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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
109回


2008年 1月



著者:甲斐切清子
 

 

2008年もすでに2月になってしまった今、こんなことを申し上げるのはなんですが、あけましておめでとうございます。年末は老いた母親に孝行らしきことをするために毎年帰国しており、1月の原稿はお休みさせていただきました。そんなわけで、今月号での新年の挨拶となったわけです。改めて、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、年末に帰国と書いたが、実は昨年末、私が日本に向かったのは1129日であった。なぜ師走に向けて勢い忙しくなる時期に帰国したのかとというと、理由が2つある。

まずひとつは、121日に東京のある日本語学校の大切な式典にご招待いただいており、その出席のためにどうしても前日には日本に到着していなければならなかったというもの。

もうひとつはスタッフの日本旅行。副校長のデシが勤務10年を迎え、ご褒美で日本に行くことになったのである。当然のごとく案内役は私。日本旅行といっても、前述の式典出席やセミナー参加、学校訪問などもあり、忙しくもあったのだが、本人は7年ぶりの日本を充分楽しんだようである。だが、7年前のそれと大きく異なる点がひとつあった。今日はそのお話をしたい。

 

彼女にとって初めての日本旅行は、日本語スピーチコンテスト全国大会で第二位に選ばれ、その副賞としていただいたものだった。そのときは、何年も日本語を勉強していながら、一度も彼の地へ行ったことがなかったから、夢が叶った興奮、感激、喜びで、日本のすべてがすばらしいものに見えたに違いない。だが、今回は2度目である。しかもこの7年間でかなりたくさんの情報を得、たくさんの日本人とも接し、そして何より彼女自身が大人になった。だからであろうか。あんなに日本びいきだったデシが、今回は批判的なのである。というか、あらを目ざとく見つけ、指摘するのである。

もし、「先生、こんな明るいうちから酔っ払いがいますね」とか、「先生、みんな電車の中でお年寄りがいるのに寝たふりしていますね」とかだったら、そりゃまぁ昔からの悪習だから指摘されても言い訳のしようがない。頭をかいて、「そうだね、困ったもんだね日本人は。へへへ」と言うしかないのだが、彼女が指摘するのはそんなことではないのだ。
「先生、今の女の人、タバコの吸殻を投げ捨てましたよ〜」
「先生、ここのエレベーター、壊れていますよ〜」
「先生、あの人、割り込みしましたよ〜」

これは居心地悪かった。なぜなら私がよく、「インドネシア人はまったく〜、日本ではこんなことありませんよ」と言うようなことばかりなのだ。彼女としては、日本ではこんなことはない! と思い込まされてきた事柄が、次々とひっくり返されてしまうのだから驚くのは当たり前だろう。だがそれ以上に、「日本のマナー」を教え込んできた私は面目丸つぶれである。しかも、「あ、割り込んでる!」ではなく、「割り込みましたよ〜」と、なにげに私に確認してくるのである。これは聞きようによっては、「日本人は割り込みはしないって聞いていたのに、ほら、たった今、割り込みしましたよ〜。先生が言ったこと、ウソだったんですね〜」に聞こえる。これは痛い。ちくりとくる。

ただ私も近年、帰国するたびに変貌を遂げている日本と日本人に驚くことは多々あるのだから、古きよき日本の情報しかインプットされていないデシにとっては、それはさぞかし信じがたい事実であったことだろう。


 そこで本日のメインテーマである。前ページで、今日はデシの日本旅行について話したい…と書いていながら、突然のテーマ変更、お許しを。実は、今回の日本で私は生まれて初めての経験をした。きっとこの先もこんなことはないだろう。それは、デシが今回の日本で驚いた事柄を100項目束にしても勝負にならないほどの驚愕の出来事であった。

 

それは、デシが2週間の日本旅行を終え、関西空港から無事ジャカルタに向かった日の翌日のことであった。

デシを見送ったあと、私は新幹線で故郷の広島に向かうため、新大阪の駅にいた。昼前だったので、車内でなにか食べようと改札手前の売店コーナーに入った。けして広くないそのエリアには、お土産屋さんやお弁当屋さんがずらりと並んでいた。その中に天むすを売っているお店があった。ジャカルタの日本食レストランでは、意外と天むすは食べられないので、即、天むす弁当に決定、購入。お茶も買っていそいそと電車に乗り込んだ。


