Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成20年

ー7月ー

2008年7月23日(水)
昨日のつづき
ボケる人、ボケない人―、昨晩開いたページには、
1時間の間に同じことを何度も訊くようになったら要注意! とあった。

まずい、私ったら充分要注意じゃん…
スタッフの話をうわの空で聞いていることも結構あるから、それが原因でもあるんだろうけど。
さて、今晩開くページには…???

2008年7月22日(火)
ボケる人、ボケない人
毎晩、寝る前に本を読む。
寝つきのいい私は、たいてい3,4ページもめくれば眠りに落ちていく。

さて、一昨晩のこと。
読んでいた浅田次郎の本が前の日に終わってしまったので、
今晩から何を読もうかと本棚を見ると、読みたいものが何もない。
ほんの数ページで寝てはしまうのだが、なければないで眠れない。
うーむうーむとうなりながら、やっと手にしたのは、
「ここまでわかった! ボケる人、ボケない人」
まったく、こんな本を読むようになっちゃ私もおしまいだね…と自嘲的に読み始めたのだが、
あろうことか、ぐんぐん引き込まれて2日間ですでに半分読んでしまった。
「教師はボケ順位2位」と見ては愕然とし、
「仕切りやや祭りやはボケない」と見ては驚喜し、
「趣味を持たない人はボケやすい」と見ては反省し、
「前向きに貪欲に生きようとする人はボケない」と見ては安堵し、
心穏やかに眠る時間なのに、忙しいったらありゃしない。

でも、いろいろ知っておくことは大切だろう。
ただ、「ボケたらどうしよう」と案ずるのはご法度らしい。
「ボケたらボケたでどうにかなるさ」が肝心なんだそうな。
今晩開くページには何が書いてあることやら。

2008年7月21日(月)
キムチの力
言っておくがタイトルは、「きむちのか」ではなく、「きむちのちから」である。

最近、ちと元気が足りないな、ちょっと充電しないと…と思うと、
昼食に韓国料理、というよりキムチを食べに行く。
近くにある韓国系サロンに併設されている食堂が、
ビビンバやトッポギを安くおいしく食べさせてくれるのだが、
そこでは一皿頼むと、4種類のキムチがついてくるのだ。
それをばばばっと食べてしゃきっとして午後の仕事に臨む。
これはもう、効果絶大。
たぶん周囲には多大な迷惑をかけているのだろうが、
この際、「インドネシア人はにんにくの匂いを気にしない」という説を信じて、
この処方をしばらく続けていくことにする。

2008年7月18日(金)
インドネシア語技能検定試験
今週初めの13日(日)は、第33回インドネシア語技能検定試験だった。
今回から試験の回数表示が、通し番号となり、
インドネシア語技能検定の歴史が実感できるようになった。

JCCがインドネシアで唯一の試験会場となってすでに5年。
今回で延べ1000人以上の方が、受験されたことになる。
特に今回は147名というたくさんの方が受験された。

16日にも書いたが、わかりあうことなく、愛せるはずがない。
わかりあうためにはまず言葉。
その一端を担っていることが、JCCの誇りである。

2008年7月17日(木)
インターネット注文
今日は広島に住む姉の誕生日。
初めてインターネットで花を贈った。
ジャカルタのパソコンに向かって何がしのデータを入れ、
クレジットカードで決済すれば、
2日後には日本の姉の家に花が届くのである。

まったく便利な世の中になったものだ。
ものすごく年寄りくさい表現だが、実にそう思う。
ほぼすべての分野において、最先端のものには抵抗を感じる私だが、
外国に住んでいる者には、このありがたさが身にしみる。

2008年7月16日(水)
Jika tidak kenal maka tidak sayang
JCC新聞「あぱかば〜る?」が大変なことになっている。
大変といっても、「うれしい悲鳴」。
なんと昨年まで400部とか500部ぐらいだった部数が、
今年、ページ数が増え、カラー印刷になり、設置協力店が増えていくうちに、
ここもあそこも追加追加で部数が足らなくなり、
ついに来月には2000部になりそうな勢いなのだ。

部数が増えている理由は、前述のようにいろいろなことが考えられるが、
以前はJCCの話題ばかりをまとめていたが、
最近は公の場にも設置していることもあり、
さまざまな記事を載せていることも大きいと思われる。
その中のひとつ、「ジャカルタにこの人あり」
ジャカルタ在住の著名なインドネシア人・日本人の方のインタビューである。

今日そのインタビュー取材に行ってきた。
石居日出雄さん。
インドネシアが独立を果たした直後にここに赴き、50年を過ごされた方だ。
ジャカルタジャパンクラブ個人部会顧問、
各新聞社の歴代支局長に愛された伝説の店「蘭」のオーナー、
2001年には、その数多くの偉業を称えられ、
外務大臣表彰を受章されている。

その石居さんが
ここインドネシアで暮らす皆さんへの一言として教えてくださったのが、
Jika tidak kenal maka tidak sayangという言葉。
日本語で言うと、「知り合わずして、どうして愛することができよう」
そう、仲良しも、交流も、友好も、わかりあうことが大切。

日イ2カ国語対応「あぱかば〜る?」は、
日本とインドネシアの相互理解に役立ちたいと考えている。













2008年7月15日(火)
七夕パーティー
6月19日から所用でヨーロッパへ行き、7月6日に戻ってきた。
翌7日の月曜日から、二つの学校行事の準備。
そのひとつは11日の七夕パーティー。
受講生が着実に増えているからか、
学校新聞「あぱかば〜る?」が広範囲にわたって配布されているからか、
会場のJCC1のロビーは満員のお客様。
しかも日本人のお子さんたちの多くが浴衣やはっぴ姿なので、
インドネシア人の方々の喜びようといったら…。
「こんなパーティーをたびたびやってくださいね」の声にスタッフの顔もほころぶ。

本語教師七転八倒物語


2008年7月14日(月)
一ヶ月のご無沙汰です
6月の中旬ごろ、せわしなさに追われて書けなくなり、
そうこうするうちに、2週間ほど海外に行く用事ができ、
7月初めに戻ってからは学校行事が立て続き、
気がついたら1ヶ月たってしまっていた。

そして本日午後、
よーし、今日こそは日誌を更新するぞと思って
パソコンに向かったとき、
「え〜と、どうするんだっけ?」
あやうくホームページの更新の仕方を忘れてしまうところだった。

7月11日には七夕パーティー、13日にはインドネシア語技能検定試験が行なわれ、
どちらも近年では最多の参加者で熱気むんむんであった。
最近、忙しさの続く毎日に耐えられる自分が自慢である。
健康とか元気だけではなく、
タフでありたいと思うこのごろ。
昔、「美しい 50 歳が増えると、日本は変わると思う」というお気に入りの広告があったが、
今はむしろ、「タフな50代が増えると、日本は変わると思う」。
力丸、百人斬り。
ジャカルタ タナカルト ウィークリー

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