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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
73回


2003年11月



著者:甲斐切清子

  

 今年は受難の年であったかもしれない。入院に引き続き、盗難に遭ってしまった。財布をすられた のである。いや、あれはスリではない。なぜなら私が遭ったのはバッグをナイフでざっくり切ってブツを持って行くと いう、切り裂き魔だったからだ。事件を知ったスタッフが、「先生、スリにあったの?」と訊いてくるたびに、「いいえ!  わたくしが遭ったのはそんな上等なものではございません。スリは、音もなく気配もさせず痕跡も残さずブツを すうーっとスっていく、芸術的盗みでございましょう? わたくしが遭ったのは、バッグをザクって切り裂いて、 その中にゴソっと手を入れて、目的物をピュッーと持ってっちゃうという、同じ盗みの行為でも、痕跡を残すタイプで ございますので、スリなんていうなまやさしい表現はしないでくださいませ。窃盗と言ってくださいませ、窃盗と」と、 妙にこだわって解説してしまうのだった。なお、三省堂大辞林によると、すり(掏摸)→人込みなどで他人が身に つけている金品を巧みに盗み取ること。せっとう(窃盗)→他人の所有物をこっそりと盗み取ること、とある。スリは 「巧み」、窃盗は「こっそり」が重要なポイントである。

   そろそろ状況説明に入ろう。場所は中華系ジャカルタっ子の一大ショッピングゾーン、マンガドゥア。 日本から遊びに来た5人の友人を案内しているときだった。確かに私は反省しなければならない。マンガドゥアに 通い始めて5年。今年などは2週間に1度は週末はマンガドゥア、という日々を送っていた時期もあり、ちょっと 油断していたという事実は否定できない。切り裂き魔の話も昔から聞いていたのに…、バッグは手前に寄せて 歩かなきゃいけないとも教わっていたのに…、私ったら、「どうぞ切ってください」と言わんばかりのやわらかな ビニール製バケツ型バッグで出かけていたのだ。しかもそれを無防備に背中に回して人ごみを歩き、店をのぞき、 イスに放置していた。
   異変に気づいたのは、マンガドゥアを出て1時間半ほどしてからである。「インドネシアのエステを体験して みたい」という友人たちを美容院に連れて行き、一人一人のご要望を担当者に伝えているとき、ふとバッグの 切れ目が目に入った。「あっれー、このバッグ、もう縫い目がほつれちゃったのぉー、気に入っていたのにい〜」と 思いつつ、わずかにかすかに霧のように「もしや…」という思いが脳裏に広がっていく。反射的にバッグの中に手を 入れ、中をまさぐる。ない。財布がない。これは…化粧ポーチ、これは…たばこ入れ、これは…ペンケース。どれも 財布ではない。
   おそるおそる中をのぞく。見えてきた事実を事実として受け止めたくないので、すべてにおいて動きが スロウダウンしている。私の財布は黒い。バッグも黒い。「見えないだけ、そう。色が同じだから見えないだけ」と 自分に言い聞かせながら中を凝視しつつ再びバッグの中をまさぐる。でも、しかし、やっぱり、財布はない。盗られた ! この事実に到達するまで、1万年かかったような気がする。かーっと頭に血が上ったような、さーっと身体中から 血の気が引いたような、そんな妙な感覚の中で、すぐに「止めなきゃ、カード、止めなきゃ」と思考回路が動き出した。 それと同時に「携帯電話は!?」という思いが浮かんだがさいわい携帯電話は持っていかれてなかった。


   さー、それからが大変だった。なにせ、友人5人を連れての楽しいジャカルタツアーの真っ最中である。 私が財布を盗まれたと聞いては、みんなの間に不快感が漂ってくるし、なによりジャカルタに対して警戒心が生まれ 旅行自体が楽しくなくなるおそれがある。この事件は絶対隠し通さねばならぬ! 添乗員・甲斐切はそう思った。 タイミングよくこれからみんな、クリームバスだの、ボディマッサージだので1時間はそれぞれの時間に拘束される。 私は車に戻り、学校のスタッフに電話をした。スタッフにしてみれば、仕事から開放された土曜日の夕方、既に リラックスしているであろう時間に申し訳なかったが、私にはなにもできない。カードの紛失の連絡をしようにも、 外出先なので連絡先の調べようがない。大切な手続きを電話で話すには、私のインドネシア語はいいかげんすぎる。 また、もうひとつ大事なことがあった。実はその美容院で、私は髪をセットする予定だったのだ。話は脱線するが、 今回のジャカルタに来た友人たちは、あるインドネシア人の結婚式に出席するために、はるばる日本からやって きていた。私もその結婚する当の本人から、着物を着ることを約束させられていた。その結婚式が2時間後に 迫っていたのだ。髪をセットしたあとで着物を着て、そして結婚式場へ向かうのだから、時間的余裕はない。 そういうわけで私は、土曜日の夕方リラックス中のスタッフに頼るしかなかったのである。
   それからの1時間、私の頭の中は、
@ カードの手続きはどうなっただろう?
A 所持金、全然ないけど、今日これからどうしよう?
B このバッグ気に入っていたのに、どうにかならないかな?
C 友人たちはちゃんとクリームバスを受けているだろうか?
D 電話で時間をくったけど結婚式に間に合うだろうか?
E 私の髪のセットは着物に合うようにうまくできあがるだろうか?
   などなどのことがぐるぐるとかけめぐり、とても友人との楽しい週末という気分ではなかった。


   おまけに、車に入って電話していたとき、私の話を耳にして、運転手のサムちゃんが、 「先生、財布盗られたの?」と聞いてきた。「そうなのよ、どうやらマンガドゥアでザクッと切られて、ほれ、この通り」。 すると、5分もしないうちにそのニュースは美容院の警備員さんやらほかの客の運転手さんやら近所のワルンの おじさんやらに知れ渡り、わらわらとみんなが車の周りに集まってきた。そして口々に、「そりゃ、イブ、マンガドゥア じゃね」「カードはすぐに差し止めしなきゃ」「そのバッグはいかんな」「いくらぐらい入ってたの、お金」「へ〜、イブは 日本人なの?」などなど、言っている。その親切が今の私にはわずらわしい。人の不幸を暇つぶしに利用している ように感じてしまうのは、やはり、災いの渦中にいることによるゆがんだ精神ゆえであろう。「サムちゃん、くれぐれも お客様たちに悟られないようにしてね」と、クギをさしてその後を過ごした。しかし、2時間後の結婚式に集まった 学校のスタッフ全員に、そのニュースは既に伝わっていた。このすばやさを普段の仕事に活かしてもらいたいと願う 私である。

   1週間後には何枚かのカードは再発行してもらい、財布も新しく買い、なんとか普通の生活に戻った。 だが、どうしても戻らないものもあった。盗まれた財布には、昨年亡くなった友人の手紙をお守り代わりに入れて いたのだ。その手紙は2度と戻ってこない。偶然にも時同じくしてヨーロッパ旅行に行っていた友人が、列車の中で バッグを持ち去られたと言う。その友人も、お金よりなにより、財布の中に忍ばせておいた亡きおばあちゃんの 写真が…と悔しがっていた。財布は貴重品である。その財布の中にお金以上に大切な品を入れている人も多い だろう。お金以上に貴重なもの。それを改めて実感することになった今回の事件であった。
   そして最近になって思い出した。そうだ、あの財布には夏に帰国したときに買ったサマージャンボ宝くじも 入っていたのだ! どんなにあきらめようとしても、絶対あれは3億円当たっていたと思えてしかたない。

 
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