nissi-9


平成15年
校長のJCC日誌
9月



校長の甲斐切です。 どうぞよろしく。

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9月30日(火)

今日で9月が終わる。とても長く、中身の濃い1ヶ月だった。自分の誕生日に始まり、フリーマーケット、 親友の来日、友人の3日間に渡る結婚式、日本からの来客、バリでの卒業式、インドネシア語技能検定受付の 準備…。3日の誕生日など半年前のように感じる。おまけに5人の日本からのお客様をご案内しているときに、なんと、 スリに遭ってしまった。いや、カバンをざっくり切られたのだからスリとは言えまい。 20センチも開いたその切れ目から賊はみごとに財布だけを抜いていった。 まぬけな私は、2時間近くもあとにその被害に気づき、 お客様に悟られないように大急ぎでスタッフに電話し、カードの差し止めなどの作業をおおわらわで行なった。 ジャカルタに暮らして11年。5年前、スピーチコンテストのときに一瞬席を離れた隙にカバンを持って行かれたの と合わせると、通算2回目の被害は、いったいここジャカルタでは多い方なのか、少ない方なのか。ま、それもこれも 勉強代ということで。

9月29日(月)

「顔は人のためにある」という話を聞いた。確かに自分の顔を自分でながめるのは、時間にすると 日に30分もないかもしれない。だが、学校のスタッフは四六時中私の顔を見ている。いい顔をみんなに見てもらいたい のに、今日も、叱る怒るの連続。気がついたら、最近、口がへの字に曲がってきているではないか。 これではいけないと机の上に鏡を置いた。神様と両親から授かった顔を大切に使うために、もっと真剣に自分の 顔と向き合おう。

9月18日(木)

15年来のつきあいになるバリ島ウブドゥの宿の長男が、大学の卒業式を迎えるので、週末にバリへ行く。 2つ年下の長女は去年の9月に看護学校を卒業、長男はややあせってはいたようだが、やっとの卒業である。 家の中心だったお母さんが5年前に亡くなり、なんとなくその家族のもとに行くと母親になったような気持ちになる。 子どもを持たない私にとっては、とても心温まる場所だ。末っ子は今、中学2年。彼が大学を卒業したら、今度は 長男や長女の結婚式となるはず。行く度に重なる出費が痛くも痒くも感じないのは、やはりかわいさゆえだろうか。

9月16日(火)

1週間、日記を怠ってしまった。2つの原稿の締め切りに追われた先週前半、最も親しいインドネシア人の 親友の結婚式で3日間も使った週後半、そして日本からのお客様のご案内に明け暮れた 週末。パソコン自体に向き合う時間もほとんどなかった。
日本からのお客様は友人3人とそのお嬢さんたち。 その友人3人は私の尊敬する年配の女性たちだ。豊富な知識で貴重なお話を聞かせてくださる元アナウンサーの STさん。人を和ませる穏やかな笑顔が魅力の現役アナウンサーのSSさん。そして、15年前、東京のインドネシア語 クラスで知り合って以来の飲み友達、IMさん。みんないきいきと楽しく積極的にジャカルタに接してくださった。素敵な年上の友人が いると、年を重ねることが怖くなくなる。

9月9日(火)

8回目を迎えたJCCフリーマーケットが先週の土曜日に無事に終わった。いつも思うのだが、このフリーマーケットと いうのはちょいとくせもので、家にある眠っているものを整理できると思いきや、売上げた以上に買ってしまうと いう落とし穴がある。まぁ、それは落とし穴というよりこのイベントの魅力であろう。人と話すこと、面白いものに出会うこと、 そんなことすべてが楽しくて、ついつい。ちなみに私の今回の成績、売上Rp.56,500、散財Rp.12,000。つい、手が 伸びそうになる誘惑と戦って、なんとかマイナスにはならなかった。ほっ。

9月5日(金)

学生が、英語から日本語へ翻訳ソフトで訳したレポートをチェックしてくれと持ってきた。要点第一の直訳は とても上司へ提出できる代物ではなく、一からやりなおし。「ソフト、8万円も出して買ったのに〜」と嘆く学生。言語に 関しては、やはり機械は人間に勝てないのさ。はっはっは。

9月4日(木)

4、5年前、日本語を勉強していた学生がひょっこりやってきた。こういうことは珍しいことではない。 当時、毎日ジーンズ姿で来ていた彼は、ひ弱な大学生という感じだったのに、仕立てのいいスーツに身を包み、 仕事の依頼にやってきた。まぶしいくらいに頼もしい。でも、「せんせー、覚えていますか〜」と、向こうが相好を崩した ときに、やはり一番うれしさを感じた。その、感情の表れた表情こそが、愛すべき学生の記憶となっているから。

9月3日(水)

誕生日を迎えた。今朝は早起きして髪染めをして、46歳の第1日目をびしっと決めた。たぶん、年に見られたくないと いう意識が働いて、そういう行為をとってしまったわけですね。ムダな努力も、しないよりはマシ。動くだけで運動している ことになるのだから。さー、あと20年ばかり現役でがんばるぞ〜

9月2日(火)

明日は私の誕生日である。9月3日という日にちは、なんとなくシャープで、大人のイメージが漂っていて、でもって すこし男ぽくって、アウトサイダーな感じ(どこが?)もして、けっこう気に入っているので忘れないのだが、 どうも最近、年齢のほうがすんなり出てこない。これは、年寄りが、「今年何歳かって? そんなこと、知っちゃいねぇ」と いうのとたぶん同じ現象だ。日々のなかで年齢を記入したり言ったり祝ってもらったりすることがなくなり、年間を通じて自分の 年齢を確認することが少なくなったことによる忘却であろう。はっはっは、私って、要するに、「自分の年齢を忘れる のは老化によるボケ」って言われたくないだけでしょうか〜。

9月1日(月)

昨日の日曜日、ひさしぶりに1日中家にいた。来週客人が来るので客間の掃除をしたいが、お手伝いさんが いると、「そこはもう掃除した」とか、「あとでやる」とか、「なんでそんなところまで」とか、いちいちうるさいので、 お手伝いさんが買い物に出たすきに、自ら客間の掃除をする。これはどう考えたっておかしい。でも、そんな 日本人の方々がここジャカルタにはいっぱいいらっしゃる。やっぱり日本人って、使用人を使う民族にはできてないってこと?