日本語教師七転八倒物語
76回
2004年3月

著者:甲斐切清子
2月のある日の午後、私は事務室で悶々としていた。飲みたくもないのにコーヒーカップに口を もっていき、吸いたくもないのにたばこに火をつけ、ボワンとする頭をすっきりさせるために首をぐるぐるさせてみたり
していた。それでも何も浮かばない頭に業を煮やし、回転椅子をお尻の力でぐるりと回して窓の外に目をやる。 いつもの景色だ。芝生の敷き詰められた庭が見渡せる。目の前に、すらりと伸びる長身の植物は椰子の木。
手前をふと横切るものがいれば、それはきまってここらをうろつく野良猫だ。
気がつくと指に挟んでいるたばこの
灰が、今にも落ちそうにその先端をうなだれてきている。あっと思うと同時に灰はスカートの上にボトリ。いかん、
生地が焼ける! とぱたぱたと左手ではたく。吸われることなく灰になっていったたばこは、フィルターまでの
距離すでに2センチほどになっていて、私も吸う気なんてとうに失せている。しかたがないので再びコーヒーカップに
手を伸ばす。だが、冷めかけたコーヒーのしつこいくらいの甘さは、ボワンとする頭に溶かしたチョコレートを
流し込むように、ねっとりと入りこんでくる。うえ〜と思いながらもコーヒーを飲みこみ、再び窓の外に目をやる。
何かが目の前を横切る。今のは大きかったから、猫じゃなくて学校のスタッフだなぁとまでは判別できる。だが、
それが誰であるかというところまで思考が追いつかない。
この日、私は、年に2回ほど襲ってくる、すべての神経が活動を停止してしまう虚脱症に朝からつかまって
いた。タイミングの悪いことに七転八倒の締め切りを目前に控えている。神経が集中しないという状態は、
レポート書けない、カリキュラム作れない、企画考えられない…の、ないない尽くし。ないない尽くしなんだから当然
原稿ネタも浮かばない。こういうときはさっさと机を離れて、「もー、やってらんないからアタシャ消えるよ、今日は」と
言い残し、酒でも飲みに行くっていうのがいいのだろうが、残念なことに私はあまりお酒を飲まない。学校は
ブロックMから車で5分というゴキゲンなところにあるのに、なんとももったいない。ならばスポーツで汗をかいて
気分転換というのはどうかという声が聞こえてきそうだが、私はスポーツが好きではない。映画を観に行くというテも
あるが、今の状態ではとてもインドネシア語の字幕についていけないだろう。あー、やっぱりないない尽くし。
…と世をはかなんでいたら、突然ブチッという音と共に部屋が暗くなった。停電である。だが、それが停電であると
自覚はしても、いつもの「なぬっ、停電!? たいへんたいへん、すぐに発電機をたいて…あ! いまクラス、
やってない? はやく確認して、みなさんにお詫びして!!」というマニュアルがさっぱり浮かんでこない。5分も
たたないうちにスタッフが、「先生、停電の復旧には時間がかかりそうです」と連絡してきたが、ボワンとした表情で
「あ、そ…」とつぶやく私に、尋常ではない気配を嗅ぎ取ってか、おそるおそる出て行った。
このままだと私は、この回転椅子に座ったままミイラになってしまう。そう思ったときに、やっと案が
浮かんだ。ゆっくりと体を起こし、電話機に手をかける。そう、もうこれしかない。私のこの虚脱感を払拭させるには
もう、この方法しか残っていないのだ。それは、カ・ラ・オ・ケ、に決まってるではないか!(なんでいばってる?)
実は年末からこっち、スタッフに、「先生、カラオケしばらく行ってないよう、行きたいよう、ねぇねぇ、
行こうよう」とねだられていたので、行く機会はそれなりにあった。だが、最近私はスタッフとのカラオケツアーには
あまり気がすすまない。なにせ、ヤツらと行くと歌えないのである。たとえば日本人ならば、カラオケに行ったさきで
おとなしい人がいると、「ねぇ、○○さんも歌おうよー」と勧めてあげたり、「××さん、いつものあれ、聞きたいな〜」
とおだててみたりとか、いろいろ気をつかったり気をきかせたりする。それがヤツらにはないのである。だいたいが、
ほかの人が歌うときに必ずマイクを持って一緒に熱唱しちゃうとか、順番なんか関係なく連続して4、5曲入力
しちゃうとか、そんな、カラオケマナーのマの字も知らない連中である。いつぞやは私がリクエストして出番を今か
今かと待っていた今井美樹ちゃんの「Peace of my wish」が画面にあらわれたとたん、「あー、これ私大好きぃー!!
