Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           
 
2003年3月正式公開より
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日本語教師七転八倒物語

第100回記念・特別編
後編

2006年 11月



著者:甲斐切清子

 

 

お盆の帰省時、香港トランジットを楽しみに乗ったキャセイが台風の真っ只中に! 乗客の恐怖心をあおるように、機は3度着陸を試み、結局着陸を断念、マニラに緊急避難。だがしかし、機内でもマニラ空港でも、姿どころかわずかの気配さえ見せないキャセイのやり方に不満を越えて怒りさえ感じ始めたそのとき、私は重大な事実に気付き電話へと向かった!

不幸ネタを待ち望む罰当たりな私に、天から下った今世紀最大のパニック、「ジャカルタ−成田の帰国便、アジアの空を3日間たらいまわし編」。第100回記念にふさわしい恐るべきスピードと量で今回は5ページ。いったい私に平安のときは来るのか!? 後編に突入します。

 

キャセイが用意した4ツ星ホテルに入ったとたん、私はあることを思い出した。そうだ、ホテルにキャンセルの電話をしなきゃ! 今日の成田着は予定では到着が夜10時近くだったので、成田のホテルを予約しておいたのである。ベッドわきに座って電話を取る。ツーツー、カチャ。

「はい、成田○○ホテルでございます」

「あ、本日宿泊予定の甲斐切ですが、事情があって今日中に日本に着けないことになりました。すみません」

「は? ですが甲斐切様、お連れ様はすでにご到着されてお部屋に入っていらっしゃいますが…」

連れ? 私に連れなんかいたっけ?? 身に覚えがないが、一瞬考えてわかった。あ! 桂子だ!! 

実は半年ほど前、ひょんなことから中学時代の友人と連絡が取れた。千葉に住んでいるということで、今度私が成田に着いたときにホテルに一緒にステイして、30年分の話をしようかという話になっていたのだが、結局確定の返事が来ないまま見送ったような形になっていた。もしかしたら、いや、絶対桂子だ! と確信しつつ、部屋につないでもらった。思ったとおり、うれしそうな桂子の声が聞こえてきた。

「あ、清子! 成田に着いた? 結局私、来ちゃったよ、ふふ」

「桂子、あの、その、実はね、私ね、今マニラ」

「うん、成田ね?」

そういや「マニラ」と「成田」は母音が同じだ。国際電話の不明瞭な音声では、「マニラ」が「ナリタ」に聞こえるのだろう。

「いや、成田じゃなくて、マ・ニ・ラ。台風で香港に降りられなくて、マニラに連れてこられたの」

「え? なに、で、今日は来られないの!?」

行けるわけがない。私を驚かせようとしていた彼女自身に、仰天のサプライズが用意されていたのだ。独身に戻ってホテルステイを楽しんで、とか、そのホテルのモーニングビュッフェは有名だから堪能してとか、思い浮かぶ限りの慰めやら詫びの言葉を並べたが、彼女の落胆振りは目に見えるようであった。

バスルームに入る。洗剤がないので、シャンプーでパンツを洗って、バスルームの換気扇近くに吊るす。いやだな、バスローブの寝巻きにパンツなしじゃ、夜中の乱れ具合は想像に難くない(みなさんは想像しないでください)。しかも相部屋なので、貴重品の腹巻である。そして、なにより明日の予定が何もわからないのである。置いていかれると困るから、とにかく早く起きようと、携帯電話のアラームを6:00にセットして床に就いたときには、日付はすでに4日になっていた。

 

【第2日目】8月4日(金)

ぜんぜんさわやかではない朝を迎えた。あの、ハイテンションだったジャカルタ出発の朝が、たった24時間前のこととは思えない。6時に起きてシャワーを浴び、換気扇の風で乾かしたパンツをはく。シャツは2日目だ。普段、シャツは2日続けて着ない私にとって、これはつらい。つらいけど、ほかに方法がない。その姿でレストランへ行く。

レストランは意外に混乱してはいなかったが、みんなが「ね、なんか情報あった?」とか「ね、なんか知らせ入った?」と尋ねあっている。だが誰もが首を振る。キャセイめ、私らを難民にしようというのだな、といよいよ不安になりかけた8時ごろ、ようやく情報が入ってきた。9時にロビー集合、具体的である。その具体的な数字が私たちを歓喜させた。9時ロビー集合ということは、9:15にはバスが着て、私たちを15分で空港まで連れて行ってくれるのだな。通常、空港着は離陸2時間前だから、11:00には飛行機が出て、13:00には香港に着くのだな。そして本来乗る予定だったタイムスケジュールの16:00の成田行きに乗れるのだな、よくやった、キャセイ! と、誰もが思ったに違いない。しかし、現実は厳しかった。

 

