Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           
 
2003年3月正式公開より
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日本語教師七転八倒物語
102回


2007年 2月



著者:甲斐切清子
 

 
 年の初めから家と学校の電気製品が次々と壊れた。日本ではテレビも冷蔵庫も洗濯機も、何十年使おうがなかなか壊れることはない。だから新製品が発売されても、今あるのが壊れてもないのに新たに買うのはもったいないと、延々と旧式のものを使う日本人は多いはずだ。


 私の姉を例にとって話そう。それは20年も前、私が新婚生活に備えて必要な家電製品を買っていたときのことである。その購入リストの中にアイロンがあった。おりしも、コードレスアイロンが発売されたばかりだった。やっと1社が発表したばかりのころで、けして安いものではなかった。生来倹約家の私は、当然そんな新製品には見向きもせず、コードでしっかりつながれたアイロンを買った。それを知った姉は、地団太を踏んで口惜しがった。

「なんでコードレス買わんかったんね〜〜〜!!!」


  お姉さんちのアイロンじゃないんだからいいじゃないの、ほっといてよ! と私は思ったが、姉の口惜しさのもとは自分が買えないことであった。むろん、姉に1万、2万のお金が用意できないわけではない。家業で忙しい姉は、もともと、便利な家電製品が発売されればすぐにでも飛びつく人なのだ。だが姉の家には、姉が結婚したときに買ったアイロンがまだまだ健在であった。スイッチ、問題なし。コード、しっかりしている。すべり、快調。そんな非の打ち所のないアイロンを、尻尾がついていて邪魔だから…なんて理由で、どうして捨てられるだろう。ゆえに姉は、コードレスアイロンがほしくてたまらないのに買えないでいたのだ。たぶん姉は、自分が買えないので、せめて私に買わせたかったのだろう。もしかしたら、私にコードレスアイロンを買わせて、あわよくば交換しようなどということを企んでいたのかもしれない。


  続いて私の実家の例で見てみよう。

私の広島の実家には2年前まで、親戚が置き場所がないからと持ってきた洗濯機があった。これがなんとも中途半端な洗濯機であった。見た目は二槽式。だが自動なのである。通常の二槽式洗濯機は、洗濯槽がすすぎを終えたら、水を自分で止めなければならない。ところがその二槽式洗濯機は、水が自動制御されていて自動的に止まるようになっていた。だがそのあとの脱水槽に移し変えるプロセスは、二槽式のそれとまったく同じ。全自動洗濯機ならぬ半自動洗濯機なのであった。

25年ほど前、これが最初にやってきたころはうれしかった。まだまだ全自動洗濯機が一般に広まっていなかったころだったので、古い二槽式洗濯機に比べ、その便利さに驚喜したものである。だがそれもすでに昔のこととなった。日本では今や全自動洗濯機はあたりまえ。なのにうちではまだ、冬の冷たい水の中に手を突っ込んで洗濯物の取り出しをしている。

考えてみれば、全自動洗濯機も出始めに比べるとぐんと安くなった。3〜4万円で買えるのだから、とっとと買えばいいものを、母はおろか私も姉も、「この半自動洗濯機がまだ動くしねぇ」と思いあぐねて買い換えそびれていたら、折悪しく数年前に、大型ごみは捨てるときにお金を払わなければならないという決まりができた。そのときに私が実家に住んでいれば、きっぱり決断して法律が定められる前にその半自動洗濯機をごみに出し、ぴんぴかの全自動洗濯機を買っていたかもしれないのに、遠い外国(インドネシアです)にいたため、みごとにその期を逸したのである。そしてついに今から2年前、その半自動洗濯機は、全自動洗濯機を迎えるために現役バリバリにして廃棄処分に出されたのであった。合掌。




