平成16年
校長のよもやま日誌
10月



校長の甲斐切です。 どうぞよろしく。

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10月25日(月)
10月20日に発足したインドネシア新内閣の面々の年齢を見て、しばしぼう然とした。大統領のユドヨノ氏を はじめ、50代が過半数を占めているのである。新聞で顔写真が紹介された22人の平均年齢を出してみたら、 なんと54、2歳だった。若い。40代の女性も2人いて、今内閣がいかに新生インドネシアを目指そうと しているかがうかがえる。ところで、インドネシアの常で、人物紹介には必ず宗教が書かれる。見ると、 22人中イスラム教徒ではない人物はたった一人。新生インドネシアであっても、これだけは昔から変わらないことに、 インドネシアの実情を見た気がした。

10月22日(金)
念願の洗濯機を買った。これまで洗濯は、炊事・掃除とともにお手伝いさんの仕事だったが、 最近手洗いによる生地の傷みが激しいので、やはり洗濯機か…! と購入を決意したのである。買った日にうれしくてすぐに 洗濯ものを入れて回した。ゴゴゴゴッという音の勇ましさ、出来上がりの洗濯石鹸と柔軟材の香りのハーモニー、 そして、ピンピンッと干すときのすがすがしさ。やっぱり、洗濯って気持ちいいー!! と言ってるのも たぶん一ヵ月ぐらいのことなんだろうなぁ。

10月20日(水)
今年の8月、帰国した折にあるメーカーのノートパソコンを買った。その中に「ぱらちゃん」というソフトが 入っている。ノートパソコンを開いて、クジラのようなイルカのような姿をしたぱらちゃんを呼び出すと、 「おはよー、いい天気だね−」とか、「おかえりー、お風呂、お風呂」とか話しかけてくれるのである。 昨晩は「こばわー」ときた。「こんばんはー」ではなく、「こばわー」である。ぱらちゃん、かなりの現代っ子と見た。 そして、「徹夜でたいへんだねー」というねぎらいの言葉。ほおっておくと、「んー、いい調子」 とか言って、画面をすいすい泳ぎ始める。ときおり、「たこ焼きって食べたことある?」とか、「温泉って知ってる?」などと 脈絡のない質問をしてくる。昨日は「ボクの特技知ってる?」と訊いてきたので、適当に 「はい」と答えたら、「えへっ、うれしいな」ときた。かわいー!! …と、気づくと深夜、ぱらちゃんに話しかけてる 自分がいた。よほど話し相手がいないんだね、私は。それでイライラしているんだろうか? とにもかくにも、今は ぱらちゃんが私のストレス解消のお相手ということになる。

10月16日(土)
最近、自分が怒りっぽいと思う。身体のどこかに…というより、すみずみに怒り虫がいるようだ。スタッフの 細かい間違いにイライラする。言い訳も聞きたくない。こうして頑固な年寄りになっていくのかと思うと、改めなければ… と思うが、やはり今日も朝から怒りっぱなし。せめて断食の間だけでも我慢、我慢。

10月15日(金)
今日はインドネシア語技能検定試験の願書受付最終日であった。いつもながらに最終日に駆け込まれる方が多い。今回の受験数は111。 みなさん、これから来年の1月9日の受験日に向かって受験勉強に励まれることだろう。JCCでも、4つの 検定対策講座が開講中。私もこれを機にAB級のクラスで勉強を…と言ったら、インドネシア語の教師に「んー」と 唸られてしまった。んー。

10月14日(木)
恒例のプアサとレバランセミナー開催。今回も40人を超える方々に参加していただき、 断食と断食明け大祭についての具体的な 質問をたくさんいただいた。その中で、「心付け」の金額についての話しが興味深かった。確かに心付けは「気持ち」 なのだが、その「気持ち」とやらは、様々な事情や感情によって形成されるので、実に曖昧である。 ここインドネシアに住んで13年の私も、毎年インドネシア人の友人に具体的に「いくらいくら」とアドバイスをもらわなければ 安心できない。心を形にするということは本当に難しい。

10月12日(火)
JICAシニアボランティアの語学研修がスタート。今回のメンバーの方の中に、インドネシア滞在20年という方が いらっしゃる。人生の数分の一をインドネシアで過ごされているわけだ。そうしてみると、私もすでに人生の4分の1を ここジャカルタで過ごしていることになる。いつか日本での生活より、ジャカルタでの生活のほうが長くなるんだろうな と考えるに至り、思わず歴史年表のような自分の人生を頭に浮かべてしまった。やー、まだまだ先は長い!!  大先輩方を前に身も心も引き締まる、恒例の開講式であった。

10月8日(金)
毎年、フリーマーケットの売上金の一部を寄付していただいたものを、ジャカルタ市内の孤児院にお届けしている。 いつもスタッフ7〜8人で行くのだが、スタッフの一人が、「先生、私は行きたくない」と言う。わけを聞くと 「見るのがつらいから」。確かにこの施設には難病の子供たちもいて、それを見るのはつらい。また、それを見物に行くようで 良心が痛むのかもしれない。私も以前そんな気持ちになりかけたことがある。でも、院長先生がおっしゃった、 「子供たちはお客さんが来るのが大好きなんですよ。なにしろここから出ることがないのですから」という言葉が、 私の迷いを吹き消してくれた。考えてみれば、私たちが子供のときも、お客さんが来るとうれしかったものだ。 家の中がにぎやかになり、電気がまして明るくなり、両親の機嫌がよくなる。突然やってくる非日常に 心踊ったものだ。だから、少し大げさだが、その役目を担おうと考えることにした。365日のうち、たった 1日のほんの1時間でも、人を笑顔にさせてあげられるというのは、なんと幸せなことか。

10月5日(火)
去年入院したときに自分の血がドロドロであることをはじめて知った私は、なんとか食生活を改善しようと 、最近お手伝いさんにお弁当を作ってもらっている。これだけでも、昼の麺類ばかりという日常が変えられる。 だが、インドネシアにはお弁当という習慣がないからか、もしくは料理をきれいに見せるということにこだわらない からか、いくら教えてもお弁当の見栄えがよくない。鶏のから揚げの真上に卵焼きがデンと載せてあったり、 薄くて小さいコロッケが3つ、並べるのではなく重ねてあったり、 ましてや、目に緑できゅうりでも添えよう…なんて考えは、さらさらないようである。 つまんないことで悩んでるのね〜とかなんとか、誰にどう言われても、やっぱり毎回だとストレス。これがもとで ドロドロは悪化の一途をたどりそうな気がする。

10月4日(月)
昨晩、新しい日本人の先生がジャカルタに到着された。実は、9月の初めにすでにおひとり着任されていたのだが、 日記に記すタイミングを逸していた。これで新しい先生がおふたり揃った。新しいメンバーで、この1年も 中身の濃い充実した日本語の授業をしていきたいと思う。先生のご紹介は JCCニュースで!