 それにしても、電車の中でお弁当を開くときのうれしさといったら、なんと表現しよう。まるで、「本日の乗車の目的は弁当にあり」。もしくは、「弁当なしで電車なんか乗ってられるか」。あるいは、「弁当食ったらすぐ寝るけんね」という気分。まぁそんな気分をごちゃ混ぜにしたような妙に浮かれた楽しさが弁当を持って電車に乗る行為にはある。

そんなわけで私は、新幹線が安定した走りになったころにお弁当が入っているビニール袋から、お弁当、お茶、割り箸を取り出した。そして、お茶の栓を抜き、お弁当のふたを開け、割り箸の袋からすっと割り箸を引き抜いた。そのときであった。一瞬、妙な感覚で手の力が抜けた。見ると、割り箸がすでに割れているのである。


それを見たとたん私は、「すごい、日本!!」と思った。切れてるバターや割けるチーズみたいに、これ、割れてる割り箸だ! と興奮した。なぜ、こう考えたかというと、たとえば割り箸がきれいに割れないで情けない思いをすること、みなさんはないだろうか。私はある。なので、ときにおせっかいが過ぎる日本の新製品のひとつに、「割れてる割り箸」がでてきてもおかしくはないと思ったのだ。だが、その数秒後、「いや待てよ」と冷静な私が警告した。実は箸を取り出したときに、ほんの少し、海苔の匂いがしたような気がしたのだ。でもそれはテーブル置いてあるお弁当の中の天むすに巻いてある海苔の香りだろう―と、いったんは思った。だが、私の神経のもっともまともな部分に「いや待てよ」のランプが点った。天むす弁当の置いてあるテーブルと、私の鼻は、海苔の匂いを嗅ぎ取るには若干距離がありすぎてはいないか。「いや待てよ」は、徐々に「もしかしたら」になっていき、ついに私の目は、箸の先端に小さくへばりついた海苔のかけらを発見したのだ。その事実をどうにも受け入れられなかった私は、「模様かも」と思い込もうとした。だが、そう思い込もうとする気持ちと裏腹に、箸をつかんだ手はその箸の先端をぐんぐんと私の鼻先に近づけてきた。そして、箸の先端が私の鼻まで3センチぐらいに近づいてきたとき、瞬時に周辺は芳しい海苔の香りで満たされた。

「げ〜〜〜、これ、使用済みの割り箸じゃーん!!!」

不幸中の幸いは、私が買っていたのは天むす弁当だったので、手で食べられたこと。もし幕の内弁当など買っていようものなら、私はインドネシアで習得した手で食べる法を新幹線の中で披露し、さぞ周囲の注目を浴びたことであろう。それよりこの場にデシがいなくてよかった。いたらいったい何を言われたことか…。

 

そしてその1ヵ月後、私は再び新大阪駅にいた。ジャカルタに戻るために関空へ向かう途中であった。ホームに降りたとたん、割り箸のことを思い出した。思い出したとたん、私は、何を思ったか、つかつかとかの天むす屋さんに向かった。まさか、また天むす弁当を買おうと思ったわけではない。とすると、考えられることはただひとつ。クレームをつけに行ったのであろう。どうして、「〜であろう」なのかというと、自分でもその決心がついているのかどうか定かでなかったからである。店のほぼ正面まで来た。見ると、45人の店員さんが朝の開店準備に余念がない。「1ヶ月前買った天むす弁当の割り箸、使用済みでしたよ!」とクレームし、ぎゃふん(?)と言わせたいのはやまやまだが、準備で忙しい大阪のオバちゃんたちは、絶対ぎゃふんとは言わないだろう。よくて、「あ、そう? おかしなこともあるんやね。悪かったね」と謝ってもらえるかどうか。たぶん、うさんくさそうな顔をしてにらまれるのがおちだろう。そう観念して私はその場を去った。今年こそ、勇気と判断力をつける年にしたい私である。          


 


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