いインドネシアでは、
この勤務年数は評価に値する。
クリスティ、厳しいことも多々言ったけど、よく頑張ってくれたね。
本当にありがとう。
幸せな家庭を築いてください。

そして本日より事務部の新スタッフのトレーニング開始。
にぎやかな人、無口な人、
率先して動く人、遠慮がちな人、
気のきく人、きかない人、
初日からすでに見えてくるそれぞれの性格。
みんなこの3ヶ月でどれだけのものを見せてくれるのだろうか。

写真は先輩クリスティのトレーニングを受ける新スタッフたち。
ジャカルタ タナカルト ウィークリー

2008年2月22日(金)
気弱

昨日気弱なことを書いたが、今日も朝からがっくりすることがあった。
同じことを3回言っても直らない場合は、1万回言ってもだめなような気がする。
覚えているだけでもすでに5回は注意した。
1万回注意する気力は私にはない。

今日は新スタッフの採用試験と面接。
何を見て、何に気をつけて、人を判断すればいいのか。
私の気弱は続く。

2008年2月21日(木)
人材

毎日楽しそうに、充実感に満ちた様子で仕事をするスタッフと、
毎日つまらなさそうに、ただ仕事をこなしているだけのスタッフがいるのは、
どうしてなのか。
その根本にある違いは何なのだろうか。

日本人の先生に訊いたら、
「頼られているという自覚の違いでしょうか」

優れたスタッフを求めて10年。
だが、最初から思ったとおりの人間などいない。
みんな二人といない人材なのに、育てあげられない私の責任は重い。

2008年2月20日(水)
Oさんのこと

世界の異なる友人を持つことは楽しい。
今日日本に帰った友人のOさん。
青年向け小説の作家で、漫画もアニメもかなり詳しい。
それゆえか、見た目も立ち居振る舞いもとても40代には思えない。
そしてまたOさんは、歩く百科事典でもある。
いろいろなジャンルのさまざまなことをよく知ってる、知ってる。
「本を書くための資料集めで雑学が増えるんですよー」と言うが、
なんのなんの、雑学なんかではないものがいっぱい。
一家に一冊「現代用語の基礎知識」ではなく、
一校に一人、Oさんがほしい。
力丸、百人斬り。

2008年2月19日(火)
給食

東京から来ている友人と、給食の話をして盛り上がった。
彼女は小学校のときのパンが大きすぎて、
それを平らげるのにひどくつらい思いをしたという。

私の思い出はというと、
「ミルクスープ」という、非常にまずいメニューがあったこと。
牛乳に塩とコンソメをドバーと入れただけという味で、みんながみんな残していた。
毎回、教室に運ばれた大なべは、
そのまま生徒が飲まなかったスープに満たされて調理室に戻っていった。
どのクラスでも人気がないのに、定番メニューとしてよく出されていたということは、
栄養上優れたメニューだったのだろうか。

給食メニューでほかに覚えているのは「スパゲティ」。
スパゲティというものがまだまだ珍しかった時代、みんな大喜びだった。
メニューに加わったのが6年生の途中だったので、
ほんのしばらくしか食せなかったのが悔しかったのを覚えている。


2008年2月18日(月)
挑戦

JCCにはいろいろなインドネシア人の学生がいる。
会社員、大学生、主婦、
ビジネスマン…
そんな大多数のかたがたのほかに、これまでの10年間で
俳優、タレント、司会者、プロのスポーツマンなど、著名人もたくさん通ってくれた。

右の写真は、インドネシアの人気グループ「ten2five」の最新アルバム。
このグループのボーカル、イメルさんはJCCの受講生だ。
20代の明朗快活な女性で、しかも歌は実力派。
英語の歌もさらりと歌いこなす。

そのイメルさんの最新アルバムに、「永遠の愛」という歌が収められている。
インドネシア語のタイトルはなく、表記は「Eien no Ai」である。
この歌は、何度かこの日誌でも触れたが、
JCCの田中先生が作詞をお手伝いしている。
そんなこともあってか、イメルさんはJCCに人一倍親しみを感じてくれている。
「先生、いつかJCCとなにかしたいです!!」
幾度も発せられるイメルさんのこの言葉に、
JCC主催のライブコンサートやJCCのイメージソング作りなど、
考えるだけで楽しくなる。

