日本語教師七転八倒物語
61回
2002年9月

著者:甲斐切清子
もう1ヶ月も前の話になるが、ワールドカップがようやく終わった。インドネシア人のサッカー好きは 以前から知っていたつもりだはあったが、今回のワールドカップでその熱狂ぶりを目の当たりにした。テレビ常設の
食堂はもちろんのこと、日ごろテレビなんて備えるようなかまえではないワルンの類いまで、いったいぜんたい どこから電源をひっぱってきているのか14インチのテレビが威風堂々と据え置かれ、時間になると黒山の人
だかり。本校学校車の運転手サムちゃんまで、学校に着いて、次の予定を告げようとするやいなや、もう次の瞬間に は運転席を離れ学校前のワルンに向かって駆け出しているという始末。本校はスタッフ全員が女性のため、幸い
この程度で収まったが、これが男性従業員の多いサロンとか、レストランとかだったら、ほとんど断食月のごとく 集中力の欠いた1ヶ月であったことだろう。
で、私はというとまったくのサッカー音痴で、ワールドカップのことをワールドサッカーなんて言ったり、
期間はオリンピックと同じで2週間なんだろうと思っていたり、ましてやルールなんてさっぱりで、あんなちっとも点の
入らないスポーツをみんなよく辛抱強く見るなあ、と思っていた。いくら日本にサッカーリーグができようが、こちとら
江夏の21球で興奮した世代の広島っ子じゃけん、庶民の娯楽には野球さえありゃあ、それで充分なんよ! という
姿勢を崩すことなく、これまで私の家族親戚御近所様のどの家にもサッカーの気配などなかったのだが、意外にも、
日本にいる姉からのワールドカップレポートが、メールで連日連夜のように届いたのである。プロスポーツには
これまでかけらも興味を示したことのない姉が、「たった1週間でこんなにハマるなんて、自分でも信じられなーい」と
自らの変化に戸惑いながらも、すでにメールは、がんばれ、にっぽん、ちゃちゃちゃ〜と、去年通ったパソコン教室で
の成果を駆使してフォントを変え色を変え、百花繚乱花吹雪状態。50(歳)の大台目前にしてサッカーに目の色を
変える姉を、妹としては、「まったくいい年をしてぇ〜」とばかにするのもちょっとかわいそう。ということで、私も
とりあえずという形でファンになり、テレビ観戦に臨んだ6月9日の日本対ロシア戦。
その日は、午後から夕方までホテルのプールで泳いでいた。するとなじみのスタッフのお兄さんが、
「イブ、今日は日本だね、絶対勝つよ。僕も応援してるからね」とウインクしてみせる。いやがおうにも気持ちは
高まる。夕方が近づいてくると、のんびりプールにつかってなんかいられなくなって、そそくさと着替えをすませ、
帰途に着く。
帰宅してすぐにシャワー。お手伝いのラトミはすでに、「せんせー、はよせんと始まるよー」という目つきに
なっている。そしていよいよ試合開始。テレビの前には、私(人間)、タマ(猫)、ラトミ(人間)の順に並ぶ。
テーブルの上にはカルピスソーダオレンジ味。サッカーを見慣れていない私は、なにをどうすれば面白く見られる
のかわからないまま、ボールの行方を追っていたら、あっという間にハーフタイムになった。
「やっぱ、サッカーってとろいゲームだよねー、いつ入るんだか。網(ネットの事ですね)にタマ(猫ではなくて
ボール)がぁ〜」とボソリと言ったとたん、おなかがすいてきた。
「ラトミ、おなかへった! 冷やしうどん作ろう」
休憩ということもあって、そうじゃそうじゃと二人で台所に向い、冷やしうどんを作り始めた。
うちの冷やしうどんは麺をゆでて、桃屋のつゆの素をそえて、はい、できあがり―ではない。ねぎをはじめとして、
わかめ、錦糸玉子などにぎやかに盛りこむのである。そして薬味はわさびではなくしょうがである。うどんにはそばの
お目付け役のようなわさびなど入れさせないというのが私のポリシーだ。当然チューブなんかは使わない(理由は
高いから)。生のしょうがをすりおろすのである。それらが合体してこそ我が家の冷やしうどんは華麗な味を奏でる
のである。
その冷やしうどん作りをうちのラトミに任せ始めたのは、つい1ヶ月前の事である。
なぜなら、冷やし麺ものは、そのゆで具合によっておいしさが決定されるからである。財布と相談しながら買った
そうめんやうどんを、ゆで過ぎたりなんかされちゃあ、私のお給料と日本人としてのプライドが泣くっていうもの。
それで冷やし麺ものはずっと自分で作っていたのである。だが、台所にかけてある日本食品スーパー、
パパ◯ヤでいただいた今年のカレンダーを6月にめくると、われら日本人をさわやかに夏に導くそうめんの写真が!
