平成17年
校長のよもやま日誌
6月



校長の甲斐切です。 どうぞよろしく。

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6月29日(水)
今日は今週末の七夕パーティーの準備で忙しかった。そういえば、今年はまだ短冊に願い事を書いていない。 ちらりと見た学生の方の願い事に「犬がかいたい」というのがあった。書いたのはたぶん日本人のお子さんなん だろうなぁと思いつつ、なんだかすごく気持ちが和み、心穏やかになった。


6月28日(火)
日本の知り合いにお願いして、日本の最新ヒットナンバーコレクションを送ってもらった。うちの学校にある曲といったら 最も新しいのでSMAPの「夜空ノムコウ」やKIROROの「長い間」あたりだから、5、6年前どまりということになる。ロビーのBGMとして 流しているものなど、ときおり「すばる」とか「五番街のマリー」とかかかっているから、20数年前のヒット曲ということになる。そこに、 久々の新曲の登場である。うれしい。ふと曲名を見ると、「花」「雪の華」「世界に一つだけの花」{ハナミズキ」「さくら」と、 花のオンパレード。そうか、ここ1、2年の日本のヒット曲のキーワードは「花」だったのか…とうなずきながら、しみじみ聴く日本語の歌。 あ〜、歌詞の意味がわかるってのはいいなぁ。


6月24日(金)
久しぶりに発声練習をした。高校時代から始めた声のトレーニングは、腹式呼吸を使って「あ、え、い、う、え、お、あ、お!」 と声を出していくものである。そののち声を使う仕事についたこともあって、延々と練習する機会に恵まれ、おかげで 私の声は、マイクなしでもイベントの仕切りができるほどに逞しくなった。その発生練習を久しぶりにやってみた。 気持ちがいい。腹部でしっかり呼吸運動をすることは身体にとてもいい効果がある(ように思える)。ヨガの呼吸法にも通じるものが あるのでやせる(ように思える)。そして大声を出すので、ストレス解消に大いに役立つ(ように思える)。しばらく続けてみよう。


6月23日(木)
一昨日、イタリアから来イしたギタリストのリサイタルに行ってきた。まろやか、という言葉が音楽にふさわしいかどうか わからないが、その熟されつつもさりげなく優しい音は、まさしくまろやかな音であった。まろやかな人間になりたいと 願うが、それにはほど遠い、小言だらけの一日が今日も終わる。


6月22日(水)
去年新しく買ったノートパソコン、様々な機能がついているはずなのに、ちっとも使いこなせない。今はCDへの 書き込みと奮闘中。あーやってもこーやっても、どーやってもうまくいかない。たまに成功するのだが、どうやって 成功したのかわからないので、次の成功までまた失敗の連続。取扱説明書を読めばいいのに、面倒なので 買ったその日に箱にしまいこんだまま一度も見ていない。そういえば、お正月に日本に帰ったとき、新発売の 携帯電話のキャッチコピーで 「この携帯電話には解説書がありません」というのがあった。ポスターのモデルはお年寄りだったと思う。 年をとると新しい事柄を理解していくこと自体が面倒ではあるのだが、それ以上に、 細かい字の並んだ解説書が視力の衰えた人間にとってきついのだ。しかも解説書なのに、その解説の中にわけの わからない言葉がたくさんあるのだから厄介だ。機能満載、しかも解説書なしでちゃちゃっと扱えるパソコンって 何年ぐらいしたらできるのかなぁ。


6月21日(火)
雨季はとっくに明けたはずなのに、ジャカルタはここのところ雨続き。日本はというと、梅雨なのに今日はとても良い 天気という。さぞかし多くの日本人の方がお布団を干していることだろう。布団干しの風景はインドネシアでは見ない。 見るのはマットレス干し。マットレスをでんっと玄関先に干している。あー、なんかこのマットレスって表現も、 ちょっと古い感じがする。いったい今でも使われているのだろうか。それがわからないのは海外在住者の悲しさ。


6月20日(月)
昨日の続き。メリケン粉と小麦粉は同じ物に与えられた単語だが、年代によってどちらを使うかが決まってくる。以前 友人と話していたとき、「百貨店」と言って「今どき百貨店なんて言う奴はいないぞー」と呆れられた。その話を先日、 別の友人にしたら、彼女も妹さんに、「そのとっくり持ってきて」と言って笑われたという。「とっくりって、お酒の徳利 よね? なにがおかしかったの、妹さんは」と訊いたら、「ちがうちがう、とっくりって、セーターの首の立った奴」。 あー、あれね、ハイネックね。そういや、あれ、昔はとっくりって言ってた。というわけで、「年代によってどちらを 使うかが決まってくる」。…というより、「どちらを使うかで年代が決まってくる」というか、「ばれてしまう」。


