Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
74回


2003年12月



著者:甲斐切清子

  

 1ヶ月前のある日、日本人の友人S氏から電話がかかってきた。
   「せんせ、インドシアル、9時半から。ゆり子出るから、よさこいで。よろしく」。
   なんと乱暴なお知らせ。よほどまわりがばたついていたのか、もしくは携帯電話の状態がよくなかったのか。 とにかく日本語教師的には眉間にしわの寄るこの文章をまとめると、
   「甲斐切先生、今晩9時半からインドシアルテレビに妻のゆり子がよさこいを披露するために出演するから見て ちょーだいね。よ・ろ・し・く」
   …てことなのであろう。ほぉー、よさこいが、テレビに! よさこいのエネルギッシュな魅力は今年の 日本語弁論大会のときにゲスト出演された方々の演技で知ってはいたし、その中にS氏の奥さんであり、私の カラオケ仲間であるゆりちゃんが出てるとなると見逃すわけにはいかない。仕事でチカランまで出かけていた車を 飛ばしに飛ばして家に着いたのが9時40分すぎ。いつもならすぐにシャワーして食事、という私がこの日ばかりは 「アヨ(さあ)、マンディ(シャワー)、マンディ」というお手伝いのラトミの言葉をよそにテレビをスイッチオン。いきなり、 私の大のお気に入りの歌手、Ruth Sahanayaの登場だという。
   私は狂喜した。Ruth Sahanayaは、私が11年前にジャカルタに来たとき、いち早くカラオケでゲットした 歌が彼女の大ヒット曲「Kaulah Segalanya」だった。カセットテープを買って聴いているうち、その抜群の歌唱力と アジアっぽくない音楽センスにすっかり魅せられ、いつかぜひ生の彼女のステージを見てみたいと思っていた。 その歌姫が思ってもみない番組で出てきたのである。「ラッキィィィー」と身を乗り出した私の目の前に現れたのは、 なんとも奇妙なドレスを着たRuth Sahanayaだった。


   それはあきらかにドレスだった。生成りの生地に見えたが、バティック模様の合わせの襟と着物風の袖が 施してあり、腹部にはご丁寧にも帯らしきものがまかれていて、一風天女風。はっきり言って似合っていなかった。 彼女もそう若くはなくなっているし、化粧のりも悪くなっているようではあるのだが、やはりこの無国籍なファッションが 彼女の精彩を欠いて見せていることは確かだった。よく見ると司会者やほかの出演者もこぞってアレンジ着物 (ありましたね、日本にも)を身につけている。男性グループのリードボーカルなんか帯の位置が上なもんだから、 ほとんど天才バカボン状態でラブソングを歌っている。
   どうしてこうなってしまうのだろう。日本=着物は、インドネシアでも放映されたテレビドラマ「おしん」の 影響かもしれない。だが、日本でも2部式着物とかショート丈ゆかたとか、奇をてらったものは一時的な流行りで 終わってしまうのが着物ワールドの常。ましてやインドネシア人がアレンジしたものとなるとそのテイストに違いが ありすぎる。この番組の衣装部に日本人スタッフがいなかったことが悔やまれる。(…いたりして)   