それを見て、「う〜む、そろそろラトミにやらせてみるか」と一大決心。で、そうめんを作ってもらったら、けっこう
手際よくじょうずに作ってくれたのである。だてにいつも横で見てるんじゃないんですね、ラトミさん。そんなこんなで、
この日の冷やしうどん作りも彼女に任せたのだ。ただ、今日はそうめんでなくうどんである。そうめんはものの
2、3分でゆで上がり、できあがりにそれほどの微調整は必要ない。だが、うどんは10分コースである上に、麺の
透き通り具合をじっくり確認しなければ、大きな悲劇につながる。薬味関係はラトミに任せて麺ゆでは私が最後まで
担当しようと思った矢先、後半が始まった。何のって、サッカーですよ、サッカー。冷やしうどんの話に集中して
今日のメイントピックを忘れてたでしょう、ワールドカップ、日本対ロシア戦後半が始まっちゃったんですよ、
うどんをゆでてる最中に。だが、鍋の中を見ると麺の感じはまだまだ、あと4、5分はかかりそうである。
しかたないので、その場はラトミに任せることにした。もちろん大事をとって、最終確認は私がするからと言い残してである。
テレビの前ではすっかりサッカーに飽きてしまったタマが寝ている。後半はすでにスタートしていて、ふたたび
タマ(猫ではなくてボール)を転がすだけの時間が流れる。ときおり、ハッ、とか、ウッ、とか、エ〜、とかいう瞬間は
あるがやっぱり点につながらない。喜怒哀楽ばかりが続いてなにも結果が出ない人生みたいで、中年女としては
おもしろくない。その時である。台所から、「せんせ〜、そろそろゆで上がったみたいだよー」というラトミのだみ声が
聞こえた。試合は気になるが、様子からしてまだまだこの人生に結果が出るとは思えない(この試合に得点が入ると
は思えない、という比喩ですね)。今や、このとろい試合経過よりうどんのゆで具合の方が自分の人生に重要な
意味があると感じている私は、ほいほいと腰をあげ、台所に向かった。そして、鍋の中をラトミと一緒にのぞきこみ
、一本のうどんをすくいあげ、「そうだね〜、もうちょっとかなー」とつぶやいたその瞬間である。テレビの置いてある
部屋の方から、ワーという歓声が聞こえてきたのである。「えっ、まさかっ!!」と、うどんを放り投げ、テレビの
前にかけつけると、案の定、テレビ画面いっぱいにブルーのユニフォームが踊っている。待ちに待った日本の
ゴールであった。
があああああああああああ〜ん。
みなさんも御存知のように、この試合はその後両チームとも点を入れることなく、1対0のままで日本が
勝利をおさめたのであった。ということは、私はこの試合の、ここ一番ってところだけを除いた、点の入らない
89分55秒をずっと見ていたってことなわけ? あ〜、どう考えても、ばかっ! ばかばかばかばかーーー。
くっそー、あの時、ラトミがゆで具合を見てなんて言わなきゃ…と私は思っているが、ラトミはラトミで、あの時
先生が冷やしうどん食いたいなんて言わなきゃとうらんでいるに違いない。痛恨の冷やしうどん。
翌日、ことの顛末を姉にメールで知らせたら、太字のゴシック体、赤く色付けした文字で、「あほっ!
あほあほあほあほーーー」と返事が送られてきた。姉は生まれてこのかた、人をあほ呼ばわりしたことなどない
はずだ。それを、かわいい妹に向かって5度も連発したのである。サッカーって本当にこわいと思った今回の
ワールドサッカー…じゃない、ワールドカップであった。