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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
83回


2005年 2月



著者:甲斐切清子

  

 (前回のあらすじ)
  年に一度のレバラン休暇。私は友人とともに、海外旅行に出かけるべくスカルノハッタ空港へ向かった。 だが、初めてのオーストラリア旅行に浮かれはしゃぐ私たちを待っていたのは、航空券の予約が取り消されている という非常事態であった。なんとか予約を取りなおしてもらいホッとしたのもつかの間、乗り継ぎのデンパサールへ 向かう飛行機が出発時間不明のディレイト。このままデンパサール行きの飛行機が延々遅れたら私たちはパース 行きの飛行機に乗れないではないか…! さぁ、はたして私たちは無事オーストラリアの地を踏むことができるのか?

  奇跡的にも予約を奪還して、スキップしながら搭乗待合室に着いた私たちを待っていたのは、 乗り継ぎ地デンパサールへ向かう飛行機が出発時間不明のディレイトという、非情なまでのインフォメーション だった。デンパサールでの乗り継ぎ時間は1時間40分しかない。あせる私は、搭乗待合室の係員に言った。

  「私たちはね、この、18:10デンパサール着の飛行機に乗って、19:50デンパサール発のパース行きに 乗る予定なんです。だから、余裕、あんまりないんです。なんとか、早く出る便に取り換えていただけませんか」   
  「そりゃできませんね、今日はどの便も満席だし。ま、とにかく待ってて」   
  「待っててって、何時に出発予定なんですか」   
  「飛行機がまだ来てないから、わかんないんですよ」   
  「それじゃ困るんですっ! 今日中にパースに着かなきゃならないんですっ!! 」   
  「もうちょっとしたらわかるから、ね、座って待ってて」   
  「だ・か・ら〜〜〜、もうちょっとって、5分後なの、5時間後なのぉぉぉ〜〜〜」   

  こういう時の典型的日本人は悲しいくらいに細かい。目安がほしい、目標がほしい、kira-kira(だいたい) でもmungkin(たぶん)でもいいから、何分ぐらいとか何時ぐらいとか言ってほしい。そうすればそれを心のよりどころ にし、希望を持って待合室で座っていられるのである。
  搭乗待合室の簡素な椅子に座って私は宙をにらんで考えていた。
  ―もし、デンパサールに着くのが遅れてパース行きに間に合わなかったら…。ま、バリで一週間というのも 悪くないかな。いやいや、忘れてはいけない、明日の夜にはTさん、明後日の朝にはMさんがパース入りするん だった。パースに行かないわけにはいかないんだ。じゃ、明日のパース行きの便に乗せてもらう? でも、レバラン 中の海外行きのフライトは満席って言ってたよね。それに今日予約してあるパースのホテルはどうなるの、宿泊料、 もう払ってあるのに、払い損ってこと? それが一番やだ〜、くやしぃぃぃー!   
  とかなんとか考えているうちに、ようやくのっそりと飛行機の姿が視界に入ってきた。40分ぐらいの 遅れだっただろうか。「お、意外に早かったじゃん。5時間遅れじゃなかったのね、上出来上出来」と感心しながらも、 不安は払拭できない。なにせ、今から乗りこんで離陸までを勘定に入れると、やはりかなりの遅れとなる。 デンパサールに着いてからの乗り継ぎ時間は15分あるかないかだ。座席についても全然くつろげない。   
  ふと機内を見渡すと、空席がひとつもない。私はさきほどのG航空事務所でのことを思い出した。 あのときは悪い夢でも見ているようだったが、今となってはエキサイティングな経験である。思わせぶりな態度で 「なんとかしてあげることもできないことはないけどね〜」という職員の手を、(あるものを渡しつつ)きつく握って 頼みこみ、結局2席用意してもらったときには、「ありがとー!X100」と心の底から感謝したのだが、それは ほんの一瞬だった。
  搭乗券を手にしたとたんに、神様仏様アッラー様と必死で拝んだときの真摯な気持ちはきれいに消え失せ、 「なんなの、満席だって言ってたのに、ちゃんと席あるじゃない。ほんとはガラガラなんじゃないの」と、悪態をついた のだった。だが、本当だった。本当に満席だったのだ。ぞっとした。あの職員が、なんとかしてくれなかったら…、 私の前でほかのお客さんがその席を押さえていたら…、私たちは今ごろガックリうなだれてスディルマンを引き 返していたかもしれない。そう考えると、この飛行機に乗れただけでも、とてつもなくラッキーに思えてくる。   
  だからといって、私の不安は一向に解消される気配はない。それどころか、飛行機の中で私は走って いた。正確に言うと、心が走っていた。私の心や身体があせろうとも、飛行機のスピードに変化が起きるわけでは ないのだが、急げ、急げと心がつぶやき、身体の全細胞も活発に動いていた。   
  そしていつしか私は無口になっていた。デンパサールに着いてからのことを考えていたのだ。飛行機が 無事にランディングして安全ベルト着用のサインが消えたら、すぐに荷物棚の荷物を取り出し、できるだけ早く 機体前方出口近くへ進む。空港内に入ったら、すぐに乗り換えカウンターを通り、パース行きフライトのゲートへ ダッシュ。友人としゃべるとそれだけ走る速度が落ちるので、しゃべってはならない。よし、完璧だ! 必ずなんと してでも、飛行機の翼につかまってでもパースにたどり着いてやるっ!!   

