平成16年
校長のよもやま日誌
2月



校長の甲斐切です。 どうぞよろしく。

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2月25日(水)
日本から送った荷物が届いた。やった〜! 昨年12月の中旬、1ヶ月の研修が終わったあとに発送した その荷物の中には、たくさんの参考書はもちろん、いただきものの簡単カラオケセットや、友人にねだって手に入れてもらった 懐かしきジャニス・イアンのCD、ずっと買いたいと思っていた新しいタイプのファンデーション、100円ショップで 買い揃えたたくさんのスタンプ類、などなどが入っていたので、包みを開けるときには心うきうき。が!  中身を確認してがっくり。それは年明けに広島から送った荷物の方だった。中から出てくるのは、飛行機に乗せる には重量オーバーになるだろうからと送った服やら靴やらの類いである。あー、なんで? なんで年明け1月に 地方都市広島から送った荷物の方が、12月に大都市東京から送った荷物より早く着くわけ?  あー、カラオケセットよ、いずこへ。 

2月21日(土)
雨の日が続いている。こんなにひっきりなしに降るのも珍しい。寝てもさめても雨という感じだ。 ジャカルタでは大雨が降るとすぐに浸水が心配される。昨日は道路浸水が多かったようで、たくさんのクラスが キャンセルになった。私の通勤ルートであるテンデアン通りも朝から夜まで通行止め。行きも帰りも迂回するしか なかった。首都として成り立つには、ジャカルタはもっと時間をかけた細かい整備が 必要なことを、雨季の度に痛感させられる。

2月20日(金)
久々にいい音を聴いた。ジェーン・バーキンというフランスの歌手がジャカルタでコンサートを開いてそれを 聴きに行ったのだ。ジェーン・バーキンは、今から25年ほど前、私がフレンチポップスに興味を持っていた高校生の ときに、1枚だけレコードを買ったことがあるので覚えていたが、日本人やインドネシア人にとってあまり有名な歌手 とは言えない。それでも、ジャカルタで外国のミュージシャンのライブが見られる機会は非常に少ないので、迷わず チケットを買った。それが素晴らしかったのである。もともと女優出身の歌手なので、歌唱力そのものに力はないが、 シャンソン歌手の独特な表現力がこちらに迫ってくる。そしてそれ以上に、ヴァイオリンやシンセサイザーを使った 中近東風のアレンジによる演奏がたまらなかった。日本にいたらこんなコンサートはしょっちゅう見られるんだよな、 いいよな…と思ったが、このコンサート、なんとチケットは7万ルピア(910円)であった。日本じゃちょっと無理か。

2月19日(木)
昨日、一般公開講座で行なった「日本人と働くインドネシア人スタッフセミナー」、いつもの企業単位での開講と 異なり、ビジネスマンあり、経営者あり、大学生、高校生ありでバラエティ豊かだった。日本語を学んでいる学習者が ほとんどだろうと思っていたが、そうではない人も多かった。参加されたみなさんが、このセミナーで学んだことを、 日本人との仕事の潤滑油として活用してくれることを願う。

2月13日(金)
今朝メールを開いたらとてもうれしい方から便りが届いていた。JCCを作る以前、私がジャカルタの民間学校で 働いていたころ、言葉にできないほどお世話になった方である。簡素な下宿生活で、学校へも毎日バスで通って いた私に、必要があればいつでも言って下さいねと、車を貸してくださっていた。JCCを立ち上げるときには、なんの つても人脈もない私に、たくさんの方を紹介してくださったり、情報を提供してくださったりした。その方が いらっしゃらなかったらJCCは存在しなかったかもしれない。なのに、その方が日本へ帰国されてからご連絡先が わからないままで、お礼を言う機会を逸したままだった。それが、7年ぶりにやっと連絡が取れたのである。 お伝えしたいことは山ほどあるが、今は「ありがとうございました」の言葉にすべてを込めたい。

