Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成23年


ー3月ー

2011年3月30日(水)
日本
これを仕上げるためにこの1週間、日誌を更新できなかった。
ぜひぜひぜひ、下のタイトルをクリックしてご覧ください。

劇団en塾オリジナル曲

桜よ 
〜大好きな日本へ〜

2011年3月23日(水)
日本
今朝、NHKをつけていたテレビから懐かしいざわめき音が。
選抜高校野球の開幕だ。
たしか地震の影響で開催が危ぶまれたいきさつがあったはず。
でも、いいよね、このすがすがしい姿。
ただ一つの目的に向かって戦うその姿。
そして、選手たちのうれしそうな顔、悔しそうな顔。
これらが被災者の方々を元気にしないわけがない。
がんばれ球児たち、自分のために、いろんな人たちのために、がんばれ!!

2011年3月22日(火)
日本
今月初めから、en塾のメンバーたちと桜の歌を作っている。
桜の写真を探すためにインターネットで「桜」という文字で検索したら、
今年は大震災の影響で花見自粛の傾向にあるという。
イベント自粛はまだわかるけど、お花見まで…。
もちろん電気を使う夜桜や、
お酒で酔っぱらったりカラオケで騒いだりは不謹慎だとは思うが、
今年もみんなで桜を見てなごむ、
その楽しみを奪うことを被災地の人はそんなに望んでいるだろうか。
被災した人も、桜、見たいんじゃないかな。
いつもと変わらず咲き誇る桜を見て、涙するかもしれないけど、
やっぱり見たいんじゃないかな。

だけど、人々のそんな心遣いや心配や、そんなことに関係なく
桜は今年も変わらず、みんなに微笑みかけるんだろうなぁ。
そして鮮やかに咲き誇って、散っていくんだろうなぁ。

2011年3月21日(月)
日本
今朝、スイスに住んでいる友人からメールが来た。
今年の春、久しぶりに息子と日本へ帰る予定だったのだが、中止したという。
Sing Out Asiaからご招待いただいている3人の学生たちの来日も危ぶまれてきた。
だけど、外国人が日本に行かない=日本を身捨てたわけではない。
ジャカルタでは街頭募金やチャリティーコンサートなどが続々行われている。

友人のメールには最後にこうあった。
「日本人の忍耐強さ、秩序、つくづくヨーロッパ人にはないだろうと 誇っています」
がんばれ、日本! がんばれ!!

2011年3月18日(金)
日本
「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。
今回は国連が全力で日本を援助する」との国連のコメントに、涙した。
日本という母国が愛しくて泣いたのは初めてだ。
大震災から1週間、何ができるかを考え悩むより、とにかく何かをしていくことにした。

先週の土曜日にはen塾の練習の前に、みんなで黙祷。
今日からはJCCで義援金募金開始。
インドネシア人の受講生の方からもたくさんのご協力をいただく。
がんばれ、日本! 今、世界中が日本にエールを送っている。

2011年3月17日(木)
日本
毎晩アパートに戻ってNHKをつけるたびに、亡くなった方の数字が1000人ずつ増えていく。
なのにこちらでは、被災の苦しみ・大変さは一万分の一も実感することはできない。
それどころか、毎日いつもどおり仕事へ行って疲れたとぼやき、飽きるほど食べ、
シャワーのお湯がぬるいと文句を言い、そしてスタッフや学生たちと笑って過ごしている。
その罪悪感を、今朝東京から電話してくれた友人に話したら、「だからこそ」と言われた。
日本の半分と世界中の人々はちゃんと普通の生活を行なっている。
だからこそ、またあの生活に戻ることができる、
平常な毎日が待っていると信じることができるのよ、と言ってくれた。
東京も、店から物がなくなり、計画停電で店という店がシャッターを閉め、異様な雰囲気なのだという。
でも、戻る場所、目指す目標があればこそ、頑張っていけるのだと。
無責任な言葉だと嫌う人もいるが、やっぱり、この言葉しかない。

がんばれ、日本! 私の国、日本。

2011年3月16日(水)
日本
日本では東日本大震災に配慮しイベントが次々と中止されている。
JCCでも今年6月に予定していた、
東京インターカルト日本語学校との共催イベント「タマンミニ東京」を中止することを決定。
インターカルト日本語学校の加藤先生から連絡をいただいたときには、すんなりと了解できた。
タマンミニ東京はいつでもできる。
だが、日本を元気にするのは今でなければならない。
インターカルト日本語学校をはじめとする日本の日本語学校関係者の皆さん、
混乱する外国人学生たちのフォローに大変だと思いますが、どうぞ頑張ってください。

