Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
57回


2002年 6月



著者:甲斐切清子
 

 

スーパーマーケットが好きだ。仕事の帰りや休日にHEROやGERAELに寄ってインドミーや ヤクルトやラックスの石鹸など5万ルピアも買えば、なんとなく物欲が満たされて疲れが癒される。
  始めてインドネシアに足を踏み入れた頃は市場や露店で値段交渉するのが楽しくて仕方がなかった。 片言のインドネシア語が通じるのもうれしかったし、日本では一般的でない値切りの習慣もゲームのようで興奮した。 それに店先に並んでないものが奥からいろいろ出てくるのもおもしろかった。
  でも、今は市場も露店もめったに行かない。あれから20年近くも経ち、その半分の10年をインドネシアで 日常として過ごせば、年齢による体力の低下と感動の鈍化で、値段交渉はめんどくさくなり、値切りのゲームも 疲れるようになってきた。だから今は、商品はすべて棚にならべられ値段が明確なスーパーがいいのである。 そのインドネシアのスーパーマーケットの話を今日は少ししたい。

  まず、しょっぱなからなんだが、商品管理はかなりなってないように思う。たとえば、棚に値段は書 いてあるものの、商品が見あたらないことはざらである。「この品はどこ?」と聞くと、間髪を入れずに、 「Kosong(品切れ)」という答えが戻ってき、あまりの即答さに疑惑を抱く執念深い日本人は奥や 隣の棚まで探しまくり悲しいかな見つけてしまうのである。その店員にいやみったらしく視線を投げか けると、悪びれる様子もなく「Oh,itu,itu! adaya〜c(あ、それそれ!あったね〜c)」なんちゃて 笑ってる。探せよ、オイ、従業員なら、形だけでも。  賞味期限を過ぎたものは意外に見ることが少 ないが、期限が来てないのに既に腐っているものはけっこうお目にかかる。
  だが、私がインドネシアのスーパーで最もイライラするのは次に述べることである。それは、いつもレジで 起こる。レジでショッピングカートにいっぱいになった商品を勘定してもらっている時、レジのお姉さんがふとその 動きを止め、手にした品物をなめまわすように見る。これが事件が起こる一種のサインというか、兆しである。 しばらくするとお姉さんは決心したように、品物をビニール袋に詰めたり、荷物を車まで運んでくれたりする担当の お兄さんを呼び、さっとその品を手渡す。そのとたんこっちは「しまった!」と思う。そう、みなさんも覚えがあること だろう。値札が貼られてないもの、もしくはバーコードや商品番号がとれてしまったものを選んでかごに入れて しまったのだ。この時点で帰宅は5分遅くなると考えていい。いや、5分ですむのはHEROやGERAELであって、 広いCARREFOURではそうはいかない。10分は覚悟したほうがいい。なにせ値段確認の指令を受けた お兄さんたちはちっとも急がない。走るという行為は寿命を縮めるとでも思っているのだろうか。できれば小走り ぐらいしてほしい。もしくはたいへんだ! という態度ぐらい見せてもらいたいものだ。それが、散歩にでも出かける ようにふ〜らりふ〜らりと探しに行く。しかもとんでもない棚の方向へ。覚えろよ、オイ、従業員なら、何がどこに あるかぐらい。
  そして、やっと戻ってきたと思ったら、何グラムのやつだっけ? とか、メーカーはなんだっけとか、 ひどいのになると、確認してきたのにその数字をド忘れしてしまって、また戻っていくとい う輩もある。こんなだったら、自分で行ったほうが確実だし早いと思うのだがそれができない。 自分の買った品をレジにおいたままその場を離れるのは不安だし、あと回しにされてしまう のではという恐怖もある。息せき切って戻ってきた自分が「あの人がレジ渋滞の元凶」と指を さされるのもいやだ。それよりも、レジで、自分の買ったものを前に、ちょっとふてくされた表情 をしてついでに腕でも組んで立っていればレジ係のお姉さんが少しづつバツの悪いような顔に なってくるし、場所を同じにしていることによって後続の並んでいる人たちの間にも、「従業員 が値札を付け忘れてるのが悪い!」という感情が生まれ、「まったくね〜」と、いっしょに怒りの気持ちを 持ってくれたりする。ただ、ときおり、「こいつぅ、値札がついてるかどうか見て選べよな」というような冷たい視線を どこからともなく感じることもあるので、強気でいなければならない。
  だが、さすがに、彼らもこの一連の事柄は嫌気がさしているのだろう。先日などは手にした品に値札の ないことがわかったとたん、レジのお姉さんは「あ、値札がない。どうする? 買うのやめとく?」と言い放った。 これはこれですこぶるけしからん勤務態度であるが、広くて大きくて品数が多いことが売りのあのスーパーで あることを考えれば、納得してあげたくもある。ま、いずれにしても品物を選んでかごに入れる時、値札がついてる ことをしっかり確認していれば、こんな余分なストレスは回避できるのだからせいぜい気をつけることにしよう。

  レジといえば、インドネシアの飴のおつりにも触れないわけにはいかない。飴のおつりというのは、 飴を買った時のおつり、と言う意味ではない。25、50、75ルピアとかの細かいつり銭がないときに、それを飴で 返してくるのだ。20年前にバリでこれに遭遇した時は初心者は愚かにもサービスだと思って喜んだ。それがおつり だと知った時には愕然とした。これまで行ったどこの国にも、公衆の場で、お金をモノで代用して取り引きする所は なかったからである。そして、こいつは傑作だと思った。さすが、インドネシア、何でもありなんだなと楽しんだ。
  でも、今はご遠慮したい。まず、素朴な疑問なのだが、おつりとしてもらったこの飴を次回の買い物の 支払いの時に使えるかといったら、たぶん使えないだろう。ということは同価値ではないということではないか。 これは立派な詐欺である。次に、私は飴が好きではない。それでなくてもインドネシアではいたるところでコーヒーや 紅茶に殺されそうなくらい砂糖を入れられるのに、その上、飴なんかなめようものなら若くして総入れ歯に しなきゃならなくなる。次に、今私は旅行者ではなく、インドネシアに定住しているので、ルピアの現金は大切である。 チリも積もれば山となる、1ルピアも立派な貯金になるのだ。キャッシュにしてくれと言いたい。まだある。人間の 心理はつくづく不思議なもので(…でも、もしかして私だけだったりして)、その飴はおつりとして受け取るからなん となくそのままレシートとともに財布に突っ込んでしまう。よって財布が膨れて形が崩れる。本当に考えれば考える ほどメリットなんてひとつもない。ところがこの飴のおつり、最近、とんと見かけなくなってきた。物価高騰のこの ご時勢では、飴ひと粒が2桁の数字より大きくなってきているのだろうが、このシステムが姿を消すのも時間の 問題かと思うと、ちょっと寂しくもある。
  それからぁ…とふと見ると、すでにページの余白がないではないか。この続きは次回!         


 


ご感想をお寄せください

 Jakarta Communication Club

JCC1- Jl.Cipaku2 No.27 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7203966/72791829 (FAX) 7203966

JCC2 - Jl.Cipaku2 No.4 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7257266/7250530 (FAX) 7257266


http://jccindonesia.com