  さて、それに比べて、である。インドネシアの電気製品の短命はセミのごとくである。買ったときにすでに壊れかけているものはこの際、省くとして、私の実感として3年がいいところである。特に学校でよく使う電話機、テープデッキ、エアコンの類。確かに多くの人の手で使われると電気製品も寿命が短くなるといわれるが、限られた人間しか使わない私の家でも、玄関ベルとか、扇風機とか、ランプとか、そういったものもあっという間に調子が悪くなる。


  年末の帰国を終えて戻ってきた日の夜である。シャワールームに入って蛇口をひねったとたん、異変に気付いた。水がちょろちょろとしか出てこないのである。おかしい! よもや水圧を強めるための機械が壊れたのではあるまいな! 私の家は、水タンクの設置位置が低いせいか水圧が弱く、2階のシャワーにいたってはそぼ降る雨ぐらいにしか出てこない。そこで去年の11月に50万ルピアも出して、水圧を強める機械をつけてもらったばかりである。なのにもう? すでにこうか、インドネシア!!

 …と、私がちょろちょろそぼ降るシャワーに身を清めながら怒りを増幅している姿は、なるべく想像していただかないことにして、なにしろ、7時間飛行機に乗って戻ってきたばかりである。そのときの私の胸中は、「うーむ、日本から帰ったばかりの人間に、このスイッチの切り替えはきついぜ」だったり、「あ〜あ、またこれらと戦わねばならぬのか」だったり、「よっーしゃ、どっからでもかかってこい、今年もやったるで〜!!」だったりするのだが、結構その問題に関しての原因とか、解決策も冷静に考えていたりする。なにせ、自分で生きるすべを模索・追及していかなければ暮らしていけないのが、ここインドネシアだ。原因究明や問題解決を誰かに任せていたのでは、明日が見えてこない。その、明日のシャワーを確実に快適なものにするには、学校の設備機器のサービスをいつもお願いしているBapak Jonに訊いてみるしかないなぁ…などと考えていたら、今度はブチッという音とともに灯りが消えた。停電である。停電ですべてのものが見えなくなった今、ちょろちょろというそぼ降るシャワーの音だけが私にまとわりついてくる。くそ〜、そうきたか、いい度胸をしてるじゃないか、インドネシア。けんかを売ろうというわけだな、日本帰りの私に。

  真っ暗闇の中、どこを洗っているのだかさっぱりわからないままタオルを身体になすりつけている私の姿は、かなり情けない。シャワー室から助けを叫んでも階下のお手伝いさんには聞こえまい。停電で見えないんだから、そのまま部屋から出て階段脇に仁王立ちし、階下のお手伝いさんに、「停電だよー、ブレーカーをチェックして〜」と頼めばいいものを、やっぱり裸で仁王立ちしているときにパッと電気がついたりしたらとてつもなく恥ずかしいなと思い、それは思いとどまる。ま、いずれにしてもお手伝いさんだって、停電になったことは気がついているのだから心配する必要はないのだが、それでも心配で部屋のドアから階下の暗闇をさぐっていると、突然、「あ、いて!」という声が聞こえた。「どうしたのぉー」と訊くと、「柱にぶつかっちゃったぁー」と言う。「懐中電灯があるでしょ〜?」と叫ぶと、「壊れていて使えない〜」ときた。まただよ、まったく。懐中電灯なんかがどうして壊れるのだ。あれは電池を入れ換えさえすれば、1世紀だって使えるはずなのに。 


  そういえば15年前にジャカルタに来たとき、インドネシア人がやけにメーカーにこだわるのが不思議だった。テレビも扇風機も冷蔵庫も、やれソニーだ、ナショナルだ、サンヨーだとうるさい。日本製は値が張るし、電気製品なんてたいして違わないじゃんと思っていた私は、それらの声を聞き流していた。だが、ここにきてやっと彼らのいうことがわかるようになってきた。

『電気製品は日本のものを』。それを耳にするとき、高いけど仕方ないなぁ…と思いながら、ちょっぴりうれしくなる私である。                  




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