2011年3月15日(火)
日本
東京にいる友人からのメール。
「弱っている日本をこんなにいじめないでよ…の感じがする」
ぐっときた。
確かに近年、日本は精彩を欠いている印象が強い。
そんな中、追い打ちをかけるようなこの大災害。
「日本」という二文字が、こんなに小さく、か弱く、頼りげなく見えるなんて。

2011年3月14日(月)
訃報
金曜日の夜、NHKで日本の大地震の惨状を目の当たりにして、
人の命が、作り上げたものがいとも簡単になくなってしまう無常を痛感した翌朝、
地震とはまったく関係のないところで、訃報が届いた。
ジャカルタ祭りの会の仕切り役をされていたMさん。
ジャカルタの文化交流に大いに貢献された大きな方だった。
代わる方はいないと思うが、その精神は引き継がれていくであろう。
いや、引き継いでいかなければならないと思う。
今日、笑える喜び、歌える喜び、生きる喜びを、何かの形に残していきたい。

私ができる形で、できうる限りの力で、心を込めて。


2011年3月11日(金)
日本人
午後のミーティングの折に、日本で大きな地震があったという知らせが入る。
JCCではNHKを観ることができないのでインターネットでニュースを探すが、詳しくはわからない。
夕方になって東京のインターカルト日本語学校から、「こちら無事です」との知らせをいただく。
本来ならばこちらからすべきなのにと、反省。
そのあとは、日本の友人にメールを送ったり、
ジャカルタの学生や知り合いから、「日本の家族は大丈夫ですか」というメールをもらったり。
そうこうするうち、昔お世話になった従妹の義理のお母さんが亡くなったという連絡があり、日本に弔電を送る。
遠い遠いインドネシアにいても、私は日本人だと、何度となく思った日であった。


2011年3月9日(水)
左官屋さんと大工さん
JCC1と2のお手伝いさん夫婦が立て続けに変わった。
ありがたいことに、JCC1のご主人のほうは元左官屋さん。
JCC2のほうは元大工さん。
ここのところ、建物の修理が続いているJCCには願ってもないメンバー。
今日も私の仕事部屋の後ろから、のこぎりをひく音や釘を打つ音が聞こえてくる。


2011年3月8日(火)
習慣
学校の仕事場の机の上を大々的に変身させた。
最近、右腕の調子が良くないので、右側に置いてあった電話を左側に移した。
だが、習慣とは怖いもので、電話が鳴るたびに右方向に体が動く。
「あれ、電話がない…」と一瞬思い、「そうだった、移動したんだった」と体の向きを移動させる。
さて、慣れるまで何日かかることやら。


2011年3月7日(月)
優先順位
仕事には優先順位というものがある。
あれもこれも、「とにかく早く仕上げて!」と言うしかない状況でも、
やはり優先順位はある。
それを見極めて仕事を仕上げていく能力を身につけたい。


2011年3月4日(金)
孤児院訪問
昨日は忙しい一日だった。
JCCの創立記念ランチパーティーのあと、
恒例となった孤児院訪問。
フリーマーケットでご協力いただいた2,300,000ルピア(約23,000円)と、
お菓子のプレートを持ってお邪魔した。
子どもたちは夕方の水浴びをしたばかりで元気一杯!
ここにいる子どもたちみんなの人生が、
暖かさに満ちていますように。


2011年3月3日(木)
JCC創立14周年
毎年やってくるこの日。
14年前の3月3日にJCCは歩き始めた。
今年もナシトゥンパンでお祝いできる喜びをかみしめる。


2011年3月2日(水)
ちょっと疲れたとき

こんなジョーク、ほんとうにありがたいです。
みなさんもごいっしょにどうぞ。


外国人が長く日本に居すぎてしまったと実感するとき


2011年3月1日(火)
目指すはインドネシア

という感じで、ただいま日本の日本語学校はインドネシアに注目が集まっているらしい。
先週土曜日に行われた日本教育フェアには日本から24校が参加。
そのいくつかの学校の代表の方々から訪問を受けた。
お話しするたびにJCCの使命を感じずにいられない。
よぉ〜し、目指すは、日本留学。

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