Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 



よもやま日誌
平成24年

一月




2012年 1月31日(火)

先週土曜日に行なわれた劇団 en塾の総会。
入団式、卒団式を兼ねたen塾の本公演に次ぐ大きな行事である。
今年は24の大学から94名の団員による構成でスタート。
一人でも多くのメンバーが今年の本公演の日を迎えられますように。



15時開場。すでにたくさんの人たちが待っていて、すぐに会場はいっぱい。全運営委員体当たりの仕事ぶり。


en塾バンドあり、パフォーマンスあり、食事ありで初対面の団員たちがあっという間に和気あいあい。


グループ対抗ゲームやクロスカルチャープログラムなどで大いに盛り上がる。


そして最後は涙涙の退団式。そして団長を3年間勤めたファドリから、新しい団長サントスへと、団長交代式。



2012年 1月30日(月)

先週初めからJCC2の屋根の改修工事が始まった。
時期が悪かったと反省するが、なんと毎日やってくるスコールでここもあそこも水浸し。
あと2週間もこれが続くとは。




2012年 1月27日(金)

昔からシンガポールはあまり好きでなかったのだが、
今回チャイナタウンのホテルに泊まり、買い物もせずゆっくり散策し、印象が変わった。
ノスタルジックがあり、モダンがあり、それらが独自の魅力を発散しながらも融合している。
もっとも感動すべきは、3つのお国柄がきちんと尊重されていること。
シンガポールに、また来たいと思う日が来るなんて。







2012年 1月26日(木)


シンガポールの空港での写真3枚。
ごみ箱、消火器ケース、トイレの壁時計の位置。
感動、感心、不思議がテーマです。















2012年 1月25日(水)

所用で23日、24日とシンガポールへ行ってきた。
23日に飛行機に乗る直前に気がついた。
「もしかしてチャイニーズイヤー?」
そう、全く気付くことなくチャイニーズイヤーのその日に
シンガポールへ行くという
プレミアムな事をしてしまった。
だがこれはもしかしていいことと悪いことがあるかもしれない。
いいことは特別なイベントが見られる、
悪いことはお店の大半が休み…???

はたして私の予想は大当たりだった。
いたるところでチャイニーズイヤーの催しの風景が見られ、
そして多くのお店が休みであった。
まあ、これも貴重な経験。




空港の花で作られたドラゴン、チャイナタウンの道路の分離帯に設置されたドラゴン、ホテルでの新年祝い




お寺に参拝する人たちの行列。並んで入場して、また並ぶ。



2012年 1月24日(火)

2010年の年末に姉がジャカルタへ来たときに、
クレーンの数がすごい、これは景気のいい証拠だと言っていた。
そして1年たった今、その数はますます増えている。

写真は私のマンションの窓から見える風景。
遠くに見えていたジャカルタの目抜き通りスディルマンのビル群を
すっぽり覆うほどの、建設ラッシュ。



2012年 1月20日(金)

外国に住んでいるとへんてこな日本語によく遭遇するが、
これは堂々高さ10メートルはあろうかというほかほか弁当の看板である。
何が変って、新発売のセットメニューの広告に、
「Setto」と書いてあり、その左わきに片仮名表記で「セト」。
ローマ字表記じゃなくて「Set」でいいじゃないの、
それにわざわざそれをカタカナで書かなくてもいいじゃないの、
しかも間違ってるし。


2012年 1月19日(木)

昨年末、いつものようにバリのウブドゥへ行ってきた。
変わりゆく風景に一抹の寂しさを覚えながら、
それでも、変わらぬバリの家族の温かさにホッと一息つく私である。



写真は家族の家に建てられた3階建ての屋上から見える市場の風景。
平屋だった昔にはけして撮ることのできなかった写真である。



2012年 1月18日(水

今年も日本大使館の要請で、
全高校の日本語教育会主催日本文化祭にてen塾がパフォーマンスを披露。
会場は200人以上の高校生や教師のみなさんでいっぱい。

そういえば今年のオーデションの時に、
昨年の日本文化祭を見てen塾に入りたいと思ったと話した学生がいた。
準備も練習も大変だけど、
en塾の活動がインドネシアの若者たちを触発していけているとしたら、
ものすごくうれしいことである。







2012年 1月17日(火)

インドネシア語技能検定試験の申し込みが
インターネットを通してできるようになってから、
受験者の数が加速度的に増えている。
今週初めの日曜日に実施された第40回ではついに200名を突破。
最も多いのはC級の88名。
これ以上の数になったら会場を2か所用意することになるだろう。
これもうれしい悲鳴である。
インドネシア在住の日本人のみなさん!
ますますのご健闘、JCCが応援します。




2012年 1月16日(月)

今年のJCC恒例の新年パーティーが
先週の金曜日に行なわれた。
今回は日本人の方の参加が非常に多く、
たくさんの交流も見られうれしい限り。
今年もにぎやかなJCCでありますように。


パフォーマンス書道に挑戦中の渡辺先生とアレックス先生。


参加者によるパフォーマンス書道、着物の着付け、ラッキーナンバープレゼント。


食べて喋って笑って歌ってにぎやかで楽しい2時間でした。


劇団 en塾の新作「雪女メドレー」、みんなで大合唱はen塾のファドゥリ団長と渡辺先生の演奏で。



2012年 1月12日(木)

