日本語教師七転八倒物語
64回
2002年12月

著者:甲斐切清子
インド人の友人から、「先生、これ観に行かない?」と、ご招待チケットをいただいた。どう見ても何の チケットだかさっぱりわからない。確認できるのは、VIP
PLUS という文字とRp.1,500,000という数字だけ。まさかね、 チケット1枚が150万ルピアなんてあり得ないよね、とそれは無視し内容を尋ねると、簡単に言えばインドのお芝居
だと言う。インドのお芝居といえば、典型的なナンパ男風俳優とぽっちゃり女優のキンキンした歌と、これでもかこれ でもかと繰り返されるせわしない踊りを思い出す。それを生で観るって? んー、おもしろそうではないか!! って
ことで興味津々で出かけた。
会場に着くなりたまげた。黒山の人だかりなのである。数知れない人々の騒ぎは常軌を逸していた。
どこが入り口かもわからない。人込みをかき分けかき分け、やっと入り口らしいところにたどり着く。でも長蛇の列。
これじゃ開演時間に間に合わなくなっちゃう〜と青くなっていたら、そばにいた係員が、「Ibu、そのチケットはVIP
だから入り口はあっちだよ」と親切に教えてくれた。そうか、私はVIPなのだ、えっへん、ともうひとつの入り口へ
向かう。聞けばインドシアルテレビでの生中継もあるという。ますます、いったい何なのだ今日の出し物は、と期待に
胸が膨らむ。そしてその後の3時間、私は笑い、叫び、体でリズムを取り、インドのお芝居の大ファンになっていった。
実はこの公演はインドの国民的俳優Sharukh Khanのジャカルタ公演で、インド映画の多いジャカルタでも当然彼の
ファンは多く、会場は若い女性の観客で埋まっていた。そして終演後、車に戻ったら運転手のサムちゃんが詳しい
情報を入手していた。今日のこの公演は最も安いチケットで60万ルピアだったのだそうである。ということは、
やはり私のVIPのチケットは150万ルピアだったのだ。ぎょえええーーー!! おそるべし、インドのショービジネス界。
ところで、私は芝居が好きだ。日本ではチケットがやたらに高かったのでめったに行けなかった。
で、ジャカルタではバリバリ行ってやるぞ〜! 観てやるぞ〜! と思っていたら、当のジャカルタはエンター
テーメントが日本ほど熟していなかった。いや、エンターテーメントが、というよりショービジネスがと言ったほうが
正しいかもしれない。なにせ、芸能人が食べていけなくて副業にテント屋台を出すくらいの国である。仕事がない
のである。芝居がうてる劇場だって、定期的に運営されているのは私が知っているところでは2箇所しかない。
それに、インドネシアには芝居好きという人がこれまた少ない。これまで10年間、千人近くの
インドネシア人に日本語を教えてきたが、演劇が好きと言った人は記憶に残っているところでたったひとりだけで
ある。たったひとりだったおかげで名前までしっかり覚えている。アナさんという20代後半のおとなしい女性だった。
彼女のおかげで私はジャカルタに来てすぐに、どこでどうやって演劇の情報を得るのかを知った。
初めての観劇も彼女に誘われてというか、付き添われて行った。インドネシアでもっとも有名な劇団です
―と連れて行かれたのはテアトルコマという劇団のミュージカルだった。私はジャカルタでは初めて、「劇場」という
場所に足を踏み入れ、舞台美術に目を見張り、集まった人々の熱気に圧倒され、開幕のドラに興奮し、
そして3時間あまりの芝居に感動した。風刺の利いた台詞は、もっと言葉がわかればどんなに面白いだろうと
思いつつ、この俳優は座長、あの女優は看板女優と、なんとなく察することができ、また日本のコメディアンの
久本雅美にそっくりな三枚目女優がかなりの人気を博していて私もすっかりファンになってしまったりと、
さまざまな楽しみ方ができた。また、ほんのときたま意味がわかったときには満場の観客といっしょに笑い声をあげ、
見知らぬ人たちがひとところに集まって同じ気持ちを享受することはなんて素敵なことだろうと改めて実感した。
映画と違って、芝居は見せるほうも生だ。役者と観客が一体になって空気を作っているから、つまらない芝居は観客がのらないのでますますつまらなくなる。そういう意味では芝居はその日その時の一発勝負。そうか、役者って勝負師なんだ、と変なところで感心する。
そんなこんなで、今年もテアトルコマの公演を日本人の友人2人と観て来た。偶然にもインドの夕べの翌日