   話が後先になってしまったが、この番組は今年発売になった「しんずい」という石鹸のプロモーション 特別番組だった。商品名からもわかるように、その石鹸は日本のイメージで売っているので、番組全体を日本の 雰囲気でまとめていた。ステージは日本庭園風に仕上げており、池のほとりには東屋があったりしている。この辺は よくがんばっている。でもステージ後にセッティングされた中国風の城門はいかん。いや、たとえ和風であっても、 たとえば金閣寺とか平安神宮とか奈良の大仏様だったりしても、やはり変な感じはすると思う。なにせゲストの歌手 たちが歌っているのは横文字のポップス。そのバックがまったり日本の古典風景じゃあねぇ。
  そして、司会者。男性女性ひとりずつであったが、「ほにゃらほにゃら、はいっ!」「どーしたこーした、 はいっ!」と言っては大仰なお辞儀を繰り返している。見ればコマーシャルまで、出演者全員が片っ端から、 「しんず〜い」と言いながら深々とお辞儀をしている。こやつら、お辞儀をバカにしてるなー。「はい」という返事を おちょくってるなー、「はい」と言いながらお辞儀する礼儀正しい日本人をコケにしとるんとちゃうかーーー!?  ゆ、ゆ、ゆるせーーーん!! とテレビに向かって怒る私はそれでも日本語教師として考えた。
   そうなのだ。外国人にとって日本人のイメージなんてそんなものなのだ。日本人の特徴とはそこらへん なのだ。私だってスタッフセミナーの中で、日本人間でもっとも大切なのは、挨拶、お辞儀、返事と教えているでは ないか。ただ、美しい習慣である日本人の特徴をこのような形でおちょくられては、日本語教師、黙ってはいられ ない。
   第一にあんた(誰に向かって話してる?)、なんなん? この商品名は、え。「しんずい」?  なんでっかいな、これ、石鹸やろ?漢字変換してみたろうか? 「真髄、神髄、心髄」。私のパソコンではこれだけ しか出てこんで。お、三省堂「大辞林」にはもうひとつあったわ。は? 「神瑞」…? なんちゅー意味かいなー。 それにしたって、これが石鹸の名前かぁー。石鹸といやぁ、花王石鹸ホワイトとか、ラックスビューティーソープとか、 変わったところで植物物語あたりでっせー。やっぱ、石鹸としての使命をはっきりと打ち出している名前か、 もしくは石鹸のさわやかさを表現したしゃれた名前にせーへんとー。それやのにあんた、「しんずい」??  なんやのー、なに考えてんねん〜。(勢いあまったときは、やっぱり関西弁に限ります)
   たとえば、インドネシアのネーミングシステムに、「Sony」を「Pony」に変身させてしまう手法がある。 その例にならって、「植物物語」を少しもじって「南国物語」でもいいじゃん。あー、でも南国物語じゃ小麦色の イメージになっちゃうか。でも、「白い」とか「きれい」とか、あまりにストレートな形容詞を商品名にするのは やめたほうがいい。白いことが最重要なら「純白」でも「輝き」でも、意味は似てるけどずっと商品名らしいものがある わけよ。ま、有名な日本語であればそれにこしたことはないけどね、覚えやすいわけだから。この際、「北国」 「富士山」「京都」あたりは許そう。しかし、いくら有名でも「おしん」とか「心の友」、「ディズニーランド」とかはやめて もらいたい。


   おまけに、ロゴの「しんずい」という字がひどい。ひどすぎる。いまどき外国の日本語学習者だって こんなへたっぴーな字は書きませんぜっていうくらいの悪筆。おまけにその字体で、「ひふあんぜんてすとごうかく」と いうマークまで記されている。しかも全ひらがなで。このひどい字の羅列を見ただけで、純粋たる日本人は、 「この石鹸は皮膚安全テスト、ゼッタイやってないだろうな」と思ってしまうはずだ。なんでひとこと、言って くれなかったんだろうねぇ、日本語教師に。こんなもん、ちょちょいのちょいで書いてあげて販売促進に協力して あげたのに、ねぇーーー。(…日本人の方が書いてたりして…)

   あ、それで、「よさこい」だ、「よさこい」。すっかり「しんずい」に気を取られていて本題を忘れてた!  インドネシアのテレビ局に、ついに「よさこい」デビュー、すごい。かっこよかったー。これぞお辞儀と挨拶の国・ 日本のパワー。どっこいしょー、どっこいしょ! 来年もみんなで力を合わせて、どっこいしょー、どっこいしょ!!