日本語の歌に挑戦したイメルさんや、
初めて作詞に挑戦した田中先生のように、
JCCも、これからさまざまな新しいことに挑戦していきたいと思う。

2008年2月15日(金)
「One Stop Info JCC」

JCCの近くにパサールサンタという市場がある。
迷路のような薄暗いトラディショナルな市場だったが、
建て直して地下1階地上3階建ての近代的な複合商店ビルになった。
その1階に1ユニットを借り、
JCCインフォメーションコーナーをオープンした。
事務部のメンバーが考え出してくれた名前は、

「One Stop Info JCC」
うん、いいじゃん、かっこいい。

無人だが、通りに面しているのでけっこう目立つ。
たくさんのインドネシア人の方がここを見て、
JCCの存在を知ってくれることを願う。



2008年2月14日(木)
Peaceful Valentine

10年以上も前になる。
断食明け大祭の休暇に、教え子に誘われて、スカブミという町へ行った。
そこは教え子の故郷で、本家には日本の盆正月と同じように親戚中が集まっていた。
食事の前にみんながこぞって出かけるのについていったら、お墓参りだった。

埋葬であるインドネシアのお墓は、
色とりどりのタイルで作られているものが多く、
そのうえ、お参りの折に花びらを散らすのでカラフルだ。
そして初めて歩く墓地の中で、こう刻まれた墓石を見つけた。

Peaceful Valentine
14 February 19xx


たぶんその年のバレンタインデーに亡くなった方のものだろう。
亡くなったのは奥さんだろうか、ご主人だろうか。
やすらかな眠りへの祈りが、その短い言葉に凝縮されていて胸を打たれた。
そしてそれ以来、バレンタインデーのたびに、
そのお墓のその言葉を思い出していた。

2002年2月14日。
この日は、皮肉なことに私にとってのPeaceful Valentineとなった。
大切な大切な人を亡くした。
今年は7回忌。
この世のどこを探しても、もうその人には会えないが、
いつかその人の元に行ったときには、
がんばった私をほめてくれるだろうか。


