Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成22年


ー9月ー

2010年9月24日(金)
いってきます!

ダルマプルサダ大学で行うSing Out Asiaのライブコンサートが迫ってきた。
昨晩、代表の波多野さんがお見えになり、本日最後のミーティングを大学で行った。
まだまだ準備をしなければならないことがあるが、とりあえず明日から5日間、バリへ行ってきます!
ではではまたまたしばらくのお休みということで!


2010年9月23日(木)
ジャカルタの渋滞再開

昨日までそうでもなかったのに、今日あたりからジャカルタの渋滞が再開した模様。
JCCは今週末から出かけるスタッフバリツアーで、だれもかれもバタバタと忙しい。


2010年9月22日(水)
チケットとポスターのデザイン

こらからたくさんのイベントのために今日のミーティングはそれぞれの仕事を。
私は浦島太郎のチケットとポスターの総仕上げ。
デザインは楽しいが、細かなチェックを重ねる頭の痛くなる作業でもある。


2010年9月21日(火)
生年月日&曜日

学生たちと生まれた日が何曜日だったかという話になった。
みんな親御さんから聞いて知っている。
へぇぇ〜〜、日本ではあまり気にしないことだよね…と思いつつ、
ならば私はと思って携帯電話のカレンダーで検索(?)。
1957年の9月3日は火曜日だった。
一瞬のうちに大昔に戻ったようで、なんだか不思議な気分。、


2010年9月20日(月)
自転車操業

いかんいかん、日誌が追いつかない。
10月に入れば不規則になってくるのは目に見えているのに、今からこんなことでは…。
でも〜〜〜、とりあえず今日はこんな愚痴でご勘弁を!


2010年9月17日(金)
ジャカルタの渋滞

ジャカルタといえば渋滞、渋滞といえばジャカルタと言われているのに、
レバラン休暇中およびその前後は本当に道路がすく。
いつも40分かかる家からJCCまでがほんの15分である。
だがそれも本日まで。
来週月曜日からは、またいつもの渋滞が始まる。
それはいつもの日常が始まることを示している。
だが私の場合、これからの1ヶ月半は違った意味で非日常となる。
がんばれ、みんな! がんばれ、私!!


2010年9月16日(木)
マッサージ

なじみのマッサージサロンに行った。
いつもの担当のマッサージスタッフに、
「めちゃくちゃこってるね〜。休暇、休まなかったの」と訊かれた。
「はい、たぶんこれからここに通う時間もなくなってくると思うよ〜」
と答えようとしたが、気がついたらぐっすり眠っていた。
マッサージしてもらいながら眠ってしまうのは、本当に気持ちがいいけど、実に悔しい。


2010年9月15日(水)
レバラン休暇終了宣言

4日間家から一歩も出なかったレバラン休暇。
だが、しなければいけない仕事がものすごくはかどった。
充実の休暇が明け、さぁ、正念場となる1ヶ月半がスタート!!