2月12日(木)
東京・中央線沿線の西荻にある語学学校B&B語学倶楽部の代表、香川さんが受講生の方とジャカルタに いらした。日本とインドネシアをつないで何かいい形の関係ができたらいいですねと、具体的な話にみんなで花が咲き、 気がついたら朝の4時。将来を楽しく彩る話には熱がこもる。そして、「語学学校のあり方」というテーマを、日本語で 話せるうれしさ、ありがたさ。何ヶ月分かのエネルギーを得た気分だ。

2月10日(火)
インドネシアの労働移住相が、あるセミナーで、「インドネシア人労働者8人が必要な仕事を、日本人は一人で こなす」と発言したそうだ。よくぞ認めた! さすが労働移住相!! 続いて、「失業者が一向に減らないのは インドネシア人労働者のレベルの低さと規律のなさが原因」だと言う.。ふむふむ。で、「インドネシア企業 は、インドネシア人労働者5人当たり一人の外国人を雇用している」、なるほどね。「よって、インドネシア人労働者の 雇用を確保するためには外国人の就労に制限を設けるべき」。ん、え? なんだって〜?? むむむ…。実に 手ごわい国だ。インドネシアって。

2月5日(木)
今朝、友人の勤める会社に電話したら、インドネシア人の電話オペレーターが出てきて、その日本語がやたら 流暢で美しいのに驚いた。流暢で美しいと感じもいい。たいそう感心した私は、午後、事務部のスタッフ7人を集めて、 電話を含めた接客ノウハウについての緊急ミーティングを2時間おこなった。以前にもおこなってはいるが、新しい スタッフも何人かいるし、古くからのスタッフもチェックしなければどんどん接客の質が落ちてくる。こういうことは 定期的に行なうべきなのだろうが、時間が…と言って、昨日の日記の反省を思い出した。定期的にやろう、時間を作って 定期的に。まずは明日、お客様のふりをして電話をかけてみ、今日の成果を確認したい。スタッフに、「いじわる〜」って 言われるだろうな、きっと。

2月4日(水)
毎年の行事になったが、「Yayasan Sayap Ibu (母の翼・孤児院)」にみなさんからの寄付金を持ってうかがった。 親に育てることを放棄された子どもたちのためのこの孤児院には、今現在42人の子どもたちが一緒に暮らしていて、 その半数近くが障害を持っている。ごく普通に家があって家族がいて好きなことを学べてきた自分を、ここに来る たびに運がよかったと思う。以前、寄付金以外で何か役に立つことは…とお尋ねしたら、院長は、 「みなさんが遊びに来てくださるのが彼らにとっては一番うれしいことなんですよ」とおっしゃっていた。それからずっと、 学校単位でできることはと考えているが、学校のスケジュールの関係でうまくまとまらない。以前誰かに、大切な ことは「時間があるときする」のではなく、「時間を作ってする」のだと言われたことがある。もっともだ―と思うのに、 何かできないことがあると、いつもきまって時間のせいにしている。

2月3日(火)
先週末にインドネシア人スタッフの一人が結婚した。ようやく一人…という感じだ。なぜならJCCのスタッフは 全員女性で、インドネシア人常勤スタッフ11人プラス非常勤教師5人あわせて16人のうち、15人が独身、 そしてなんと10人が30がらみである。そのうちの一人がやっと結婚したというわけだ。これまでは仲間がみんな 独身なので、あまりあせらないようだったが、これから状況は変わるのだろうか。しかし私は正直なところ、スタッフの 結婚話を聞くと、「めでたい」と思うのと同時に、「仕事はどうするのかな」と気になる。 近年、インドネシア人女性も晩婚の傾向にあるが、仕事に生きるもよし、独身生活を謳歌するもよし、そして伴侶と共に 生活することで世界を広げるもこれまた楽し。そして、家庭で得る安らぎを仕事へのエネルギーにしてもらいたいとも願う。 要するに結婚しても、仕事をやめてほしくないってことをどうやら私は言いたいらしい。