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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 


日本語教師七転八倒物語
120回

(2010年7月19日更新)

2010年 1月& 2月



著者:甲斐切清子
 

どうしたことか、西暦はすでに2010年になっている。たしか日本語教師七転八倒物語を最後に書いたのは2009年の6月だったはず。ということは、半年ぶりの原稿である。このコーナーはすでに終了してしまったとか、甲斐切ついに本帰国となったか! と思った方もいらっしゃるかもしれない。まあ、(いち)日本語教師の泣き言をみなさんがそれほど真剣に読んでくださるとは思えないし、ましてや、(いち)日本語教師の動向など、どなたも興味はないと思うが、もしほんのちょっとでも気にしてくださった方がいらっしゃったなら、ありがとうございます。昨年の8月からこっち、わけあって日本に長期滞在、ほとんどジャカルタにはおりませんでした。隔月発行である「ブリタジャカルタ」で、1回お休みすれば4か月も皆様とお会いできなくなるという状況下、「継続は力なり」をモットーに書き続けていきたいと思っておりますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします!!

 

さて、前述の通り、日本に長くいたおかげで、久しぶりに日本の四季の移り変わりを満喫した。8月と9月の暑さの違いとか、9月が10月になるときは夏に心残りはするものの、夏の楽しさに負けないほどの秋の美しさに、心が豊かになっていくこと。そして10月から11月は、毎朝の気温の変化に驚いている暇もなくあっという間に街が冬に変わっていくこと。この数カ月を故郷広島で過ごした私は、マンションの6階から見える小高い山にその風景を堪能した。実は今年の3月にも一時帰国をする予定があって、15年ぶりに日本の春を目にすることになる。たぶんこんなことはもうないであろう。日本語学習者からの、「先生、桜ってどんな花? 花見ってなにをするの」という質問に、しっかりと語れるように日本の春を目に焼きつけてきたい。

ところで、実質4か月にもわたる日本滞在で、日々雑事に追われ過ごしていた私だが、実はある一つの問題に頭を悩ませていた。それは、パソコンのおかげで海外のどこにいても仕事ができる便利な世の中で、誰でも遭遇するおそれのある最も危険なケースに、私が見舞われていたからである。話は帰国前の8月までさかのぼる。

 

…そんなバカな…なに、これ。ああ、そうだわ。これは幻なんだわ。それとも疲れによる錯覚? あるいは私は今、悪い夢でも見ているのかしら…、そうよ、きっとそうよ…。

8月のある日の昼下がり、私はマイフラッシュメモリを右手の親指と人差し指でつまみ、それを窓からこぼれる日差しに透かしながら、うすぼんやりとした表情で呟いていた。

今朝からまったく開けないフラッシュメモリは、そういえば一週間ぐらい前から挙動不審であった。PCに差し込んでも、PC側が「フラッシュメモリが入ってないよぉー」と主張したり、「読み込めませぇ~ん」などと知らせてきたり、厄介な状態が頻繁に起きていた。だが、「このフラッシュメモリはもしかしたら危ないかも」とは思いつつ、それを異常事態と判断しなかったのは、たいていが差し込み直すと改善されたからである。そして、十年に一度あるかないかという殺人的忙しさの中で、データの引越しとか、念のために他の媒体にも二重に入れておこうなどという余裕がなかったというのが、なにより大きな理由であった。

とにもかくにも、私のフラッシュメモリ2009年度版は7月の中旬、餅を食べさせてもらえなくて不機嫌になってしまったお年寄りのように、堅く口を閉じ一切を語らなくなってしまった。シャープでエレガントな印象が気に入って買った真っ白なマイフラッシュメモリは、そのとき、4ギガほぼ満杯にデータが詰まっていた。そのデータがまったく開けないということは、私の脳みそ1250グラムがすっかりフリーズしてしまったに等しい。

ほんとに!最初はちょっと調子が悪いのね、なんてたかをくくっていたのだが、差し替えても、パソコンを変えても、時間をおいても、ぜんぜん反応がない。息を吹きかけてみるとか、両手で温めてみるとか、ぶんぶん振り回してみるとか、ありとあらゆる荒療治を試みたが、まったく治癒する気配がない。

数日後、専門の業者にみてもらったら、彼(フラッシュメモリのことです)はすでに瀕死の重傷であることが判明。聞けば、マンガドゥアにそれを復活させてくれる業者がいるという。私は思わずガッツポーズをした。よし、入院だ、入院! 緊急入院! 金に糸目はつけないぞー!!! しかし、その費用は2,000,000ルピア(日本円で約2万円)という。フラッシュメモリよりこっちのほうが先に絶命しそうになったが、ついさっき金に糸目はつけないって言ったじゃないですか~とでも言いたげなスタッフの目が気になり、とにかくこの半年間の、記憶・記録・企画が戻ってくるなら、学習代だと思うことにして大手術を頼んだ。

 

そしてディスクに姿を変え戻ってきた私の脳みそ。データはほとんど救出されていたが、愕然としたのが、データのタイトルがすべて変わってしまっているのだ。「JCC教務関係」とか「2009年イベント写真」とか「七転八倒物語原稿」とか命名されたフォルダは完璧に姿を消し、ファイル名はdoc(680)とか、xls(309)とかに変わっている。たぶん、ワードのドキュメントが680あって、エクセルが309あるんだな、とここまでは察しがつく。だがこれはなんだ? good(4480)?? small good(3287)??? 完治したデータが4480、やや良好で要自宅療養ぐらいなのが3287あるという意味か。

はたしてそれを開いてみると、10000件近くあるデータのタイトルすべてが、0x1e7a4000x1d1364000x1c4c7400などというわけのわからない数字に姿を変えている。私は数日前の歓喜をすっかり忘れ、迫りくる現実に恐怖していた。

これって、全部開いては中身を確認していかなければならないの? そしてそれにひとつひとつタイトルをつけていかなければないの? 私のデータのタイトルは「修学旅行」とか、「誕生日パーティー」とかとは異なり、「ジャカルタおもしろツアー/バス中ゲーム関連」とか、「2008年度日本語能力試験模擬テスト・3級」とか、ややこしいのがいっぱいある。そして新たにフォルダを作りなおして、すべてのデータを整理していかなければならないのだ。考えただけで、「うんざり」を超えて「がっくり」である。

しかも! である。10月に大きなイベントを控えた私は、その中に早急に必要なデータが山ほどあった。企画書、予算一覧、担当スタッフ名簿、スケジュール表、パンフレット、ポスター、会場見取り図などなど…。それらがいったいこの玉石混合となった10000件のデータのどこに埋まっているのか。ほかにも仕上げなければならない仕事や、着手しなければならないことがたくさんあるのに、発掘作業だけでどんどん時間が過ぎていくなんて…。そのうえ私ときたら、データを開けるたびに、「あ~、懐かしい、これ2年前のスタッフ旅行の写真だ~」とか、「そうそう、このイベント、予算ぎりぎりだったんだよね…」とか、「このポスター、我ながらよく出来てる❤」とか、思い出にどっぷり浸ってしまって作業が進まないったらありゃしない。

昨年のこの出来事を深く反省した私は、次回からはバックアップを絶対とっておくことを2010年の初日の出に誓った。


―つづく


 


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