6月19日(日)
昨日、ジャカルタ広島県人会婦人部の6人でお好み焼きランチパーティーを開いた。それぞれが幼いころから 食したお好み焼きに想いを馳せ、語りながらのにぎやかな時間だった。その中の一人がこんどジャカルタで お好み焼きやを開くという。やったやったとほかのメンバーは大喜び。その当人が、「お好み焼きは、 メリケン粉の具合が難しいんじゃけん」と言った。メリケン粉! 久々に耳にしたこの言葉。そうか、広島のお好み焼きやの おばちゃんたちが使っているのは「小麦粉」じゃなくて「メリケン粉」なんだ…と言葉の持つ味をひとしきり みんなで楽しんだ。


6月18日(土)
所用でホテルへ行った。用事を済ませてホテルを出た。車寄せにタクシーを呼んでもらった。ドアボーイがタクシーの ドアを開けてくれた。気持ちよくそのドアから乗りこんだ。すると教育の徹底されたドアボーイが深深と頭を下げて こう言った。「アンニョンハセヨ」。ガックリした私は気を取りなおして言った。「私は日本人です」。するとドアボーイは しまったという顔をして、こう言いなおしながらドアを閉めた。「こんにちは〜!」。これは、実はインドネシアではよく あることである。日本語の「こんにちは」にあたる「Selamat Siang」というインドネシア語は、昼間の別れの言葉でもある。 インドネシアでは、昼間出会ったときに「Selamat Siang」、別れるときにも「Selamat Siang」。 だから、そのドアボーイは、見送るときにも「こんにちは!」と言っているのであろう。…と、そのときふと 思い立って調べてみたら、案の定、 「アンニョンハセヨ」という韓国語の意味も「こんにちは」であった。ホテルIC、従業員の語学研修をもっとしっかり せよ! なんならJCCがお手伝いしよう!!


6月14日(火)
ジャカルタの街の目抜き通りスディルマンは慢性的渋滞で、近年バス専用車線ができたり、3イン1という車内人数 規制がスタートしたりで、便利になったのか不便に拍車をかけているのかよくわからない状況。特に、従来午前8時 から10時までだけだった3イン1規制が、昨年から夕方4時−7時が追加されたのは痛かった。通り沿いのレストランは かなりの影響をこうむったと聞くが、JCCでも、6時に仕事が終わってレッスンにいらしていた日本人ビジネスマンの 方々が、ことごとく会社で受講する出張レッスンに切り替えられているし、新しく申し込まれる方もほとんどが 出張レッスン希望である。自家用車の運転手さんとご本人では2人 なので、最大のオフィス街であるスディルマンを通れないからだ。今や夕方のカンパニーレッスンが毎日5件を 下らなくなっている。事務部のスタッフは昼を過ぎたあたりから、学校車のスケジュール調整とタクシーの予約に 追われ、夕方のその時間になると、JCCの教師たちはあっちのビル、こっちのビルへと散っていく。それが近頃の JCCの風景のひとつになっている。


6月13日(月)
ジャカルタにマンガドゥアという巨大なショッピングビルがある。ここに行きつけの化粧品やさんがあるのだが、 先日行ったら、「ほら、いいシャンプーが入ったよ、日本製!」と言って大いばりでポスターと当の製品を見せてきた。 遠めに「炭シャンプー」と見てとれた。ほほう、流行りの炭を使ったヘアケアなのね…と、興味が湧きそうに なったがよくよく見ると、「炭」のあとの字は「ションポL」である。ションポまでは読めるが、そのあとは長音表記の「ー」 ではなく、「L」みたいな字である。思わず顔を見合わせて苦笑の友人と私。どんなもんだい! と胸を張っている 店主が執拗に勧めるので、「あのね、この日本語まちがってるから、日本人はこれを見ただけでまがい物だと思って 品質を疑うよ」と、本音を言ってしまった。すると店主は、「えー、そうなの!? じゃ、今度日本人が 来たら、この字、まちがってるけど…ってことわってから売ることにする」。いや、その、そう言うことじゃなくて…。 インドネシアではよくあることです。


6月10日(金)
日本から「梅雨入りしました」メールが5通。こちらジャカルタはというと、今日は掛値なしの暑さ。陽射しが一直線に 突っ込んでくる感じ。あ〜、ところてんが食べたい、盆踊りに行きたい、花火が見たい。正真正銘、悲しいくらい 日本人だな、私って。