ホテルから出たバスは無事、空港に着いた。だが、着いたところにいた旗を持った案内の女性は、バスから人が2、3人出てきたとたんにすたすたと歩きだし、中ごろの私たちが出てきたときには、すでにその旗は影も形もなくなっていた。まるで床に落ちている氷砂糖を目指して歩いていたアリたちが、氷砂糖を取り上げられたとたんに右往左往し始めるように、バス一台分の難民が、それでなくても集結した昨日の乗客であふれかえる空港内に、散り散りになっていった。

考えてみていただきたい。私たちは、パスポートにフィリピンの入国スタンプが押されてない不法入国者である。そんな人間が、係員なしでどうして搭乗手続きを受け付けてもらえよう。持っているのは、ぼろぼろになったジャカルタ―香港キャセイ便の搭乗券半券だけである。空港職員と思しき人を捕まえて尋ねても、適当なことを言ってそそくさと行ってしまう。もうこうなったらやみくもに走るしかない。走っていれば同じ機の人にぶち当たるだろう。さすがに昨日から今日にかけて長時間を一緒に過ごしていると、人を覚える。いや、人を覚えるというより、幸か不幸かみんな昨日の服を着たままなので、その服が目印になるのだ。そして、途中ではぐれていた昨晩のルームメイトと再会し、ついに搭乗待合室に。

搭乗待合室! なんという素敵な響き。搭乗を待つ部屋なのだ、ここは。ということは、私たちは搭乗できる人々なのだ。時計を見れば10:00すぎたあたり。やはり11:00に飛ぶんだ〜とあまりの幸せにじぃ〜んときたのは、ほんのつかの間だった。10:30、11:00、11:30…時間は30分単位で過ぎていく。そのころになると私はひとつの大きな心配事で頭がいっぱいになっていた。実は、明日5日午後1時から、JCC日本語教師採用試験を東京で実施することになっているのだ。私はその責任者である。よもや明日の面接に間に合わないようなことになったら、沖縄や福岡からおいでになる方々はいったいどうなるのだ。面接中止の電話をすればいいのだろうが、面接を受けにおいでになる方々の書類一式を入れたスーツケースは、飛行機の中で深く静かに眠っている。とにかく、香港よ! 香港から這ってでも今日中に日本に着いてやる! と、ランランと光る私の目に突然パンと飲み物が入ってきた。のんきなインドネシア人は、「やった、ラッキー!」と喜んだが、私はそれを見て、「げっ」と思った。ここで食べ物が支給されるということは、まだ時間がかかるということではないか。失望する私の気持ちをあざ笑うかのように、「キャセイ718便は、12:20出発です」とのアナウンスがあった。

私は考えた。12:20分発ということは14:30分には着く。まぁ、それなら16:00のフライトに間に合うはずだ。「ボレボレッ」となぜかインドネシア語でつぶやいた私だったが、12:20になってもゲートは開かない。40分、50分、そして13:10、やっと搭乗開始。この苦行、まだまだ先はわからんぞとシートに座った私の予測は正しかった。飛行機が離陸したのは2時間後の15:00であった。…もう計算しても無駄だ。15:00にマニラを出た飛行機が、香港16:00発の成田行きに間に合うわけがない。だがそれでも私の頭は、一縷の望みを捨てない。よくあるではないか、飛行機は乗り継ぎ便が遅れると待ってくれたりするとか。だって昨日の大きな大きな悲劇をキャセイはどうにかしてフォローしてくれるはずで、1時間ほど遅れて到着するこの便を、成田行きが待っていてくれることは大いにありではないか。

機内ではさすがに私はもう、ビデオを見ることも、文庫「4日間の奇蹟」を開くこともなかった。それにしてもキャセイ、ふざけた航空会社だ。ここに来てもなお説明のひとつもない。私らはこれから香港に着いてどうなるのか。説明のひとつもありそうなものではないか。機は、そんな乗客たちのどんよりと重い気分を乗せたまま、ひたすら香港に向かって飛ぶのであった。

 

16:30に着いた香港国際空港は、ハリウッド映画ばりの大パニックの真最中であった。なにしろ昨日降りられなくてよそに行っちまった飛行機が大挙をなして飛んで来ているわけだから、本日の香港国際空港には通常の2倍の飛行機と乗客がいる勘定になる。

 飛行機から構内に続く蛇腹通路を出たところで、(たった)一人の空港職員が乗り継ぎ便の案内を知らせていた。すでに、20人ぐらいの人がその職員を囲んでいて、ニューヨーク行きは○番ゲートとか、ロンドン行き○番ゲートという職員の声を合図に走り出している。いつもならば英語コンプレックスの私は一番最後に控えめに発言するのだが、今回だけは遠慮したりへらへら笑っている場合ではない。世界に轟くインターナショナルエアポート「Narita」の名前を絶叫した。さすが成田の名前は明瞭かつ説得力があるらしい。すぐに「Naritagate8!」という声が戻ってきた。よっしゃキャセイ、さすが香港に着いたとたんにきっちりした対応をしてきたね。8番ゲートへ行けば成田行きが待っていてくれるのだね。これで私は今日中に成田に帰れるのだね。そう復唱しながら私は全速力で走り出した。

