Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
62回


2002年10月



著者:甲斐切清子

  

 このブリタジャカルタにも何度か登場させていただいた猫のタマが去年の11月に天に召された。 高速道路へ迷い込もうとしていたノミまみれの生後2、3週間ぐらいの雌の子猫を家に連れて帰り、タマと名付けて 我が家の一員にしたのが今から3年前。大きくならない体質で子猫の体型のままだったが、大きな耳と目が 愛らしくスタッフのみんなにうんとかわいがられた。最期は2ヶ月ぐらい体調を悪くしていて、死んだのは私がほんの 5日間、所用で日本に帰っているときだった。ジャカルタからの電話でスタッフから「今朝、タマが死にました」と 聞かされたとき、下腹の方にずしんと重い石を載っけられたようで、深いため息が「そうですか」という声になって 出てきただけだった。ジャカルタに戻ると家の前にある小さな植え込みにブロックで生け垣が作られ、 ブーゲンビリアの花びらがまかれていた。タマを自分の子供のようにかわいがっていたお手伝いのラトミが作った タマの墓だった。
  私にとってタマは、とにかくジャカルタで唯一気を許せる相手だった。タマといると疲れも悩みもストレスも 吹っ飛び、心穏やかになったものだ。仕事のいろいろも対人関係も、国籍の違いも身分のあるなしも、今日の 後悔も明日の心配も、お金も愛も信念も、何もかも放棄して向かい合えるのがタマだった。もしかしたらそんな私の 雑念を全部背負ってタマは行っちゃったのかもしれない。
  タマがいなくなってから私とラトミは、以前と比べてより近づいたような気がする。でも猫の話はあまりしなく なった。口にしてしまうとタマの姿が消えて行きそうな感じがしたのだ。   

  そして今年の春、タマが死んで半年ほどたったころ、どちらからともなく、どっかに猫がいないかなぁ …と言い出し、そのうち、今日かわいい猫が市場にいたとか、向いの家の屋根裏に子猫がいるらしいとか、最近 家の前をタマそっくりなヤツがちょろちょろしているとか、ラトミが報告をし始めた。それを機に、じゃあ、そろそろ 本気で新しい猫をさがそうか、と一致団結、2002年の4月、ジャカルタ猫さがし月間がスタートした。だが、いざ、 見つけるぞぉ〜と意気込むと、かえって見つからないというのは世の常で、新しい靴とか部屋とか恋人とか、 必要としていないときには次から次へと目にするのに、さがしてるときに限って現れない。ちょっとこれは難しい かな〜と猫獲得作戦に敗色の色が濃くなった5月のある日。私が、文化センターであるJCC2から、語学センターの JCC1まで徒歩で向かっていたときのことだった。歩いても1分ちょっとで行ける距離を、実は以前は車で移動して いた。だが、健康のためにそのくらい歩くべし! と友人に叱咤され、それ以来、徒歩を励行しているのだが、 その徒歩で移動中の私の前を横切るように突然1匹の子猫が飛び出してき、私の2メートル先でぴたっと立ち 止まったのだ。そしてそばの植え込みの葉っぱに体をすりすりさせながら、そのうちてれてれと寝始めた。
  こいつだっと直感的に感じた私はすぐに手にしていた仕事の書類を路上に放り投げ、捕獲体勢に入った。 ただテキも野良猫のプライドか、簡単に仕留められまいと、近づく私の気配を感じ取っては身を引き、伸びてくる 手をひょいとかわし、なかなかうまくいかない。ここで食べ物が何かあればすぐなのになぁ…と周辺に目をやった 私の目に飛び込んできたのは一片のクルプック(揚げせんべい)だった。それはまるで神様からの贈り物のように、 路上に捨てられていた。たぶん屋台のラーメンを食べた輩が噛み切れないクルプックを、ぺっと吐き捨てたものだと 推察される。2代目タマ獲得に全エネルギーを注ぐ私は躊躇なくそれを拾い、「ほれほれ〜、おいでー」と おびき寄せ、所用時間15分ののち、遂に捕獲したのであった。もちろんその間、バジャイのおっちゃん、屋台の にいちゃん、近所の市場帰りのおねえちゃんなどが、不思議そうに眺めながら私の背後を通り過ぎて行ったのは 言うまでもない。
  問題はその後である。とらわれの身となった猫をJCC2のスタッフに預け、やっと仕事に戻ったJCC1で、 あまりの嬉しさに「お茶目な猫をゲットしたぞぉぉぉ〜!!」と騒いでいたら、校長補佐のD先生が授業の準備をする 手をふと止め、「…先生、どこで拾ったの?」と聞いてきた。「学校の前の道でだよ〜!」と大いばりで答える私に、 D先生は一瞬クラッとするようなしぐさを見せ、「じゃあ、やっぱり先生だったんだ…」とつぶやいた。
  聞くと、ついさっきカンパニーレッスンからの帰り、学校の前を車で通ったら運転手のサムちゃんが、 「あれ? 今、甲斐切先生が道端に座り込んでた。何してんだろう」と言ったという。車なのですぐに通りすぎて しまい、それを目にしなかったD先生が、「まさか甲斐切先生がjongkok(ジョンコッ:渋谷チーマーたちのヤンキー 座りのことですね。それがわからない方にはウ○コ座りとでも言っておきましょう)なんてするわけないでしょ、顔を 見たの?」と聞くと、サムちゃんは「いや、うしろ姿だったから顔は見えなかったけど…」と言うので、「じゃあ、 人違いだよ」と返すと、さすがに毎日私の送迎を担当している人間の確固たる自信か、「…あれは絶対 先生だった…何してたんだろう…」とつぶやき続けていたという。サムちゃん、君のご主人様は野良猫を手に 入れるために、路上に捨てられたクルプック片手に奮闘していたのだよ。

