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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 


日本語教師七転八倒物語
119回

(2010年7月19日更新)

2009年 7月& 8月



著者:甲斐切清子
 



よく食事に誘ってくれるインドネシア人夫妻に言われたことがある。

「先生に、ここの料理はおいしいかって訊いても無駄。絶対にまずいって言わないからね」。

そうだなぁ、言わないな、というか、言えないな。だって、私なんぞを誘っていただいて、めったにお目にかかれないすばらしい料理をご馳走していただいて、「まずい」とか、「口に合わない」とか、「あっちのレストランのほうがおいしい」とか、言えるわけないではないか。でもグルメの友人は、外国人である日本人の意見が聞きたいと思うらしく、実にまめに、しつこく、「この料理、がっかりだよね」とか、「この間行ったところのほうがおいしかったよね」とか言って、同意を求めてくるのである。

だが、A型・おとめ座・酉年という三重苦により、超ド級に小心者の私は、今後どんな性格改革を実行しても、

こちら  「どうですか」

あちら  「たいへんまずいですね」 とか、

こちら  「あまりおいしくないですね」  

あちら  「ほんとうに、信じられないぐらいおいしくないですね」とか、正直に話すことは絶対不可能だと思われる。

このような場合の私なりの模範回答は、

こちら  「どうですか」

あちら  「お皿が素敵ですね」とか、

こちら  「あまりおいしくないですね」

あちら  「味はスタンダードですが、お肉の歯ごたえがけっこういいですね」とかになるのである。

 

これを、私が誘った場合として考えてみよう。私が友人なりスタッフなりを食事に誘って、しかも厳選したお店へ行き、その上お支払いはこちら側ということが明白になっているとする。

その前に、このケースを根本から分析してみよう。人を誘う、というのはけっこう気を遣う行為である。迷惑だったらどうしようとか、断られたら悲しいなとか、誘いを受けてはくれたけど、もしかしたらいやいやかもしれないとか、とにかく三重苦は難儀な性格なのである。そんな苦しみの末、一緒に食事するという予定が立つ。

次の苦しみは、相手をがっかりさせてはならないというプレッシャーとの戦いである。イエローページやインターネットで探しまくり、あげくは現場調査まで行なって何千という店の中から一つを選ぶ。一緒に行く場合などは、まさしく相手の顔色をうかがいながらの入店となる。席選びも簡単にはいかない。この席だと景色はいいけど隣の家族連れがうるさそうだとか、あの席だと静かそうだけど厨房が丸見えだとか、考えに考えた末に着席する。

そしてメニュー選び。この際、最も無難な技をつかう。その技とは、その店で一番人気のあるメニューを頼むことである。センスもおもしろみもないやつと言われるかもしれないが、どんな方法を使うよりも今日のこの日のリスクを最小限に抑えてくれる。

それから料理がやってくるまでの時間は、頼んだ料理が正解かどうか気になって、はっきり言って会話に没頭などできない。

そんな苦しいプロセスを幾重も経て迎えたそのシーンで、「どうですか」「うへっ、まじい」などと言われた日には、三重苦の性格ゆえショックで一週間は寝込んでしまうぐらいひきずってしまう。だが幸いなことにこれまでの人生で、人にご馳走するという立場にあまり縁がなかったため、このようなショックも受けずにきた。

 

だが、ここにきてそのケースに頻繁に出遭うようになってきた。というのも最近、今年立ち上げた学生劇団の団員たちと食事する機会が多く、財布の中に5000ルピアも入っていないことは日常茶飯事という彼らと外食するときには、100パーセントの確率で私が払う。払うと言っても所詮、ファーストフード店だったりラーメン屋さんだったりするので、たいした出費でもないのだが、ご馳走することには変わりない。

おごりなわけだからみんなめちゃくちゃうれしそうである。遠慮して最低限のメニューだけを頼む者あり、デザートまで注文しているちゃっかり者あり。だが、お金のない、おなかをすかした学生たちが、大喜びしているのを見るのは楽しいものだ。

だが、度重なるこれらの経験で、ついに私は、怖れていたケースに遭遇するようになる。そう、彼らは食事のときに、食後の感想を素直に語るのだ。

「げ、これ、まずい」とか、「いまいちだな〜」という短いものもあれば、

「なんでハンバーガー屋さんでこんなもの売ってんだよ〜」…頼んだのは誰だよ。

「これ、ほかの店で同じようなものがあるんだよな〜、きっと真似してんだ!」…比べてみたかったわけでしょ、君が。

「こんなまずいもの初めて食べた。二度と頼まない」…二度誘われることはないと思え。

こんなことを書くと、甲斐切ってやつは日本語教育に携わって若い子たちを指導する立場にあるのに、なんとまぁちまちましたことをいうやつ! と思われるかもしれない。確かに若い子たちだから率直に話すのは大目にみたいが、もう一つの理由があって私は納得できずにいる。

 

実は彼らは「まずい」とははっきり言うのに、「おいしい」という一言はあまり発しないのである。過去に幾度か、私が作った日本料理をみんなで食べたことがあるが、みんな黙々と食べていて、なにもコメントがない。当然、日本人としては「まずいのか、口に合わないのか」と心配になる。思い余って副校長のデシに訊いた。するとデシいわく、「あ、先生、インドネシア人はまずいときにはまずいって言います。だから、黙っているってのはおいしいってことです。みんなたくさん食べていたでしょう?」
たしかに、みんなおかわりし続けていた。


そして先日、それを証明するようにうれしい一言を耳にした。私が作ったうどんを劇団の学生たち15人で食べていたときのことである。例のごとく、「おいしい」は聞こえてこない。ただみんな麺がなくなっても、おつゆだけでもいいと言っておかわりしている。そして最後のつゆを飲みほした団員のひとりが、カラになったどんぶりを覗き込みながらぽつりと言った。

「せんせー、これ、両親に食べさせてみたいよ〜」

その一言にひとしきり感激したあとで、とってつけた私の「おいしい」の連呼がいかに薄っぺらいか、あらためて痛感した。だからといって、ご馳走してもらって「まずい」とは、100年経っても言えそうにはないけれど。    



―つづく


 


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