2008年2月13日(水)
1年前の写真

机の上を片付けていたら、

ちょうど1年前に友人から送ってもらった写真が。

一昨年の暮れからお正月にかけて、

故郷の広島で
いろいろなテレビ局やラジオ局に出演させていただいたのだが、

その中のひとつ、映画評論家の花本マサミさんの対談番組、
「花本マサミのざっくばらん」の収録時のショットである。

あれからもう1年以上たったのかと思うと感慨深い。


それにしても、どうしてしまわずにここに置いたままにしたんだろう。

きっと、日誌に載せようと思って機を逃し、
そのままになってしまったんだな。

広島の大切な友人、村上君、いつもありがとう。


2008年2月12日(火)
番号札

インドネシアのスーパーでは、購入品と間違えないように、

もしくは品物を手持ちの袋やかばんに入れてしまわないように、

手荷物預かりコーナーがある。

大都市ジャカルタではさすがに減ってきたが、

地方ではまだまだこのシステムが残っている。

買い物前に番号札をもらって荷物を預け、買い物後、レジでお金を払ってから、

番号札と引き換えに荷物を受け取るのだ。

規則なので、預けないというわけにはいかない。強制である。

だが、わさわさと買い物をした後に、

預けたものを忘れてしまいそうになることがしょっちゅうある。

それでも、これまではセーフだったが、

インドネシア滞在15年目にしてついにやってしまった。

日曜日に、小1時間かかるショッピングセンターに出かけて、

そこに入っているスーパーで買い物をし、

帰宅して着替える段になって、
ジーンズのポケットの中の物体の存在に気づく

「あ!」

番号札であった。

その瞬間、私は、

ショッピングセンターでパンツを2本買ったことを思い出した。

しかし持って帰った荷物の中にはそれがない。

それが、あのスーパーの荷物棚にあることは、この番号札が如実に語っている。


というわけで、今朝は小1時間かけて、預けた荷物を取りに行った。

このシステムがインドネシア全土から消えることを切に願う。

本語教師七転八倒物語
力丸、百人斬り。


2008年2月11日(月)
部活

東京に住む友人の勤めている会社には、

通称「部活」という福利厚生制度があるという。

芸能やスポーツや旅行や、

そんなものを社員で楽しんで見聞を広める手助けをするというものだ。

今年、JCCでもこの制度を採用することにした。

そんな大げさなものではないが、

娯楽の類が限られていて、文化芸能に触れるチャンスがあまりないインドネシアで、

せっかく開かれる文化鑑賞会にも、入場料をまえにひるんでいるスタッフを見、

こんなことでは教育機関のスタッフとして恥ずかしいと思ったのがきっかけである。

余計なお世話かもしれないが、

JCCのスタッフに、もっともっと世界を広げてもらいたい。


その部活第1回が昨日実施された。

行ったのは、ジャカルタ芸術劇場で行われた国際交流基金主催の「歌舞伎」。

ひとり5万ルピアなので、10人行っても50万ルピア。

みんなの経験値を上げるためと思えば、やすい、やすい。
ジャカルタ タナカルト ウィークリー





2008年2月7日(木)
友人来ジャカルタ

今日は、Chinese Year で学校はお休み。
でも私は家の掃除で忙しい。
なぜなら、毎年のように遊びに来てくれる友人が、
ご主人とお友達とで今晩のJALで到着するのだ。

お掃除も、友人を迎える準備だと思えば、ちっとも大変じゃない。
むしろうきうき気分で片付いていく。


外国で暮らす人間にとって、
日本からの来客は、いつだって嬉し楽しの大イベント。
さぁ、何を食べに行こうか〜〜〜♪





2008年2月6日(水)
日本料理クラス

今日、ひさしぶりに日本料理クラスが開講した。

お問い合わせはたくさんいただくのだが、

担当していただける講師がうまく見つからず、しばらく開講できずにいた。

そのことを、日本料理体験ツアーでご協力いただいている

「五右衛門」レストランの料理長にお話したら、

当の「五右衛門」レストランから、プロの調理師の方が来てくださることになった。

そして開講したクラスは、インドネシア人、日本人、イタリア人という、

国籍乱れるにぎやかな面々。
写真を撮りながら、私も習おうかなぁ…と思ったりした。

ちなみに、本日のメニューは
すき焼き、きゅうりの酢の物、お味噌汁。





2008年2月5日(火)
引越し

2週分の週末を使って、ついに完全引越しした。

昔住んでいた家はがらんどうとなった。

引越し好きな私が、この家には10年間お世話になった。

これまでの最長記録の東京中野のマンションの7年を抜いていきなり記録更新。

別れるのはとてもとてもさびしい。

家族や友人たちが今まで何人来てくれたことか。
ここに越した当初、昔の下宿が懐かしくて時折見に行っていたように、
これからは、この家を見に来たくなるのだろうか。


2008年2月4日(月)
リーダーは、太陽であれ

先日、NHKの「プロフェッショナル」という番組に出ていた、

プラント建設の現場所長の方の言葉、

「リーダーは、太陽であれ」。

どきんとした。

がんときた。

しみじみ感じ入った。 


そうでありたいと強く願う自分は、けして今現在そうでない。

信号機のように、味気なく顔色を変えながら、

みんなをせき立てたり急停車させたり、

イライラさせたりカリカリさせたりばかりいる。

いつも変わらぬ笑顔のもと、

みんなにやる気をさんさんと降り注いであげられる人間になりたい。

力丸、百人斬り。
ジャカルタ タナカルト ウィークリー


2008年2月1日(金)
雨季本番

JICAのインドネシア語能力試験会話テストのために、12時にJCCを出る。

が、朝から降り続いている雨季特有の強烈な雨で、

ジャカルタの街はどこもかしこもバンジール(冠水)で大渋滞。

いつもなら20分で着くタムリン通りのJICAの入っているビルまで

なんと2時間30分もかかってしまった。

遅れてすみませんと言いながら入った27階の会議室からは、

タムリン通りの冠水の様子がばっちり。
写真は、けして2本の川ではなく、ジャカルタの主要幹線道路。

小さくて見えないが、ゴムボートまで出ている。

それにしても、2時間もゆとりを持って学校を出てもなお、
30分の遅刻につながってしまうジャカルタのバンジール。
雨季が明けるまで、油断大敵である。


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