「おまかせください! ドンッ(胸を叩く音)!! 1月号はどんなことがあってもゼッタイ日本から 送ります。だってなにごともはじめが肝心って言いますでしょう」。
   そう大きく宣言したのは昨年の師走を目の前にした11月の終わりのことだった。それを受けた ジャパンクラブ広報部・島川さんは、いつものやさしい声で、「でも、甲斐切先生。無理はしないでくださいね」と 言ってくださった。そのとき私が、「いえいえ、私はいつだって無理なんかしない怠け人間なんです」と言ったか、 「いえいえ、無理ぐらいしなきゃナマる一方なんです、この身体は」と言ったか今では定かでないが、とにもかくにも そのとき私は1月号原稿提出を声高々に、自分(と島川さん)に誓ったのである。だが今年のブリタジャカルタ1月号 に、「日本語教師七転八倒物語・新春お年玉企画・ページ拡大特別編」は存在しなかった。なぜなら、1月号の 締切にあたる12月の中旬ごろ、私は宿題に追われていたからである。
   宿題? とみなさんは不思議に思うだろう。なんで教師が宿題に追われるの? 宿題に追われるのは 学生じゃないの?? そう、そのとおりである。私なんて、宿題に追われた学生時代を自虐的に思い出すことを 楽しみに教師になったようなものである。だから私は、教師でいる間は宿題を出す立場でこそあれ、出される 立場でもなければそれに追われる立場でもないことはいたって明白な事実である。では何故に私は去年の12月、 宿題に追われていたかというと、そのころ私はなんと25年ぶりに学生になっていたのである。
   昨年の11月下旬から1ヶ月間、私はある機関の在外邦人日本語教師研修というプログラムに参加して いた。あ、ちょっと首をかしげたよい子のみなさん。そんなよい子のみなさんに、先生がやさしい日本語で説明しま しょうね。ざいがいほうじん、というのは外国に住んでいる日本人のことですね。で、日本語教師研修というのは 日本語を教える先生たちのお勉強会ということです。ですから、この「ざいがいほうじんにほんごきょうしけんしゅう」と いうのは、外国で外国人に日本語を教えている日本人の先生たちのお勉強会ってことなんです。そこで先生も 生徒になっていたんですー。わかったかなぁ〜? 今日はこのお話をみなさんにご報告しましょう。

   まず、在外邦人ということで、世界中から参加者が集まってきていて、その内訳は27カ国36名。 アフリカを除く五大陸からやってきたメンバーは、アメリカ、カナダ、オセアニア、ヨーロッパはもちろん、アジア各国、 また、バングラデシュ、イランなどに混じって、ウズベキスタンという、一瞬、それどこよ? って国からの方も いらした。
   そして年齢。実はこのお話をいただいたとき、「この歳でお勉強の機会をいただけるなんてなんと ありがたいこと。でも、若い子の中で私なんか浮いちゃうんだろうなぁ。やだな〜」と思っていた。だが、ふたを開けて みたら平均年齢44歳。うれしいではないか。五十代のかたが六人もいて、四十代は十数人も。大手を振って 研修所を歩けるというわけだ。そして36人中、男性はたった6人。それでも研修所の方は「今年は男性が多い ですね」とおっしゃっていた。日本語教師という職業が、いかに女性中心の世界かということがはっきり実感できた。
   さて研修は、毎日9時30分に授業が始まり、午後3時30分まで。授業は、最先端のパソコンを使った 教材作りや、コミュニケーションを重視した日本語教育の考え方、また、新たに開発された教授法など、日々 充実感を持って取り組めた。私はこの研修を受けてから、大学などで学ぶ熟年層が近年増えてきているという 現象に合点がいった。なぜなら私も、将来なにがしかの学校へ行って、改めて学びたいと思い始めたからである。
   研修の期間、食事は朝・昼・夜の三食を研修所の食堂でとった。これも毎日メニューがたくさんあって、 楽しみだった。あっちではなかなか手に入らないのよと言っては毎日納豆をこねくり回している人もいれば、あれも これもと毎食メインディッシュを3皿も注文する人もいたし、ほうれんそうのおひたしの色や黒豆の艶、だし巻き 玉子の断層などに毎回感心している人もいた。最後のお別れパーティーでお寿司コーナーが出たときなど、みんな、 (今回秋葉原や新宿で買った)デジカメでバチバチ写していた。これは本当に日本人か? という奇妙なワンシーン だった。日本語教師の名誉のために解説すると、撮ったその写真は日本語学習者たちに見せるため、もしくは 教材作りのためである。
   研修中、なにより楽しかったのは、研修のメンバーたちとのおしゃべりだった。10年ぶりの日本です、 とか、20年ぶりの日本の正月です、とかいう人がごろごろいるのである。毎年、盆と正月には日本へ帰っている 私はなんともアマちゃんのようで、「年2回帰国しています」と言うのがちょっと恥ずかしかった。多くの人が、 はなまるうどんもブックオフも知らず、100円ショップさえも、なにそれ、と言う人がいる。カラオケを歌っていても、 ほとんどの人が百恵どまり。聖子を歌える人は、すっごーい! と賞賛を浴びながらも、誰もハミングしてくれない (聖子の名前は知っていても歌は知らないから)ので悲しい思いをする。ビリーバンバン「白いブランコ」にも、 「いい曲だね、誰の歌?」と尋ねる人がいて驚いたが、「サンフランシスコのチャイナタウン」は知っているとその人は 主張していた。たぶんこの人たちにとってのNHK紅白歌合戦は、まったく見たことも聞いたこともない人ばかりが 出てくるという点では、NHKのど自慢と変わりないのだろう(私もややそうなりつつあるが)。