ところが、予想だにしなかった大きな敵が私を待っていた。それは巨大なマンモス空港に変貌した香港国際空港である。なにせゲートが71もあり、しかもゲートとゲートの間が軽く50〜100メートルある。ということは、10ヶ所先のゲートに行くまで500メートル以上走らなければならないということだ。昨日からの疲れで、ただ単に歩くのでさえつらいのに、目指す8番ゲートは1階下の階のま反対の方角にある。動く歩道を使えばいいではないか、と思ったあなたは香港国際空港に行ったことがありませんね。ここ香港国際空港の動く歩道のトロさときたら、ハンパじゃないのだ。

9月3日の帰路の折、時間で計ってみたら、ここの動く歩道、50メートルの距離をなんと90秒もかかっていた。真横を試しに徒歩で歩いてみたら、たったの30秒だった。

それでも、この先には成田が待っているのだ! と思い、全速力で走り着いた8番ゲート。そこには意外にも混乱はなかった。おめでたい私はそれを見て「混んでないじゃん、座席はあるのね〜」と喜んだ。にんまり笑って、「成田行きね」と、香港の空港職員に告げる。すると職員のお姉さんは一声、「あら! 成田行きは61番よ、急いで!」と叫ぶ。一瞬くらっときたが、時間がないので失神するわけにはいかない。もう一度大きく息を吸って自分に号令をかける。再び階を上がり動く歩道の上を全速力で走っていく。そしてやっと見えた61番、着いた〜と見上げた掲示板には、エアーインディア・バングラデッシュ行き。

「ちょっと! ここ成田行きのはずだけど」と伝えると、空港のお姉さんは、「成田なら65番じゃない?」。

65番へ向かう。65番が見えてきた。ゲートは閉まり、係員など一人もいない。だが、時間がないので失望しているわけにはいかない。空港職員を片っ端からつかまえ私の持ちうる限りの英語で尋ねる。すると、ある職員が22番ゲートに行けという。またかよと思いながらも、わらにもすがる思いで22番へ。もちろんその間700メートルから800メートルである。だが案の定22番には成田の「な」の字もない。だが、ふと周りを見渡すと、壁の張り紙に向かってワーワーと叫んでいる人だかりが目に入った。すぐにそこに向かい、背伸びをして覗き込むと、そこにはそれぞれの乗り継ぎ便のゲートが明記してあった。これよ、これ、私が待っていたのは!! まるで合格発表を見に来た受験生のように、「Tokyo」の字を探す。TokyoTokyoTokyo…あった!! よしっとひとまずガッツポーズ。そして視線を矢印の先にもって行くと、そこにはなんと、ゲート8と書いてあった。8番!? 8番だとっ!? 8番ならさっき行ったわい。そこを始発にここまで転々とゲートを回されてきて、振り出しが実はゴールだったと、今ここで、すでにバッテリーゼロになった私に言うのか、キャセイ! この22番からまたあの8番に長距離走を続けよというのかぁぁぁぁぁぁぁーーー! と怒っている場合ではない。時間がないのだ。とにかく今は走らねばならない。

恥もエチケットもマナーも捨て、空港内を突っ走る。もしかしたら成田行きが私を待っているかもしれない、もしかしたら滑り込みセーフかもしれない、もしかしたらタッチの差で飛行機が離陸してしまうかもしれない…。私の頭の中には、希望と絶望とが交互に浮かんでは消え、湧き出るアドレナリンに拍車をかけていた。

 

そして、たどり着いた8番ゲートは、不気味に静かだった。カウンターに2人の職員がいて、コンピュータのキーボードを叩いている。そのカウンター越しには7、8人の問い合わせ客らしき人が一同に沈痛な面持ちで並んでいる。日本人と思しき人も見える。ふといやな予感が頭をかすめたが、その予感を振り払うようにかぶりを振って、「成田行きはここでしょ!」と叫んだ。すると職員は性懲りもなく、「あら、成田行きは61番よ」。この期に及んでこんなことを繰り返す彼女らに怒りがわいてくるのと、やはりここではないというショックとが私を打ちのめす。押し問答を繰り返しているうちに、やはり「成田行きフライトはない」という確信に至ってきた。よく見てみれば、並んでいる人たちは、振り替えの明日のチケット発券と、ホテルバウチャーを出してもらっている。7、8名ならすぐに回ってくると思った順番も、一人たっぷり20〜30分がかり。私が香港空港に隣接した5ツ星ホテルの部屋に入ったのはその日の夜9時近くであった。