  その日の夜、私が意気揚揚と帰宅したのは言うまでもない、ラトミをびっくりさせようとしたがゆえだ。 帰る道中、名前を悩んだ。昔から猫につけてみたかった名前はというと「わさび」とか「さしみ」とか「ハナ」とか 「ワヤン」とか数多くあるけど、やっぱしトラ模様だから「トラ」がいいよね、わかりやすいし日本風だし。そんなことを 車の中で思いながら自宅着。どうやらラトミはスタッフからすでに最新ニュースを耳にしていたらしくニヤニヤしながら 門を開けた。「ラトミ、うちのあ〜ったらしい猫だよー」と捕獲した猫を見せると、ニヤニヤしつつも「ふん」と 言っている。そして、「あのさ、名前はトラね。トラみたいだから、模様が」とはしゃぎながら解説する私に彼女は ひとこと、「TAMAlah!!(タマだよ)」と言いのけたのだ。はぁ、さいでございますか―とうなだれる私はあくまでも ラトミに主導権を握られている。

  しかし、意外なことに、あんなに前のタマをかわいがってくれていたラトミが今回のタマをちっとも かわいがろうとしない。初代タマはしょっちゅう抱いてやり、遊んでやり、寝るのはラトミの部屋で一緒に―という具合 だったのに、2代目タマにはエサをやる以外余分なことはいっさいしようとしない。それどころか、前のタマはもっと 毛並みが良かっただの、変なものは口にしなかっただの、噛みつかなかっただの、文句タラタラなのである。私に してみれば、確かに2代目タマは毛が短いし、ゴミまであさろうとするし、肉と見なせば私のおなかにまで噛みつく 始末。でも大きな耳と目は昔のタマにひけを取らないくらい愛嬌があり、元気なはしゃぎっぷりは見ていて飽きない。 そしてなにより、初代タマは人に抱かれるのを嫌がったが2代目は私が帰宅するいなやかっとんで来るし、私が ソファでくつろいでいようものならすぐに寄ってきてべったりくっついて寝始める。かっわい〜じゃーん! やっぱ猫は こうでなきゃね。
  私は意を決してラトミに言った。「今回のタマも、前のタマとおんなじようにかわいいじゃん? ね??」と。 すると彼女はこう言ったのである。「前のタマは…私のほうになついてた」。驚くべき真相! そっかー、ラトミってば、 やきもちやいてたんだ〜。そりゃそうだよね、猫でも犬でも人間でも自分になついてくれなきゃ、ちっともかわいくない もんね。じゃあ、今回のタマに関しては私に軍配があがったってこと? やったね!ラトミめ、なんでも君の 思いどおりにいくと思ったら大まちがいだぞっ! とほくそえんだのもつかのま、私が1ヶ月、夏休みで日本へ帰って いるあいだに2代目タマはすっかりラトミに手なずけられていた。しょせん、エサ係には勝てないってことか〜。  

 
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