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日本語教師七転八倒物語
116回


2009年 1月&2月



著者:甲斐切清子
 

ついこの前、2000年を迎えたような気がするが、年が明けてふとカレンダーを見たら2009年となっていた。なにをいまさらと言われそうだが、仕事をしていく上で月日は毎日のように目にするが、年号はそれほどではない。ましてや年末年始ともなると、2つの年号が新聞や雑誌などに飛び交っていて、一瞬どちらが新年なのかわからなくなってしまう。そんなわけで、年が明けて目に入ってくるのが2009年という数字だけになって、ようやく、そうか、今年は2009年なのか、と実感してくるのである。そうなると来年は2010年。なんだかSF小説でしか存在しない数字に感じるのは年代のせいであろうか。

とにもかくにも、2009年も「日本語教師七転八倒物語」をよろしくお願いいたします。

 

さて昨年は私にとって記念すべき年になった。日本語教師になって20余年、最も感動すべき出来事のひとつに出会ったのだ。

それは、このブリタジャカルタが皆様のお手元に届く時点からさかのぼると、ざっと3ヶ月前のことになる。JCCは、ジャカルタで開催された日本インドネシア博覧会の最終日を飾った「日本の祭り」というイベントで、ジャカルタにある3つの大学の日本語学部生たちといくつかのプログラムを共同制作した。計画が持ち上がったのは9月はじめ。それから119日の本番まで、それはまさしく七転八倒の2ヶ月。ときに多忙を極め、ときに笑いに満たされ、ときにパニックの連続、ときに感動のあまり涙するという毎日で、私の人生の中で、大きな思い出として残るであろう。

 

いくつかのプログラムの中で、盆と正月と困難と困惑と混乱がいっぺんにやって来たのは、なんといってもミュージカル「かぐや姫」であった。インドネシア人大学生たちによる日本語で行う日本のミュージカルドラマというわけで、役者から舞台美術、衣装担当、コンピュータグラフィックまで、総勢50名の大学生が制作にかかわった。学園祭の芝居ぐらいしか見たことのない学生たち、キャパシティ1万人という大会場でのミュージカルを成功に導くには、手取り足取りで指導していかねばならない。

まず、10数人いる「日本の祭り」実行委員の大学生スタッフが中心となって、ミュージカル制作に参加したい大学生を集めた。正直な話、このときの私の最大の関心事はいい役者が揃うか、ということであった。演劇はもちろん裏方の守りあってのものだが、それなりに芝居のできる人間がいなければ、いくら舞台美術や衣装がすばらしくても、魅力半減である。だから、役者としてはアマチュアの大学生の中に、どれだけ芝居上手で歌がうまくて度胸が座っている子がいるかが、楽しみであり不安でもあった。

選考方法はこのようにした。まず、各大学から、「かぐや姫」のおじいさん役、おばあさん役、結婚を申し込みに来る若者役の候補者を出してもらう。そしてミーティングで絞っていく。
  Aは歌はうまいが芝居は出来そうにないとか、Bはハンサムだけど背が低いとか、Cは自信満々でいやなやつだとか、油断するととっ散らかりそうにはなったが、思いのほかすんなりと決まり、選考に漏れた学生たちはそれぞれ天女役やら武士役やらにおちついた。
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月の半ば、やっと役者が決まり、大急ぎで書いたシナリオもオリジナル音楽も日の目を見ると喜んだのもつかの間、「先生、もうすぐレバランだからみんなしばらく来られませ〜ん」ときた。くそー、いい度胸してるじゃない。みんな準備は土曜日しか来られないくせして、レバラン明けから再開ということは、正味一ヶ月しかないじゃないの! ということは残された土曜日は5回しかないってこと、わかってんのーーー!!! と私が叫んだころにはみな、西ジャワへ、スマトラへ、スラウェシへとさっさと帰省していたのであった。

 106日。長かったレバラン休暇が終わった。本当にあと1ヶ月。なのに、役者は台詞を覚えていない、振り付けもできていない、舞台美術も衣装も遅々として進まないのないないづくし。

ところが、レバラン明けの土曜日から、みんなちょっと本気モードになったようで、毎回ほぼ全員がきっちりJCCに集まる。それも意外にも多くの学生が集合時間に遅れずにやってくるのである。そして、歌う、踊る、切る、貼る、縫うで45時間。もちろん、しゃべりながらふざけながら、非効率かつのんびりゆっくりではあるが、仕事をしてくれる。たぶん彼らにとっても、異なる大学の日本語学部生と知り合い、共同制作することは楽しいことであったに違いない。

 

 そして迎えた119日の本番。アマチュア劇団が10万円の予算で作ったにしては、立派な出来だったと思う。身内びいきの親ばかかもしれないが、当日の芝居を見ていたら、私が指導したことなんて何もなかったような気がしてきた。本当は大学生たちだけでもこの結果は出たのではないかと思う。そのぐらい彼らは、思い切りのいい、堂々とした舞台を見せてくれた。

 裏方も同じく、大きな仕事を成し遂げてくれた。担当した日本人の先生たちも私と同じ感想を持ったに違いない。まだまだ子どもで、何もできないと思っていたインドネシアの大学生のこの仕事ぶりを、私は声を大にして自慢したかった。

一週間後の打ち上げでは、彼らはもとの子どもっぽい大学生に戻り、よく食べ、よくしゃべり、よく笑った。

「もう一度どこかの会場で発表したいね」という私の話に、彼らは天真爛漫に反応した。

「先生、僕たち、もしかしたらすっごく有名になって地方公演とかによばれて忙しくなったりしてぇ〜」

「そしたら日本から公演依頼があるかもぉぉぉー」

「そうなったら大学、休まなきゃー」

「ちょっとちょっと、ということは、ゲストに浜崎あゆみをよんで共演…なんてこともあるんじゃない〜〜〜???」

「うわ〜〜〜、どうしよーーー!!!」

お気楽かもしれない。調子がよすぎるかもしれない。でも、彼らといるとリラックスできる。仕事で毎日これではストレスがたまるかもしれないが、課外活動ならばいいではないか。大好きなことをしながら、夢見ることができる。明るく楽しい、たくさんの可能性を持つインドネシア人の大学生とそれができるなんて、こんなうれしいことはない。

 

今、ミュージカル「かぐや姫」で中心となった大学生たちと、学生劇団を作る話が進んでいる。現役の日本語学部生のみの劇団ということは、大学入学とともに新メンバーが入ってき、卒業とともに去る学生がある。これによって、毎年メンバーが異なるという珍しい形の劇団となる。年によっては、主役をはれるすごい学生が登場することもあったり、小粒ぞろいではあるがチームプレイが最高だったり、その特徴は、劇団を常にリフレッシュさせてくれる。

変化は進化より難しいー。この言葉が正しければ、学生劇団の最たる強みは、変化し続けることである。そしてまた、学生たちにとって、日本人や日本の文化、社会と接点を持つことは、卒業後の大きな糧となろう。

日本語教育に20年関わってきた私は、2009年、自分の最終目標に向かっているような気がしている。


―つづく


 


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