平成17年
校長のよもやま日誌
11月



校長の甲斐切です。 どうぞよろしく。

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11月29日(火)
インドネシアの首都ジャカルタは日系企業も多く、邦人の数もざっと12,000人。当然日本料理のレストランが多いわけだが、 お店の名前は、「川奈」「KYOKA」「五右衛門」「浜っ子」「丸福」などなど、いかにも正統派の店名が並ぶ。しかし、 この店は怪しい…と、入る前から決めてかかることがある。それは名前が大きく影響する。たとえば、「Nakayoshi」 「Aozora」は愛すべき単語だが、レストランの名前としてはダサい感じがする。「Oishii」とか、「Yakiniku」という名前も、 あまりにもそのまんまな感じである。昨日などは、立て続けに「それはちょっと…」という名前に遭遇した。「Hitobito」、 そして「Syokuyoku」である。こういう店名を目にすると、一般的日本人の感覚では、これは店名にはふさわしくない= この店には日本人はいない=たぶんおいしくない…という方程式によって、この店は怪しい、入りたくないという 結論に達する。はてさて、「ジャカルタコミュニケーションクラブ」というのは語学学校としてふさわしい名前なの だろうか。ちなみに、ジャカルタにある日本語学校の名前は、「東京日本語学院」「学修堂」「エバーグリーン日本語学校」 などである。やっぱりちょっと異端児かなぁ。

11月28日(月)
9月に入るごろから頭を悩ませていた鳩が姿を消した。ふと気がついたらいなくなっていた…という感じである。 鳩侵入防止用の網を張ったり、目玉風船を通信販売していないか調べたり、躍起になっていた日々が嘘のようである。 鳥インフルエンザが世界を揺るがしている今、それを理由に近所の誰かが抹殺したのかもしれない。

11月26日(土)
珍しく朝から雨。そういえば昨晩見たNHKの世界の天気で、本日のシンガポールの天気は雨だったな。ということは ジャカルタも雨ってこと。日本の梅雨どきのように、寂しい雨の土曜日である。

11月25日(金)
昨日の予想通り、えらいことになっている。月例ミーティングで年末に向けてしなければならないことが一挙に山ほど 決定され、何から手をつけていいかわからない状態。酉年の私は今年年女であったが、やはりバタバタとこの 一年を終えてしまいそうな気配である。

11月24日(木)
ニューイヤーカード用の集合写真を撮った。スタッフと教師が全員揃って空いている時間はお昼休みだけ。 一時間で、民族衣装パターンと仕事着パターンをバチバチ撮っていった。とはいっても、カメラマンを雇うわけでは ないので、タイマーを使って、自らポーズをとりながら、「いい〜、準備OK? はい、わらってっぇぇぇ〜〜〜」… バシャ! で、またカメラまで走って行って、出来をチェックして、再びタイマーをセットしシャッターを押して、走って 列に戻って、「はい、わらって〜」 バシャ! これを何度繰り返しただろう。たった一時間でぐっと疲れた。 カードは年末年始に皆様のお手元に届くよう発送する予定。ところが、去年時間をかけて 作成した日本用住所データが見つからない〜〜〜。うわ〜ぁ〜あぁん! 見つからなかったら…えらいことになるぞぉ〜!

11月22日(火)
孤児院を訪問した。毎年9月に行なうフリーマーケットの売上と寄付金を持ってうかがう恒例の行事で、今年で6年目。 毎回、訪れるたびに子どもたちの無邪気さにほっとしていたのだが、今回は初めて子どもたちが不憫に感じられた。 いつも最後に玄関前でみんな揃って記念写真を撮るのだが、ひとりぼんやりと門の向こうに目をやっている女の 子がいた。門の前に両親が現れるのを待っているような、同時に、見えない幻を 見ているような眼差しが胸を打った。本当なら、ここにいる40人の子どもたち一人一人に、両親がいて限りない 愛情をそそいでいるはずなのに。だからといって何もできない自分の無力を感じた一日であった。

11月21日(月)
昨日スピーカーとして出席したビジネスセミナーで、ある取材を受けた。まず、その若い記者のかたの、名刺の渡し方が なっていない。ビジネスセミナーの直後だっただけに「むむむ」。そして始まったインタビューで、「今日のセミナーの アンケートはどこから? はぁ、はぁ、そうですか。いろんなのをかき集めたんですね」。かき集める? かき集める!  私はこのセミナーのために、アンケート資料を慎重に準備した。それを、「小銭をかき集める」 「暇な人間をかき集める」と同等に扱ったなぁー! と憤慨したあとで、「はて? 『かき集める』はネガティブのみか」と ふと思い、日本人の先生と話し合い、ひとしきり例文作りにいそしんでしまった。あ〜あ、日本語教師って〜。

11月19日(土)
この際なので、テレビに関する話題で週を締めくくりたい。最近ニュースを見ていていやぁ〜な感じがするのは、どこかの国の えらい方同士が会談などで会ったときに、とても機械的に握手してカメラに笑い顔を向けることだ。本人同士が顔を合わせている時間は 一秒もないのではないかと思うぐらい、ワン(手を取る)、ツー(カメラ方向を向く)、スリー(思いきり笑顔)の一連の 動作が行われている。しかも、写真が撮りやすいようにだろうか、笑顔をフリーズさせる。こんなシーンを毎日 テレビで見ていることによる、子供への、いや人間への、もっと大げさに言えば、今この時代へのなんらかの影響はないの だろうか。

11月18日(金)
今週は火曜日からずっとテレビに関する話題。私ったらよっぽどうれしいと見える。 で、気付いたのだが、間もなく年末年始の帰国をする私。「日本に帰ったらあれしよう、これしよう、 あれが楽しみ、これが楽しみ」と、帰国前にうきうきすることのひとつにテレビを観ることがあったのに、 今回はいつものようにテレビ熱がおこらない。そういえば、新しいお手伝いさんのヤンティが毎日、お弁当に晩ご飯に 日本料理を作ってくれるようになってから、日本料理への飢餓感がなくなった。満たされるってこういうことなんだなぁ。

11月17日(木)
ありがたいことに、NHKのおかげで規則正しい生活になった。毎朝7:30にかならず、日本で7:00に放送されて いる「おはよう! 日本」を見るようになったのだ。まずこれを見て、日本および世界の動向を知り、そしてついでに 現代日本語をおさらいし、はればれとした気分で出勤。う〜む、これぞ正しい日本人! NHKよ、ありがとう!!

