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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
114回


2008年 9月&10月



著者:甲斐切清子
 

7月の半ば、私は一大決心をしてA銀行からC銀行に預金をすべて移すことにした。インドネシアでは商売上がったりだから、ほかの銀行に身売りしちゃいま〜す! という意味にしか取れないA銀行の知らせを受け取り、以前から、不便なロケーションなどから使い勝手の悪さを感じていたA銀行との取引をやめることにしたのだ。これを機に便利なC銀行にすべて移しちまおう。「すべて」なんて書くと、いかにも大金を動かそうとしているように感じられるかもしれないが、しょせん独身女ひとりがこつこつ貯めたお金、たいした額があるわけでもない。だが、子なし夫なしスポンサーなしの私にとっては、明るく楽しい老後のための大切な大切な虎の子。一円とて、いや1ルピアとて無駄にはできない。だから、いかに信用のおける銀行で、いかに便利に使えるか、それを考えたとき、まもなく他行に吸収合併されるというA銀行よりC銀行のほうがよかろうという結論に達したのである。

だが、私の虎の子がA銀行からC銀行へ届くまでの3日間、私の神経は黒いクレヨンで夜空をべた塗りするような速さで磨り減っていった。

 

初日の恐怖と不安は今でもしっかりと覚えている。

前日、電話で連絡をしておいた時間に、スタッフYとA銀行に行く。ビルの正面にはまだA銀行の名前がある。が、1階のメインフロアに入ったとたん、私はぎょっとした。銀行の窓口カウンターがあるにはあるのだが、7、8箇所の窓口中、人がいるのは1箇所だけ。しかも客らしき人間は一人もいない。

「ちょっと、本当にここでいいの? いま営業時間なの? ちゃんと確認した??」

同行したYに尋ねたが、いつもそつない仕事をするYが、それを確認していないはずがない。Yは、力強く、はい、と答え、自信にあふれた足取りで窓口に向かった。一言二言行員と話したYは、ニコニコしながら戻ってきた。いわく、送金はカスタマーサービスだから奥へ行けとのこと。すでに担当者が待ってるという。Yが昨日の電話で話した相手だろう。仮に名前をデヴィさん(以下、敬称略)とする。

指示されたほうに歩を進める。そしてそこで私は、さっき1階のフロアに入ったときにも、その閑散ぶりに驚いたが、それ以上のショックを受けた。30畳ぐらいのスペースに、机といすが1セットあるだけなのだ。

そこにはひとりの女性が暇そうに座っていた。デヴィさんかと尋ねると、「そうだ、お前は甲斐切か」というので、そうだと答える。するとデヴィは、「電話で話は聞いているけど、私はこれから用事があるから同僚に引き継ぐね」とさっさと席を立ち、続いて同僚登場。仮に名前をアグスさん(以下、敬称略)とする。

アグスいわく、C銀行に送金するんだね、全額。じゃ、これに記入して」

差し出されたのは手書きの記入用紙。いまどき手書きか? タイプでもパソコン打ちでもなく、手書きのフォームである。しかもコピーにコピーを重ねているらしく、かすれている箇所がいくつもある。

いくらすずめの涙でも私にとっては虎の子なのよ、こんないい加減な手続き用紙で右から左へと動かすなんてちょっと悲しいじゃないとは思いながらも、ここは銀行、担当してくれているのは銀行員である。とにかく手続きを進めるべく、送金金額やら送金先の口座番号やらを記入する。そして大きな緊張感とともにそれを手渡すと、アグスはこう言った。

「はい、じゃ、OKです。手続き完了」

「は?」

私はすっかり目がテン。手続き完了って、あ〜た、私の目の前で何もしてないじゃない。でもって写しも何もないの? その手書きのぺらぺらの紙一枚にざっと書かせて、はい終わりって、そりゃないでしょう。その不満にアグスは答えた。

「イブね、これは手続きに2〜3日かかるの。今の段階では書類とか写しとかは出ないんですよ」

くどくどねちねち文句を言ったら、やっとコンピュータにつながっているヘッドホンを取り上げ、同僚と話し始めた。

「ハロー、アグスだけどさ、これこれこうなんだけど、これって、こうだよね、うんうん、わかった、マカシー」

そしてヘッドホンを元に戻しながらアグスは言った。「経理の担当者に訊いたけど、やっぱり今日は渡す書類はないですね」

周りを見渡す。本当に誰もいない。メインドア付近に警備員が一人。窓口カウンターは相変わらず閑散として、サービスカウンターの場所を教えてくれた担当者は死角になって見えない。とにかくここは一般常識的に考えるとすれば、誰もいないに等しい。

そのとき私の頭の中には、「スパイ大作戦」の、チャ、チャチャチャ、チャ、チャチャチャ、チャ、チャチャチャ、チャ、チャチャチャ、トゥルルー、トゥルルーというテーマ曲が流れていた。もしかして私は今、壮大な企みごとに巻き込まれようとしているのではないか。ここにいる人たちは全員泥棒集団で、見事な芝居を打っているのではないか。さっき電話したのだって、同僚と話しているふりをしていたのではないか。出演者は3名。いや、最初のデヴィを含めると4名である。私の虎の子だって、4人で分ける分にはけっこううれしい数字ではないか。

その不安をスタッフYに話す。その顔は、まったく先生ったら想像力豊かなんだからという、あきれた、というか、小ばかにしたような表情。とにかく、明日の午後4時には送金確認書が出るというアグスの言葉をひとまず信じてその日を過ごす。

 

そしてその翌日。待ちに待った午後4時がきた。スタッフYA銀行に確認の電話をする。相手がどんなことを言っているか私にもわかるように、およびそれに対してすぐに対応できるように私の目の前で電話してもらった。

そしてその2分後、私は心臓が飛び出さんばかりに緊張する一瞬を迎えるのである。そのときの一部始終をここに紹介する。

Y 「あ、A銀行ですか。カスタマーサービスのアグスさん、お願いします。…はい、アグスさんです。ア、グ、ス。え? いない?」

甲 「!」 ドキ! 

Y 「そんなはずないですよ、昨日そちらの事務所に行って送金の手続きをしたんですから。はい、○○通りの事務所」

甲 「!!!」 ドキドキ、ドキドキ

Y 「調べてください、もう一度。…………ええ?? 本当にいない?? …(←Y、『先生、いないって』と目配せで知らせる)」

甲、小声で指示 『じゃ、じゃ、じゃあ、あの、最初に担当した、アユ…じゃなくてリナ…じゃなくて、えと、えと、デ、デ、デ…』、心臓、完全にバクバク状態。

Y 「(『OK、先生』という意味のジェスチャー)え、じゃあ、デヴィさん、お願いします。…え、…いない…(Y、さすがに呆然)」

甲 「どどどどどーゆーことなのぉぉぉーーー!!!』 

♪チャ、チャチャチャ、チャ、チャチャチャ、チャ、チャチャチャ、チャ、チャチャチャ、トゥルルー、トゥルルー、トゥルルー、トゥルルー♪

よく心臓発作を起こさなかったものだと思う。あと20も年を取っていたらその場で倒れていたかもしれない。結局そのあとアグスのポジションまでたどり着き、翌日A銀行で送金証明書をもらい、その翌々日C銀行で入金の確認ができはしたが、実にスリリングな3日間だった。いずれにせよ、「スパイ大作戦」は甲斐切の誇大妄想であったことに感謝しよう。                 


 


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