6月9日(木)
食生活の改善が順調に進んで、毎日お弁当と和夕食をきちんととっている。習慣とは不思議なもので、お米を食べ続けていたら、 あれほど食べずにいられなかった麺類への欲求が薄れてきた。そこで今日は、 うちの新しいお手伝いさん・ヤンティが作ったお弁当を公開。ちなみに今日のおかずは、右からポテトサラダ、にんじんのきんぴら、厚焼き玉子、肉団子、カレーコロッケ、糸こんにゃく煮。写真を載せてわざわざ献立まで紹介するなんて、よっぽど嬉しいんですね、私は。


6月8日(水)
これは忘れちゃいけない、あれもしなくちゃ、覚えておかなきゃ…と思うことは日々山のようにあるのに、ふと時間が 空いたときにそれを思い出せないのはなぜだろう。1ヶ月前ぐらいから、今度瞬間接着剤を買ったら、あれもこれも あそこもここもと覚えていたつもりだったのに、学校で入り用があり、買った残りを持ち帰った昨日、瞬間接着剤を 手に「どこだったけ?」と呆然とたたずんでしまった。たしか、7、8箇所あったはずが3箇所しか思い出せない。とりあえずその3箇所に 使ったあと、すでにわずかになった残りを保管しておいても無駄だと思い、ごみ箱に放り投げたその10分後、 「あそことここだ!」と思い出したが、時すでに遅し。蓋もせずに捨てた接着剤は、すでに石膏のように白く硬く 固まっているのであった。がっくり。人間の喜怒哀楽って、どんなに小さなことでも引き金になる。昨晩の私は、 たかが瞬間接着剤ごときで、自らを怒り自らを哀れむこととなった。


6月7日(火)
JCCのオリジナルテキスト「JCC実践インドネシア語」の一般販売に向けて、準備を進めているところだが、 著作権やISBN(国際標準図書番号)など、これまで気にもとめなかったことを勉強するいい機会となっている。 これから日本語のテキストなども作っていきたいと考えているので、これを機にしっかりと知識を積み情報を集めておこう。


6月6日(月)
お手伝いをさせていただいていた日本人の方のピアノリサイタルが昨日、無事終わった。大きく広報をしなかったので 集客が心配されたが、240名定員のホールに空席を見つけるのが難しいぐらいのお客様にお越しいただいた。 たくさんの観客はアーティストを育てる。暖かい拍手は大きな励みになるし、するどい目と耳はきびしい評価を下して くる。ふと、日本語教育の現場と似ているなと思った。たくさんの学生は優れた教師を育てる。もしかしたら、 人間のする仕事のその多くが、誰かのためにしていながら、結局その誰かに技術を高めてもらっているのかもしれない。 初めてのリサイタルで第1歩を踏み出したその方の終わったときの表情に、確かな自信とこれまで以上の 情熱を見た気がした。


6月3日(金)
ときどき、大学生の日本語学習者から卒論のアドバイスを依頼される。テーマは何がいいかとか、なにかいい 参考文献はないかとか…。今日は一昨年のスピーチコンテストの出場者ティアさんが、日本人の方に アンケートをお願いしたいと言ってきた。たしかに、日本人にアンケートをお願いする場所として、JCCは最適かもしれない。 JCCがこんなふうに、日本人とインドネシア人の総合理解や交流に役立てていただけることを本当にうれしく思う。


6月2日(木)
一昨日、とても懐かしい方からお電話が。13年前、私が東京にある日本語学校のジャカルタ校に派遣されたとき、 先輩だったT先生。後任の私が来てすぐにインドネシア人の方とご結婚され、ご主人のお仕事の関係で日本、 シンガポール、ドイツと居を移され、やっと古巣インドネシアに戻られたと言う。ジャパンクラブの会報で私の名前を 見つけてご連絡くださったのだ。「住所からすると自宅から近いみたいなんですよ、JCCは」とおっしゃるので、 いつでもいらしてください! とお誘いしたら、2時間後に「歩いて3分だった〜」と懐かしい笑顔で訪ねてくださった。 そのかたわらには11歳と9歳になるお子さんが。 わー、さすが12年たったんだね〜と大騒ぎしているところに、スワンシー先生登場。そして、「えー、T先生!?  名前、覚えてますぅ」。それもそのはず、スワンシー先生は12年前、まだ高校生で、件の学校で日本語を勉強して いた。今は結婚適齢期を迎えた30歳の語学教師。わー、さすが12年たったんだね〜の大騒ぎに ますます拍車がかり、にぎやかなひとときを過ごした。


6月1日(水)
昼ちょっと前に突然の停電。なにもできなくなった暇を利用して、山のようにファイルの積まれた机の上を片付けて いたら、封筒に入ったお金が出てきた。2月にレストランに行ったときのおつりのようである。出てきた65,000ルピアは、 日本円にして700円ぐらいだが、数字以上に気分を明るくしてくれた。片付けは三文の得。