Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 


日本語教師七転八倒物語
117回


2009年 3月& 4月



著者:甲斐切清子
 



 あっという間に3月が過ぎ、4月。今年も桜を見ることなく新年度を迎えた。このブリタジャカルタがみなさんのお手元に届くころにはすでに日本のお花見騒ぎも終わっていることだろう。今年も桜が見られなかったなぁという思いとともに、もう一つ、今年の3月をさびしくさせる出来事があった。友人が本帰国となったのだ。

 

その友人は今から20年ほど前、私が東京に住んでいたとき、インドネシア語を勉強したときのクラスメートである。私が在籍していたのは短い期間だったが、そのクラスのメンバー10人は結束が固く、今でも東京でちょくちょく集まる。その友人から、ご主人のジャカルタ赴任に伴ってジャカルタに住むことになったと聞いた時には本当にうれしかった。今年の3月の初め、「本帰国が決まった」という知らせを聞いた時には、車の中で「えー、なんで〜〜〜」と叫んでしまった。確かに駐在期間が長くなると、いるのが当然みたいな感覚になってくる。そこに降って湧いた知らせは、私をがっくりさせるには充分であった。

きっと加速度的に忙しくなるだろうという予測から、連絡をもらった翌日に飲みに行った。来たばかりの頃は右も左もわからない彼女に、おいしいレストランや人気のお店などを教えていたのは私だったはずなのに、4年も経つと立場がすっかり逆転していて、ほとんど学校にへばりついたままの私より、彼女のほうがはるかに情報通になっていた。そして最後に新しい店に行ってみようと、学校の近くに昨年できた日本料理の店に行った。木製のドアにちょっと敷居の高さを感じたが、入るとそれほど気取ってはなく、でも落ち着いたシックな作りで、在ジャカルタ16年の日本語教師も、在ジャカルタ4年の駐在員夫人も充分納得。いい感じじゃな〜い! と、正しかった選択にほくそ笑みながら、カウンターに腰掛けた。

おしぼりで手を拭きながら、どう今の気分は? とか、やり残したことは? とか、また赴任する可能性はあるの? とか矢継ぎ早にインタビュー。彼女が話し始めようとしたときに、ふと人の気配を感じて後ろを振り返ると、お店のスタッフが注文取りの姿勢で立っている。そうだよね、注文しなきゃ、ここ、レストランなんだから。カウンターだから気がつかなかったよ、ごめんごめん。

差し出されたメニューに目を通す。前菜やメインなどを選べるセットメニューが載っていた。私はその中の1つを選んで注文することに。そして彼女。メニューブックを片手に、カウンターの上に置いてあったスペシャルメニューに目をやっていた。その慎重な姿勢に、あとわずかになったジャカルタでの食事に失敗はしたくないという強い意思が感じられた。そして、4年前とは見違えるほど上達したインドネシア語でスタッフ(店員)に訊ねた。

友人  「これは特別メニューなの?」

店員  「はい〜!」(←軽い感じで)

友人  「このメニューブックの中のものとは異なるのね」

店員  「はい、そうです」(←しつこいな〜! という感じで)

友人  「じゃあ、この特別メニューの、AとBのセットで」

甲斐切「あれ? そのセットだと私が頼んだのと同じじゃない? 値段も同じみたいだし」

友人  「え! そうなの? (双方を見比べて)…ほんとだ! ちょっと、これ、同じじゃない」

店員  「はい、同じです」(←とーぜんという感じで)

これを聞いて苦笑いされた方は、きっと同じような経験をしたことがおありなのだろう。実はこのケースはジャカルタでは決して珍しくない。私はつい2ヵ月前、1月の終わりにも全く同じ経験をした。

テアトルコマという有名な劇団の芝居を観に、ジャカルタの老舗の劇場へ行ったときのこと。劇場の中に入って席を探そうとしたら席の案内係が、お客さま、ご案内しましょう…と近づいてきた。席探しは簡単なので、大丈夫よと言い、ふとこう尋ねた。

「えーっと、開演時間は何時だったっけ?」

ポスターを見たときにも、チケットを買ったときにも、手帳に予定を書き入れたときにも、開演時間は確認している。この日、劇場の入り口でもパンフレットをもらったので、それを見れば開演時間は書いてある。だが、記憶を手繰り寄せたり、パンフレットや手帳を取り出すのが面倒で、てっとり早く人に尋ねてしまうことが、人間にはしばしばある。そのときの私はその状況であった。

「えーっと、開演時間は何時だったっけ?」

すると案内係はこう答えた。

「7時半です」

「え!? 8時じゃなかったっけ?」

「いいえ、7時半です」

こんなときの私は突然、意地悪で傲慢、かつ、しつこい外国人に豹変する。

「ほんまにそうなん?」

「はい、ほんまです」

ここまできたときに、ようやくさっきバッグの中に詰め込んだパンフレットを取り出す。はたしてそこには「開演8時」と書いてある。

この次が注目のあのパターンである。私はそのパンフレットを案内係の目の前につきつけて宣言した。

「ここには開演8時って書いてありますよ!」

答は、「あぁ、はい、8時です」。

 


 この会話の流れに怒りを感じない方は、今回の話題はここでおしまいである。ページをめくって次の記事に移っていただきたい。私と同じように、怒り、呆れ、嘆く方々は、このまま最後までお読みいただきたい。しかし、この場でいっしょに怒っていただくのもいいのだが、ここはひとつ、冷静にこのパターンを分析していきたいと思う。

このケースの最大の問題点は、「すみません」がないことである。自分の発言にまちがいや不足があったら、まずは詫びてしかるべき。欲を言えば「お客様がおっしゃる通り、〜ですね」があれば最高である。

レストランの例の場合は、「あ、すみません、お客様のおっしゃる通り、同じメニューですね」。

劇場の例の場合は、「あ、すみません、お客様がおっしゃった通り、8時ですね」。

だが、文化の異なる国で多くを求めることはすまい。この際、「お客様がおっしゃる通り、〜ですね」は、重要文化財として慎重に保管するか、スーパーのビニール袋に入れてさっさとゴミ置き場に捨ててしまうかにしよう。しかし、「すみません」はそうはいかない。そりゃあ、へりくだりを美徳とする日本における「すみません」の頻度と、過ちを認めるのは自分の損につながると考えるインドネシアにおける「Maaf(すみません)」の頻度とは、かなり差がある。インドネシア人がようやく1回発するころには、日本人は10回ぐらい言っているかもしれない。このギャップに日々疲れを感じている日本人の方は少なくないはずである。

ところが驚くべきことに、16年住んでいると、私も「すみません」が少なくなっていることに気づく。おそるべし長期海外生活。本帰国の友人は4年の駐在であった。たぶん「すみません」の頻度も低下することなく過ごせたに違いない。



―つづく


 


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