歌えるかなぁ〜」と言ってさっさとマイクを握ったヤツがいた。てめー、上等じゃねーかー!
ケンカ売ってんのかぁーーー?
…というような私のまったく感情的な理由で、ここのところスタッフカラオケツアーの頻度は少なくなって
きている。かわりに最近は、東京時代の友人でジャカルタに嫁入りしたかずみちゃんが私のカラオケメイトである。
虚脱症で呆けてミイラになりそうだったあの停電の4時間あと、私はかずみちゃんと2人でクラパガディン
のカラオケボックスで、歌い放題・暴れ放題の神経集中合戦をしていた。この日の目的は、虚脱症から抜け出すこと
である。なにせアルコールなしで盛りあがろうとしているのだから、ノリノリのイケイケでなければならい。だがしかし、
日本を離れて12年なのでモーニング娘。の歌は歌えない。ピンクレディーといきたいところだが、息が続かない
のは目に見えている。どうしたもんだとソングブックをパラパラとめくっていると、「浜田省吾メドレー」というのが目に
とまった。「これだ!」。かずみちゃんも横で「あ、はましょー(注:はまだ・しょうごの略です)、いいじゃーん」と
わめいている。
ジャッジャジャーン、と始まった浜田省吾メドレー、最初の曲は「路地裏の少年」。いいね〜。知らず
知らずのうちにマイクを持つ手がリズムを刻む。記憶に薄い歌も、とにかく動いて歌ってウォウォーとか
イェーイェーとかの雄叫びを入れてりゃ、浜田省吾の歌になる。そのうち、かずみちゃんまで立ちあがって
ウォウォーと叫び始めた。メドレーだから、曲は「J.BOY」「MONEY」と、どんどん変わっていき、ぐんぐんハイに
なっていく。と、突然かずみちゃんが、ドアの方を向いて、「あ、やだぁー!」と叫んだ。見ると部屋のドアのガラス
ごしに2、3人の顔が覗いている。インドネシア人の青年たちだ。どうやら隣の部屋のお客さんらしく、外国人による
外国語の歌が面白いのか、愉快そうにこちらを見ている。かずみちゃんは恥ずかしがって座りこんだが、浜田省吾
乗り移り状態の私は、かまやしないぜ、ベイビー! て感じで熱唱し続ける。その後、覗く人間は途切れることなく、
曲が「ラストショー」になった頃には、縦60センチ、横40センチほどのガラス窓には6、7人の若者の顔が
へばりついていた。
そして無事に浜田省吾メドレーを歌い終えたとき、さっき覗いていたインドネシア人の若者のひとりが
ノックして入ってきた。「?」と首を傾げる私たちに彼は遠慮がちに、だがすこぶるフレンドリーな笑顔でこう言った。
「Mau gabung?」。日本語に訳すと、「一緒にやんない?」。なななぁぁ〜んと、ワタクシたちはインドネシア人の男の子
たちにナンパされたのですっ。いや、それはナンパとは言わないでしょう…とおっしゃっているあなた!
だまらっしゃい!! 「ねー、カノジョオ〜、一緒にお茶飲まなーい?」と、「ねー、カノジョオ〜、一緒にカラオケ
歌わなーい?」の、どこに違いがあると言うのですかっ。でも、青少年とのつきあい方をわきまえている大人の
女性ふたりは、「あっら〜、ごめんなさい。もう帰らなければなりませんのよ、ほっほっほ」と丁重にお断りしたので
あった。
このナンパ事件で、私は虚脱症からすっかり抜け出した。だって、インドネシア人の男の子たちに、
一緒に歌わない? と思わせるだけのパワフルな歌を歌えたんだもん! 来週からまたがんばるぞー。まずは
七転八倒物語の原稿書きだー! …というプロセスによって今月号の原稿はできあがりました。めでたし、めでたし。