11月16日(水)
とにかく感動した。美智子皇后様が清子様をご覧になる眼差し。式場にはたくさんの来賓の方々がおみえだったが 、お二人には他のどなたも目に入らなかったかもしれない。あんなに深く強い慈しみを持った表情を、いつ、どんな機会に 再び目にすることができるだろう。披露宴のご様子をテレビで観て泣いた人は、どのぐらいいるのだろう …と思うぐらい、私はここ2日でたくさん泣いた。純粋で、まっすぐで、清楚なものは本当に美しい。

11月15日(火)
NHKのニュースで天気予報を見ながら思う。広島県人でよかったと。なぜなら、日本の天気予報図のなかに、広島 は必ずあるからである。たとえば、奈良とか富山とか佐賀とかは予報図の中に地名が書かれていない。たぶん、 そういう地域の人たちは近隣の県の予報を参考にするのであろう。なんだか屈辱的。広島でよかった。 離れていても故郷の天気がわかるのだから。だが、問題は「世界の天気」である。香港もバンコクもシンガポールも 表記されているのに、ジャカルタはない。なんだか、世界の天気予報図に名前がないだけで、世界から相手にされてない、国際的に 評価されていない国のように感じてしまうのは、いじけ過ぎ? とりあえず、シンガポールの天気予報を参考にするしか道はない。

11月14日(月)
長年の夢だったクロールができるようになりそうな気配である。新しく着任した力丸先生が 元水泳部だったと聞いて、コーチをお願いしたのがレバランの2週間前。3回目の練習で、かなり「い〜カンジ」まで いっているとのコメントを頂戴した。うははは、うれしいなぁ、こういうのって。よーし、若さと美容と健康のため、 がんばるぞぉぉぉ〜!!

11月11日(金)
道路が空いている。渋滞のないジャカルタはありがたい。ただ、レバラン(断食明け大祭)から一週間も経つのに今だ 正常運転ではないインドネシアのジャカルタは、ビジネスマンにとっては仕事のしづらい首都であろう。かくいう私も、 10日間にわたる長い休みが終って出勤したはいいが、心身ともにリフレッシュされた「よーっし!」というやる気マンマンな気分と、 休暇中のだらりんことした気分とが微妙に絡み合って、なんともはっきりしない労働ぶりなのが、自分でもわかる。 さぁ、来週からはしゃきっとしよう!! 

11月10日(木)
業務能力 = (ある言語での発表能力)×(職業能力)
…上記文は、あるサイトで、日本語がぺらぺらになって日本から帰ってきたインドネシア人が、どれだけいい職につけるか、 どれだけ高収入を得られるかという論争の中で、最後にどんっと投げ込まれた言葉である。ううむ、身にしみる〜〜〜。 足すのではなく掛けるわけだから、片方が「0」だと、なんにもならないという。そういえば、そういう人、たくさんいる。 「あたし、東京で2年勉強したから、日本語はばっちり! 能力試験2級も合格したし〜」と確かに流暢ではあるが、 仕事がてんでできないって人。 でも、その逆のパターンもある。私の場合、英語が不得手なので、たとえ100歩多め欲目に見て職業能力が あったとしても、英語ができないわけだから、世界を相手には業務能力ゼロ、ということになる。まったく、インドネシア語で 国際交流ができたと喜んでいた昨日の日誌が悲しい。でも、とりあえず足許から固めることも大切ですよね、ね。

11月9日(水)
10日間の断食明け休暇、バリへ行って来た。10月頭の爆弾テロ事件ですっかり旅行者が減ってしまったというが、 インドネシアで最も長い休暇とあって、さすがにインドネシア人の観光客が多く目についた。私がいつも滞在するのは16年 来のつきあいになるウブドゥのある家。ある日、部屋に帰ると向かいのバンガローに若いアジア系の女性が。 一目みてすっかり日本人だと思った私が、「あら! 日本からですか?」と訊くと、ニッコリ笑って、「イイエ、 日本人デワアリマセン、韓国人デス」。お昼を一緒にいただきながら 話したところでは、彼女は日本のJICAに当たるKIKAの派遣で、バタム島に来ていると言う。専門は韓国語教師。 なんだか、同業者という感じでうれしくなる。日本語もできますかと訊ねると、首を振る。でも最初、「イイエ、 日本人デワアリマセン、韓国人デス」って、流暢に言ってたよね? と訊くと、よく日本人に間違われるので、 それだけは覚えたそうだ。なるほど。で、彼女は日本語ができない、私も韓国語なんてさっぱり…という 二人の語学教師が何語でコミュニケーションをとったかというと、英語ではなくインドネシア語。日本人と韓国人が テーブルをはさんでインドネシア語で語り笑い合っている。お互いにインドネシアに住んで、インドネシア語を少し話せるだけで、 それぞれの国籍や言語事情を相手に押しつけることなく、交流し合えるとは。なんだか、すごくインドネシアに感謝 したくなる出逢いだった。