日本語教師七転八倒物語
66回
2003年2月

著者:甲斐切清子
日本では来年の春、お札が変わるらしい。20年ものあいだ親しんだ夏目漱石や福沢諭吉先生 とお別れするのは淋しいなと思っていたら、福沢諭吉先生は続投だという。以前、聖徳太子が1000円札と5000円
札、2種類にわたって登場したことがあったが、お金を飾るにふさわしい顔とか、景気が良くなりそうな人相ってある のだろうか。
そこで突然ですが雑学タイムです。戦後に作られた最初のお札は1946年登場の1円札で二宮尊徳です
と。ん〜、1円札かぁ。知らないなぁ。でも58年まで使われていたというから、私が生まれた57年にも存在していた
わけだ。覚えてないなぁ、ま、1歳じゃ覚えてるわけないかー。覚えているのは100円の板垣退助。たぶん祖母の
白髪抜き1本につき1円をもらっていたころに100本抜いてよく手にしていたのだろう。伊藤博文の1000円も
けっこうお世話になった気がする。東京での学生時代に郵便局で千円づつおろしていたころだな…。
それにしても2000円の沖縄・守礼門はいったいどこへ行ってしまったのだ。日本へ帰っても、とんとお目に
かからない。
さて、我々がお世話になっているインドネシアのお札。桁が大きいので最初は面食らったが、幸い
今では1万ルピア札を手にしたら即、「バクミーガジャマダのラーメン1杯」、10万ルピア札では、「マイルドセブン
1カートン」という具合にきちんと感覚をつかめるようになった。その現金をインドネシア人とここに暮らす外国人は
銀行に預けて、キャッシュコーナー(ATM)でおろす。これは日本と変わらないが、私はこの国ではいつもキャッシュ
コーナーで不安になる。この、万事がKira-kira(だいたい)のTidak apa-apa(だいじょうぶ)の国のキャッシュ
コーナーを丸まる信じることなどできやしない。だから当初、私は自動支払機から出てきたお札を、日本でしていた
ようにいちいち数えていた。50万ルピアのボタンを押して、ベロンと出てくるお札を1枚…2枚…とチェックしていた
のだ。
ある日、そんな私の行動につきあっていたインドネシア人の学生がふいに言った。
「先生、なんのために数えてるの」。
もちろん私は即答した。
「ちゃんと枚数通りに出てきたか確認のためよ」。
学生は続けて尋ねてきた。
「足らなかったらどうするの」。
私はそのあとの話の展開に不安を感じながら答えた。
「足らなかったら、連絡するの」。
案の定、不遜な笑みを浮かべて彼女は言った。
「どこに?」。
当然すぎるほど当然な話の展開だった。当然の展開ではあったが、私はわずかに期待していたので
ある。もしかしてこの国にも、道理にかなった事柄が存在するかもしれないと。でも、キャッシュコーナーはそうでは
なかった。考えてみれば日本のように、「ご不審なことがありましたらご連絡ください」という通話口もなければ電話も
ない。夜のガトットスブロト通りのBCA銀行キャッシュコーナーで50万ルピア出そうとして45万ルピアしか出なくても、
「あのう、5万ルピア足らないんですが…」と言って行く先などどこにもない。それ以来私はキャッシュコーナーから
出てきたお金を数えなくなった。出てきたお金は財布に突っ込む。足りない分が取り戻せないというジレンマと戦う
より、初めから50万ルピア出てきたと信じて財布に入れ、うやむやに消費する方が平穏な人生が送れると思うから
だ。
ところが、最近たて続けにキャッシュコーナーでとんでもないお札をつかまされ、この決心が揺らぎ
つつある。
昨年の年末のことである。私は、帰国を前にトラの子のルピア貯金を引き出しては円に換金していた。
場所はよく使う自宅近くのテベット市場向かいのB○○キャッシュコーナー。
まず初めの災難は、引き出した10万ルピア札の束の中に、ぽっこりとシャツのボタン大の穴があいている
お札があったことだ。そして翌日、再び引き出した10万ルピア札の束の中に、左脇が1センチほど縦にばっさり
切れているお札が1枚混じっていた。だいたいがあの、折るのも困難な材質で作られている10万ルピア札にこんな
にシャープな切れ目で穴があいたり切断面ができるなんて、自動支払の機械の中になにか鋭利な金属部分が
突き出ているとしか考えられない。
私はうろたえた。なにせ10万ルピアが2回で、しめて20万ルピアの損失。これはバクミーガジャマダの
ラーメン20回分である。幸い、知り合いに銀行に勤める友人がいてこれらをまともなお札に取り換えてくれたの
だが、今まで信じてきた―というより信じようと努めてきたキャッシュコーナーが、私の中でみるみる信頼を失って
いった。
しかし数日後、私はそれを上回る驚異の事態に直面した。それは忘れもしない、キャッシュコーナーで
おろしたお金を持って、直行した両替商での出来事であった。もう二度とテベット市場のB○○キャッシュコーナー
なんて使ってやるもんかとばかりに場所を変え、キャプテンテンデアン通りのキャッシュコーナーでおろした100万
ルピアは、5万ルピア札で出てきた。5万ルピア札が20枚で100万ルピアである。大量のお札をしまうときの
習慣で、私は19枚の5万ルピア札を、最後の1枚で帯のようにくるみ、封筒の中に入れてご丁寧に糊で封をして
両替商に持って行った。
たどり着いた両替商は混んでいた。私もその雰囲気にのまれ、ややあせったのだろうと思う。
封筒の脇をビリビリと切りとっていこうとしたら、ほんの2センチぐらいしか破れなかった。あせった私はその破れた
2センチ大の穴に右手の人差し指を突っ込んでレターナイフのようにブサブサ(あるのか、こんな擬音語)と
突き破っていった。はたして中から顔を出したのは、19枚の5万ルピア札と真っ二つに引きちぎれた哀れな
5万ルピア札だった。両替商のお姉ちゃんは、「あ〜あ、どーすんの、イブ」という顔で見ている。自分がまねいた
事故とはいえ、なんという屈辱。
そこで私はいい機会なので、ここで自分を反省することにした。私は生来がさつ者である。
また短気でもある。ほしいものや待っていたものを手にしたとき、一刻も早くそれを見たくてしかたがない。
ゆえに非常に乱暴な行動に出る。それが顕著にあらわれるのが手紙を受け取ったときだ。手紙がきた!
早く読みたい! はさみが近くにない! ええい! ブサブサ! と、こういったプロセスをたどるのである。
封書の類いであれば、書類でも給料袋でも同じだ。はさみやカッターを探す時間ががまんできずブサブサ、
きれいな封筒でいただいてもブサブサ、記念切手が貼ってあってもブサブサ。無意識ではあるが見事な記念切手を
無残に破っていた私は、いくどか家族に叱られた過去を持つ。今では、スタッフの中に切手コレクターが数人いる
のでそのへんはやや慎重になり、きれいな切手には破れがいかないよう注意しながらブサブサやるようにしている。
で、話は戻るが、今回そのブサブサが5万ルピア札真っ二つひきちぎり事件につながってしまった。
封書をブサブサ切っても性格を揶揄されるだけだが、お札をブサブサと破ってしまう人間はやはり問題である。
一般社会では要注意人物に指定されるだろう。力いっぱい反省することにした。