2010年9月7日(火)
レバラン休暇宣言

明日からJCCは1週間の休みに入る。

というより、インドネシアのほとんどの会社や学校がお休みになる。

そう、今年もレバラン(断食明け大祭)がもうすぐそこまで迫ってきているのだ。

日本で言うところの年末休暇なので、いつもならバリに行ってのんびりするのだが、

en塾の本公演まで2ヶ月を切った今、やらなければならないことが山積。

それをする時間として、この休暇を充てることにした。

よって7日間の休暇中、3日間はen塾の運営委員とJCCで仕事をする。

そんなわけで日誌も15日までお休み。

写真は昨日買ったバラの花。
部屋にいる時ぐらいは、これを見ながら心静かに過ごそう。


2010年9月6日(月)
誕生日―3

JCCで一時期、バースディ・サプライズが流行ったことがあった。

授業が終わった教師を教室のドアの前で待ち伏せしてトンネルをくぐらせたり、

出張中のスタッフにフリーハンド電話で、スタッフ全員で歌を歌って聞かせたり、

副校長のデシに至っては、

JCCからバスで1時間半かかる彼女の家に朝7時にスタッフ7,8人で押しかけ、

朝食をとる彼女を背後から襲うという大技までやった。 

さて、今、en塾の運営委員の間でバースディ・サプライズがにぎやかだ。

メンバーが15人いるわけだから、

単純に平均しても1ヶ月1回以上、誰かの誕生日がやって来る。 

先週の金曜日、私も予感がなかったわけではない。

3日の夜中の0時をまわってすぐに携帯メールが続々と入ってきたり、

学校で会って、「先生、お誕生日おめでとうございます!」と、おのおので言われることで、

さすがにこの年齢の人間にサプライズはふさわしくないと判断されているのねと、

すっかり油断した終業後。

誕生日の人間がごちそうするというインドネシアの習慣に倣って、

スタッフみんなをピザハットに誘った。

En塾の運営委員も4人ほどいたので声をかけると、

用事があるとかレバラン前なので早く帰って家の手伝いをしなきゃいけないとかで、

みんな「スミマセン…」。

確かに夕方決めたことなので、突然の参加は難しいかもしれないが、

それにしても、いつもだったら遠慮のかけらもなく「やたっっっ!」と喜ぶen塾のメンバーたちなのに、

私の誕生日に限ってちょっと寂しいじゃないのさ…。

だが、見ればJCCのスタッフたちが、にこにこ笑ってすでにJCC車に満席で座っている。

そうそう、私には、JCCを支えているこのスタッフたちがいるのよ、と、

気を取り直して車に乗り込み助手席に座る。

「ピザハットね、いつもの」と運転手のサムちゃんに行き先を告げると、

ガソリンがなくなりそうだから、まずガソリンスタンドに寄ると言う。

予約してあるから急いでね! と言いそうになったが、

まあ誕生日ぐらいは楽しく過ごそう…と小言はとりやめた。

そして5分ほどしていつも使っているガソリンスタンドに到着。

だが、サムちゃんはガソリンを入れるところに並ばずに、

オイル交換の場所に車を止め車から出た。


…ガソリンを入れるだけじゃなかったの…オイル交換もだったら時間がかかるかも…
…予約の時間に遅れるかも知らないから、ピザハットに連絡したほうがいいかも…
…それにしてもサムちゃん帰ってこないな…


と、フロントガラスをぼんやり眺めながらいろいろ考えていると、

帽子をかぶった女の子がそのガラスを拭き始めた。


…ん? インドネシアのガソリンスタンドでは珍しいじゃん…

…それにしてもサムちゃん遅いね…

…あらま、この子まだ拭いてる、こんなまじめな仕事ぶりを見るのは珍しいね、ここでは…

…サムちゃん、遅れちゃうよ、どこへ行っちゃったんだろう…

…また戻ってきたこの子。アルバイトなのかね…

…あれ、この子、en塾のグロリアに似てる、…というか、そっくりじゃん! 
…えーーー、まさか、なに、もしかしてグロリア! なんでグロリアがガソリンスタンドでアルバイトしてるの?? 
…でもって、なんで偶然にもJCCの車のガラスを拭いているの!! 

「なになにこれ〜〜〜!!! どどっどーしてーーー!!!!」

やっと発した私の声で、車の中のJCCスタッフたちは笑い出した。

車の周りをぐるりと見ると、警備員に扮装したアレックス、新聞売りになりきっているファミ、

誕生日おめでとうプレートを掲げているハリオ、ケーキをうれしそうに差し出しているキラナ、

荷物持ちとして全員の荷物を抱きかかえているアナ、…等々、

車は10人近いen塾の運営委員にすっかり囲まれていた。

どうやらJCCのスタッフたちも全員知っていたらしい。 

サプライズは大成功を収めた。

劇団en塾は、その名に恥じない見事な演出と演技、そしてチームワークを見せてくれた。

そしてそのサプライズのあとにおよそ25名で行ったピザハットでの食事は、

閉店まで30分という時間の中で、お祝いの食事会などという様相はかけらもなく、

ひたすら食べることに専念したということは言うまでもない。


2010年9月4日(土)
誕生日―2

誕生日を迎えた深夜、思い立って昔の日記を本箱から取り出した。

私は小学5年ぐらいから24歳ぐらいまで実にまじめに日記をつけていた。

今改めて計算してみると、なんと13年。


書き始めたきっかけははっきり覚えていないが、

最初の日記には大好きだった男の子のことを毎日のように書いている。

中学生のときには高校入試の悶々とした私が見える。

高校時代の日記は、フレンチ・ポップスのスーパースター、ミッシェル・ポルナレフと

漫画家・萩尾望都さんの作品に触発されて夢見た、
ヨーロッパの世界への憧れが日記全体を覆っている。

その後上京して送った学生生活では、

部活のいろいろな出来事や、片思いの先輩のことやらが綴られている。

将来の希望や、哲学的なことなどは私の日記の中にはあまり出てこないようであった。

その数、7〜8冊。


その中に、特にお気に入り…と言っては変だが、今の私の基盤になっている1冊があり、

それだけはここジャカルタに持ってきている。

このころの出来事は山あり谷ありなので、何度読んでも飽きない。


その日記を誕生日の深夜ひさしぶりに開いてみた。

しばらくしてその日記の9月3日にたどり着いた。

「23歳になった!」と、23歳の私が叫んでいた。

この日記は年号が書かれていないので、いつの日記なのか、これまで気にもしなかったが、

ちょうど30年前の日記ということになる。

アナウンサーになるという夢が叶って故郷にUターンした私が、

自分の限界にうんざりしていたころである。

23歳の誕生日前日には、「これ以上、駄目な人間になりたくない」と書いてある。

そして23歳の誕生日翌日には、

「夢はいっぱいあるけど、全部かなえるにはたいへんな努力がいるのです」としたり顔で語っている。


今の私から、30年前の私になにか伝えるとしたら、

「そのままでいいから、迷わず進んでおいで」


2010年9月3日(金)
誕生日―1

誕生日である。

誰のって、私のである。


写真は、今から6,7年前に買った体脂肪測定体重計。

体脂肪を計るには、身長と年齢を登録しなければならない。

当然、本日より年齢の数字一つ増えた。

毎日にらんでは、こんな年になってしまったとか、

こんな体重になってしまったとか、
もれなく嘆息がついてくるこの測定器。


だがしかし、何かと忘れっぽくなっていく年代を前に、

自分の年齢を覚えておくためには便利な機械かもしれない。

それにしても、この数字。
実感わかないなぁ。


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