  飛行機は私の不安定な気持ちとはうらはらに、安定飛行を続け、デンパサールに到着した。私は、 安全ベルト着用のサインが消えると同時に、徒競争の合図の「よーい」という状態に入った。荷物を抱えて前方に 進み出る。そして、飛行機のドアが開く。乗務員の「Terima kasih」の言葉を、「ドン!」の言葉に見たて、スタートを 切った。さすがに走るのははばかれるので、たったったっと大またに素早く歩く。言ってみれば競歩の歩調である。 もちろん歩きながら首を上下左右へとやって案内板を見ることも忘れない。立ち止まって案内板を見つめるなんて 素人のすること。歩きながらさーっと確認していくのがプロである(なんのプロなのだ?)。   
  悪いことは重なるもので、出てきたゲートとこれから向かうゲートは真反対の端と端。くーっと思いそうに なったが、そんな感情に惑わされること自体が歩みの邪魔をするということをプロ(…だから、なんのプロ?)は 知っているので、くーなんて思わずに歩き続ける。しばらくすると、「うどんあります」というレストランの看板が目に 入ってきた。「うどん? 食べた〜い」と欲望に負けそうになったが、欲望は人間を堕落させるのをプロ(…)は 悟っているのでかぶりを振って煩悩を払いのける。そしてようやく見えてきたパース行きの搭乗待合室。滑 り込むようにしてたどり着き、荷物と搭乗券を取り出すと、係員はニコリともせずに言った。 「ディレイト、ヤー(出発、遅れるから)」。なんだぁ〜!?   

  そしてとどめは、パース行きの飛行機に乗ったときである。搭乗時間になって機内に入った とたん、なんとなく釈然としない空気を感じた。いつもの、飛行機を乗り換えたときの空気の違いが感じられない。 飛行機のサイズが同じからかな? と思ったその瞬間、通路ですれちがったスチュワーデスと目が合った。 アッと言う間もなく、先方が言った。「Ibu, bertemu lagi ya!(またお会いしましたね)」。そう、それはまぎれもなく、 さっきジャカルタから乗ってきたフライトの乗務員だった。ということは、この飛行機も…さっきの飛行機?  ということは、私の乗ったジャカルタ発の飛行機が、パースまで行くわけ? ということは、ジャカルタにいる ときから、全然あせることはなかったってこと? で〜んと構えてりゃよかったってこと? じゃ、なーんで ジャカルタの搭乗待合室で、 「この機がパースまで飛びますので、ジャカルタ発が遅れても心配御無用です」って 、ひとこと言ってくれなかったのよー! もー、G航空のあんぽんたーん! おたんこなすぅぅぅー!!    

  そしてあえて最後につけ加えるが、実は私はこの日、近年まれなる大風邪の真っ最中だった。 前日病院へ行って坐薬を入れ、点滴を打ってもらって、なんとか動けるという悲惨な体調での出来事。結局 目的地のオーストラリア・パースに無事に行けはしたが、あんなの、もう絶対い・や・だぁぁぁ〜〜〜!!!


―つづく


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