平成16年
校長のよもやま日誌
9月



校長の甲斐切です。 どうぞよろしく。

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9月30日(木)
なんということか、本日も最悪の夢見。夜7時に成田を発つ飛行機でヨーロッパへ行くその日の夕方、 まずは東京に向かわねばならないのに、まだ広島にいて、「早く東京に行かなきゃ」とあせっていて、いざ広島空港 から東京に向かう段になって、パスポートを入れたバッグを広島駅の公衆電話に忘れてしまったことに気づき、 「あー、もう絶対盗まれてる、絶対ヨーロッパには行けない」とあきらめ半分に公衆電話に向かったら、パスポートだけ 残されており、「やった、これで行ける」と思ったのもつかの間、いっしょに行く予定の友人が、 優雅にカフェでお茶を飲んでいて、「もったいないから飲み終わるまでは出発できない」とごねているという、 はてしなく疲れる夢であった。昨日、夢はなんらかの形で現実が映し出されるという話をしたが、今朝の夢の分析を するのは、疲労が倍増しそうなのでやめておく。

9月29日(水)
年に一度あるかどうかというくらい嫌な夢を見た。夢はなんらかの形で現実が映し出される言うが、 そうしてみると私は今、本来しなければならないことから逃げ出していることになる。その名は「親孝行」。 あえて言うなら家族孝行。うーむ、反省反省、と唸ったのは夢にうなされて目覚めたときだけ。今こうして 日記を書き始めるまで、そんな夢を見たこともけろりと忘れていた。反省反省。

9月28日(火)
インターカルト日本語学校養成講座のみなさんが、本日帰国された。約一週間、びっちりつまったプログラムに 弱音も吐かずに熱心に取り組まれた。そして迎えた最終日の今日、修了式にも学校を出発するときにも、 涙、涙で、いい出会いをさせていただいたとうれしく思う。JCCのスタッフにも多くの思い出をくださって、 本当にありがとうございました。どうぞ、受け持たれる学生にとって、世界一の先生になってください。

9月23日(木)
21日の夜、東京信濃町・高円寺のインターカルト日本語学校養成講座の方3名が研修に来ジャカルタ。さっそく 研修プログラムが始まった。初日の昨日は、午前中は日本語教育現場見学ということで、ナショナル大学の日本語学部の 授業2つ、そして民間日本語学校「東京日本語学院」を見学。そのあとは、直接法によるインドネシア語の授業を 受けていただき、夜6:30,いよいよ実践授業で日本語能力試験2級受験対策講座を担当。終わった あとはみなさん、ほ〜っとされながらも次の実践授業の準備。学校を出たのは夜10時近かった。長い長い、 研修第1日目であった。

9月15日(水)
今日から来年1月9日のインドネシア語技能検定試験の願書受付開始。今週末はJCCフリーマーケット。 来週月曜日の大統領選挙をはさんで、21日火曜日には、東京信濃町・高円寺にあるインターカルト日本語学校の 養成講座の受講生の方々が、一週間の予定で研修にいらっしゃる。9月はあっという間に終わりそうな気配。

9月10日(金)
昨日の爆弾事件で、家族がさぞかし心配していることだろうと思いきや、かかってきた姉からの電話は、「こっちも たいへんでジャカルタを心配するどころじゃなかったー」。なにかと思ったら台風で日本は北から南までたいへんだったという。 私の実家があるのは、広島県呉市の海岸べりにある小さな町だが、護岸は崩れる、瓦は吹っ飛ぶ、木はなぎ倒される、 はたまた床下浸水続出で、大ごとだったらしい。なんとなくいやなことが重なった上に、夜になって高倉健主演の 「駅」という暗めの映画のビデオなんかを見たもので、気分は果てしなく沈んでいった一日であった。

9月9日(木)
今朝10:30の授業のみなさんでロビーが賑わっている最中に、突然鈍い衝動音が。2階のフィットネスルームの 吊り下げてあるテレビが落下したかと思ったが、すぐに入ってきた情報で爆発音だったことを知る。JCCから車で20〜30 分のところにあるオーストラリア大使館前で爆弾事件発生。オーストラリア大使館といえば、教え子が通っている会社が その向かいのビルに入っている。すぐに電話をして無事を確認。バリのテロ事件の傷跡が癒えたころにジャカルタの ホテル爆破事件。その記憶がようやく薄れたころにまたこれである。インドネシアのイメージをおとしめるこのような 事件は本当に腹立たしい。

9月7日(火)
ふと思いついて去年の誕生日周辺の日誌を見た。なんちゅーことか、今年の誕生日の内容と同じことが書いてある。 うーむ、どうにかしないとな、この記憶機能。おんなじことを繰り返して言う現象、これは危ない。 今回はたまたま1年だが、だんだんその間隔が狭まってきて、1か月前と同じことを言うようになり、気がついたら 1週間前と同じになり、そしてついには昨日も今日も明日も同じことを繰りかえす老人になってしまう。年配の友人が大切 と書いたが、若い子たちともつきあって新しい話題や言葉をもらわなきゃ。でも昨今の若い子たちの会話は、 昨日使った言語はもうすでに死語として葬っているのではないかと思えるぐらい変化が早い。いずれにしても 海外在住の日本語教師は分が悪い。

9月3日(金)
今日は私の誕生日。姉から、これからは加速度的に年をとっていくよ…というメールをもらった。とすれば、 年をとることを怖れず、喜ばしく考えられるように工夫しなければならない。それには年上の愉快な友人たちをたくさん作る といい。私にとって、今年6月にヨーロッパへ一緒に行った友人たちがそうである。70代を先頭に、 ずらり大先輩方ばかり。知識豊富でグローバルに行動し続けるTさん、現役キャリアウーマンなのにとても自然体の Sさん、明るくおおらかで人をリラックスさせてくれるMさん…、この方々と会って話していると、私は本当に年を 忘れる。この人たちのように年を重ねていきたいと思う。そしていつか誰かにそんなふうに思ってもらえる女性に、 私もなりたい。