結局、手にした成田行きは明日8月5日の午前9:10香港発、14:00成田着。明日13:00から高円寺で行なわれる面接に、どう逆立ちしたって間に合うわけがない。仕方がないので、面接会場に電話して、明日いらっしゃったみなさんにお詫びしたうえで、5時まで待っていただくようにお願いした。14:00に成田に着けば、14:20には飛行機から出て、すばやくスーツケースを受け取り、15:00ごろの成田エキスプレスかスカイライナーに乗り、5時に高円寺着だ!

問題は服である。面接に際しては、成田で受け取ったスーツケースの中から適当に取り出して、トイレで着替えればいい。でも、明日起きてからの半日、さすがに3日連続のシャツは着たくない。かといって、ホテルのクリーニングサービスは早朝出発に間に合わないし、自分で洗って乾かなかったら、それこそたいへん…という不安も、汗だくのシャツをもうこれ以上着たくないという気持ちには勝てなかった。

私は5ツ星ホテルで、昨日に引き続き、シャンプーでパンツを洗い、シャツも洗った。シャツは換気扇の風だけでは乾かないかもしれないと思い、バスルームにあったドライヤーで乾かした。そして、ふたたびバスローブ姿で寝た。昨晩に比べてましだったのは、シングルステイだったので貴重品をおなかに巻いて寝なくてよかったことと、確実に日本に帰れるという安堵の気持ちで床に就けたことであった。


【第3日目】8月5日(土)

香港の空はまだどんよりとした雲を抱えたままだった。だが、雨や風はない。台風は去ったようだ。昨晩テレビを見ていたら、香港の気象庁の人間が、「本当は台風の最大レベル“8”だったのを、“3”と発表してしまった」と謝罪会見をしていた。いったいどうやったらレベル8をレベル3に間違うことができるのだろう。

一夜明けた空港は、かなり落ち着きを取り戻していた。「燃料費やホテル代や補償問題でキャセイはつぶれるんじゃないか」などという会話も聞こえてくる。

一昨日、マニラに避難することが決まったとき私は、どうせなら成田に飛んでくれりゃいいのにと思ったが、あの日、成田から香港経由でバンコクに行く予定だったある日本人は、避難先がバンコクで、ラッキー! と喜んだが、ところがどっこい、私たちと同じように翌日いったん香港に戻されて宿泊させられて、改めてバンコクに向かうのだという。

みながみな、いろいろなエピソードをみやげに本来行くべきところに向かっていった。昨日、8番ゲートで気の遠くなるような押し問答をしていたときに、私はふと、このまま日本へ帰ることができないのではと思った。もちろん永久に帰れないとは思わなかったが、もしかしたら1週間ぐらい飛行機の空きがなくて帰れないかもしれないと本気で心配になった。それも今となっては、思い出である。というより、この辺から私は、「七転八倒100回記念、これいただき」と、いつもの調子に戻ってきていた。

 

そんな前向きな私を、神様はどれだけいたぶれば気がすむのだろう。最後に思ってもみなかったおまけがついた。

14:30、成田着。予定より30分遅れではあるが、こんなもん、すでに40時間遅れているのだから問題ではない。とにかく全速力で走りだす。パスポートチェック、もちろん常日頃まじめに生きている日本人、引っかかるわけがあるはずもない。「よろしくお願いしまぁす。ありがとうございましたぁ」で通過。階段を下りて荷物受け取りエリアに行く。荷物を受け取ったら、すぐに面接会場に電話して、トイレで着替えて、え、と、と? はやる私の気持ちとはうらはらに、私のスーツケースは一向に現れる気配がない。気がつくとターンテーブルにはもう荷物はなくなってきている。見ると、香港で同じ便に振り替えた3人の日本人も呆然と立ち尽くしている。

そこへ制服姿の空港職員がさわやかに登場して、立ち尽くす私たちにおもむろに宣言した。

「すみません、ロストバゲージ(荷物紛失)ですね! こちらでお手続きをどうぞ」


ロストバゲージの手続きに小1時間を要し、私は結局高円寺にたどり着ける可能性をなくした。

スーツケースが滞在先のホテルに届いたのは、翌8月6日深夜23:00であった。私は、到着日夕方行なった面接も、翌日お昼に行った仕事先への挨拶も、連続着用のシャツで出かけた。

最後に、二度と乗らないと誓ったキャセイに、これだけは言いたい。

おいこらキャセイ! 余分に飛んだ分、マイルポイント、きっちりつけろよ〜〜〜!!!

         ―つづく


          

 
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