   だが今回の研修で私がもっとも強く感じたことは、「ジャカルタ・楽園、インドネシア・天国」ということだ。 多くの国の人が、ここインドネシアのジャカルタに住む私に比べて、はるかに苦労しているのである。例をあげて みよう。

@ アメリカ…仕事が速やかに進まない。暖房が壊れて修理を頼んだが、「明日行く」と言ったのに連絡 なしで来ないからまた電話…の繰り返し。震えながら寝袋にくるまって寝る日々を一週間過ごしたころにやっと来た。
A イギリス…イギリス紳士の運転する車に両足を轢かれた! でも、その紳士は一言も言葉をかけてこず、 名刺を差し出しただけ。のちに弁護士から電話がかかってきたが、たぶん慰謝料も賠償金も何もなしで轢かれ損。
B スイス…日本の食料品が手に入らない。しかも日本食レストランが高い! 今回も日本食品を大量に買って 持ち帰り。
C バングラデシュ…職場の上司が日本人を相手にしない。バカにしている感じ。
D インド…暑い…というより、熱い。摂氏50度との戦い。家にも職場にもクーラーがないので暑い時期は 毎日がサバイバル。

   どうですか。いつもジャカルタに文句ばかり言っているあなた(私か?)! このほんの一例を読んだ だけでも、あれ、もしかして私たちってラッキー? って思いませんか。@の例はインドネシアでもありがちですが、 大先進国アメリカも同じことやってんだと思うと不思議に許せちゃいます。Aはインドネシアでは許されない 行為です。強いものが弱いものに施す。インドネシアのお金持ちのバパだったら札束を渡してくれるはずです。 Bに関して私たちはなにも文句の言いようがありません。ジャカルタにある日本食品スーパーマーケットのみなさん、 本当にありがとう。Cはどうでしょう。思うように働いてくれない人は多くても、日本人を相手にしないとかバカにして いるインドネシア人は多くはないですよね。そしてD。あえて論ずる必要はありません。    こんなインドネシアにいる幸福をしみじみ感じながら、(一ヶ月遅れましたが)今年も一年がんばるぞー!!

 

 
Jakarta Communication Club

JCC1- Jl.Cipaku2 No.27 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7203966/72791829 (FAX) 7203966

JCC2 - Jl.Cipaku2 No.4 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7257266/7250530 (FAX) 7257266


http://jccindonesia.com