だった。今年の出し物は「ロミオとジュリエット」。すでに私は前出の久本のファンとしてかよっている感があり、
今回も彼女の重要な役どころに大満足した。そしてあろうことか私は、インドの夕べに触発されたのかどうかは
定かでないが、今までの人生の中でどんなコンサートやどんな芝居に行っても、やったことのなかったことをやって
しまったのだ。
今回は行った日がたまたま千秋楽だった。役者全員がそろってのカーテンコールの後、舞台上で総勢
3、40人を超す役者が抱き合い涙し、無事終了したことを喜び合っている。日本ではそうそう見られない光景だ。
その珍しさに長居をしていたら客席からほとんどの客がいなくなってしまった。それでも喜びの抱擁は続く。
もったいない。役者の演技ではない涙が見られるのに、みんななんで帰っちゃうのだ。少なくともインドネシアでは
一流といわれる劇団の役者たちが感情をあらわにして手に届くところにいるのだ。きっと誰にでも喜びを伝えたいは
ずだ。誰とでも喜びを分かち合いたいはずだ。もったいないぃぃぃ〜。意を決して私は友人2人に、こう聞いた。
「ねえねえ…、久本にさぁ、あなたのファンです。あなたの演技はすばらしい。日本にあなたにそっくりな
コメディアンがいるけど、比べ物にならないくらいあなたの演技はすばらしい。今回もすごくよかった! って言って
握手したいんだけど、どう思う?」
友人2人は、「それいいよー、チャンスだよ、今!」と、いっしょに腰をあげてくれた。よしっ、仲間もいるし
恥ずかしくなんかない、行くぞっとばかりにずんずんと前に進んでいくと、ぐちゃぐちゃになっていた輪の中から
久本が私の姿をみとめてくれ、そのかたまりから抜け出てきた。
「え、うそ! 久本がこっち見てる! 近づいてくる! 以心伝心ってやつ? これって??」と言ってふり
むいた後ろには、いるはずの友人の姿はなかった。見ると彼女らはさきほどの席にきちんと座ったままで、
ふりむいた私に笑顔を見せながら手を振っている。そんなバカな…。いっしょに腰をあげてくれたと思ったあれは
錯覚だったのか。でもまあこの際そんなことはどうでもいい。久本と私の距離はもう5メートルはきっている。
あとには引き返せない距離だ。よーしと思ったその瞬間、私のうしろから勢いよく関係者っぽい男性がひとり、
久本めがけてステージにかけ上っていった。一瞬私は「あ、なんだ、この人を見ていたのか」と気落ちした。
だが久本は、だがしかし久本はっ(かなり興奮がよみがえってきている)、その男性との抱擁もそこそこに、
ステージ真下までたどり着いた私にステージ上から、手を差し出してくれたのである。ついに久本と私との距離は
ゼロとなり、念願の握手!
やっっったああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!
そして私は頭の中でまとめていた先ほどの、「あなたのファンです。あなたの演技はすばらしい。
日本にあなたにそっくりなコメディアンがいるけど、比べ物にならないくらいあなたの演技はすばらしい。
今回もすごくよかった!」と言おうとした。だが悲しいかな、口をついて出てくるのは「バグース、バグース、ほんとに
バグース」だけだったのである。 なっさけなー! …というわけで、40代半ばにして初めての体験に興奮しまくった
夕べだったのだが、はたしてこんなことでいいんだろうか、私のジャカルタ生活。たぶんいいんだろうな。うん。
ところで、この公演が行われたのは10月21日から11月2日までの期間だった。
バリ島爆弾テロ事件のあとで、各機関がイベント自粛でぴりぴりしていたときだ。インドネシアの興行関係者は
あまり気にしないんだなぁと、予定通り行われることに安心もし、大事件があっても気に留めない呑気さに一種の
不信みたいなものも感じ、そんな複雑な気持ちで当日の開演を迎えた。するとすぐに、一番人気の女優がひとり、
舞台中心部に出てきてバリの事件への遺恨の言葉を述べ、観客に起立をお願いし、そして全員で黙祷を行った。
こんなときに芝居を観て笑っている場合じゃないかもしれないけど、あの事件をそこに集まった全員で追悼する
ことができたように思う。そして人間のエネルギーを実感できたと思う。どんな悲劇があっても時は進み行き、
世界は動き、人間は生きていかなければならない。だからこそ心から安心したい、心から笑いたい、心から元気に
なりたい−そんな人間に、希望を与えてくれる人たちに心から感謝したい。