本日en塾の追加オーディションが行なわれ、
最終的に2012年の劇団 en塾の団員は新旧合わせて24大学94人になった。
さて、次は17日の大使館から依頼の日本文化祭でのパフォーマンス。
そして28日の総会の準備が始まるが、今年の運営委員、予想以上にガッツがあり、頼もしい。


2012年 1月9日(月)

先週末、劇団 en塾の
2012年新団員のオーディションがあった。
会場はいつものようにJCC2。
説明会が行なわれるJCC2のロビーは、
昨年の本公演「雪女」の舞台美術が
セッティングされ、右のように状況に。
すっかり本公演の舞台の再現となった出来に
ご満悦の表情を見せる運営委員たち。
en塾の心3、いつもベストを尽くすこと! を
実感した今回の準備であった。

そしてオーディションの結果は、
130名余りの申し込み者の中から
ひとまず60名が合格。
残るは、今週木曜日の
特別オーディションを受ける
8名の結果待ち。

今年もen塾、走り始めました!!






2012年 1月6日(金)

J
CCではクラスが終了するごとに、
みなさんにアンケートを書いていただいている。
講師に関してはほとんどの方から高い評価をいただいている。
ただ、気になるのは事務部のクオリティ。
アンケートにも、それが報告されている。
JCC、まだまだまだまだ半人前。



2012年 1月5日(木)

日常は一日で変わるということを実感した日だった。

だが、偉大な歴史は変わらない。
培ってきた品質も変わらない。

遠い友人に、それを伝えたい。

2012年 1月4日(水)

仕事始め。
年末年始のうちに終わっているはずの仕事があれもこれも終わっておらず、
年の初めから小言と溜息の一日。
これじゃ、仕事始めというより怒り始め。

なんとかするにはどうすれば?
世界を変えるか、私が変わるか。
2012年 1月3日(火)

今週の週末は劇団 en塾の新メンバーのオーディション。
月末の28日には入団式と卒団式を兼ねた総会がある。
その総会の準備に忙しくなってくるところだが、ただいま5円玉が足りなくて困っている。
というのも、en塾の団員たちは入団式の時に、
シンボルとして生まれ年の五円玉を受け取ることになっている。
そのために私が毎年帰国するたびに五円玉を収集してきているのだが、
今回の帰国ではそれをすっかり忘れてしまっていたのだ。
そこで困った時の検索頼み、というわけでインターネットで五円玉を調べてみると、
生まれ年の五円玉をビジネスにしていらっしゃる方がいた。
http://www.buyer-s.com/5coin/


そのサイトに五円玉の詳細が載っていたのでちょっとご紹介したい。


現在製造発行されている五円硬貨の意匠には「産業」に関するモチーフが用いられている。デザインは当時大阪造幣局勤務の小柴利孝さん。

●表
 稲穂(茎が3本、真中の茎に籾が27粒):農業
 水(川海、水面、複数の水平線が12本):水産業
 歯車(穴の周りに歯が16個):工業
●裏
 双葉(特定の木ではない):林業


穴が開いている理由として「他の貨種と区別するため」「偽造防止対策のため」「原材料を節約するため」の三つがあげられる。

■歴史

1949年(昭和24年)から1959年(昭和34年)にかけて製造されたものは、現行の五円硬貨と基本デザインは同じだが、書体が楷書体になって おり、かつ「国」が旧字体の「國」になっており、筆五などと呼ばれている。なお、1957年(昭和32年)銘のものは希少(製造数1万枚)であり、しばし ば高値で取引される。 昭和29、30、31年は未発行。

■流通量

五円玉は世の中に120億個以上も流通されている。
昭和23年に製造された穴の開いていない(無孔)からはじまって、平成21年までの63年間、製造され続けている。
五円硬貨は毎年同じ数を作っているわけでなく、破損したりして使用できなくなった分だけ製造している。また、需要によって製造枚数を調整している。



ちなみに、en塾はこれまでの収集の中で筆五が3枚あった。
そして! 私の生まれ年は1957年、昭和32年。
そう、高値取引の、希少価値のあるやつ。
ま、かといって私自身が高値取引の希少価値のあるやつというわけではないのだが…。
あ〜、それにしても、
1990年(2枚)、1991年(11枚)、1992年(16枚)、1993年(3枚)、1994年(2枚)、
みなさんのお財布に入っていませんかーーー!!!


2012年 1月2日(月)

断食明け休暇が一年で最も重要かつ長い休暇であるインドネシアでは、
年末年始の休暇はそれほど大切ではなく、今日が仕事始めの会社も多い。
だが、JCCは毎年日本に合わせて三が日まではお休み。
大みそかから元旦までは、JCCの千葉先生とそのお友達が泊まってくださって
花火やら紅白歌合戦やらを見ながら過ごした。
そして今日はひとりのんびりと自宅で過ごす。
のんびりといっても、掃除したり洗濯したり仕事したり。
でも、こんな正月を迎えられる幸せに、感謝。


2012年 1月1日(日)

明けましておめでとうございます。
今年は前のめりがちな性格を少々改め、重心を若干後ろに引き戻し、
なおかつ、「継続は力なり」、「ベストを尽くすこと」、
この二つの変わらぬ信条のもと、365日を歩んでいきたい。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。


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