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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
84回


2005年 3月



著者:甲斐切清子

  

 

広島の実家のそばに、もう何年も空き家のままの古い家がある。この年末に帰ったら、その空き家の窓ガラスが割れていた。人ひとりしか通れない細い道で、反対側は高い石垣。古い家、壊れた窓ガラス・・・、昼間は何てことない。が、夜は怖い。夜、その空き家の前を通るときは、半端じゃなく心臓がドッキンドッキンと波打つ。割れたガラスの隙間から、何かがこちらをじっと見ているような気がするのだ。じゃあ、夜歩かなきゃいいじゃないかと思うが、娘が帰ったことをいいことに、夜な夜なゴミ出しを命ずる母には逆らえない。両手にゴミを持てばそれだけ歩くスピードは落ち、その空き家の前を通る時間も数秒だが通常より長くなる。また、その場合の恐怖は、空き家の前を通るその時間だけに感じられるのではない。あそこを通らなきゃ・・・あ、もうちょっとだ、あと3メートル、うわ、もう手前まで来ちゃった、う〜・・・という具合に、恐怖心は時間をかけて増幅されていくのだ。だから、歩き出したときから恐怖に対する感知機ははっきりと針を振っており、実際の現場を通るときに瞬間最大恐怖が記録され、通り過ぎるとあっという間に恐怖心は遠のくのである。気象予報士が解説するところの、「台風一過、今日はさわやかな青空が広がっています」と同じ状況である。だがもちろん、恐怖から解放されるのはわずかな間で、童謡にもあるように「行きはよいよい、帰りは怖い」が待っている。

細かい説明になるが、私の実家は丘の上に建っていて、その空き家は二軒下にある。だから、それでなくても、「あそこを通らなきゃ・・・あ、もうちょっとだ、あと3メートル、うわ、もう手前まで来ちゃった、う〜・・・」を再度味わわなければならないのに、坂道を上る負担によってさらに心臓の鼓動の乱れは増すのである。これはたまらん。二夜ほどそれを経験して、私は心を決めてある行動に出た。厚紙とガムテープ、およびはさみを持ってその家に向かったのである(当然、昼間)。そして、他人の家であることなどおかまいなしに、その割れた窓ガラスを厚紙でふさいだのだ。もしや、中にいる物の怪が、息ができなくなったと私を恨んで襲ってきたらと、一抹の不安がなくもなかったが、夜のゴミ出しはずっと楽になった。

・・・てな具合に、日本人は、日本の古い家屋にこそ物の怪を感じ、黒目黒髪の元日本人であった物の怪にこそ、恐怖を抱くのである。だから、海外に住んでいるとラッキーだ。だって、インドネシアのボロ着をまとった汚いお化けや中華系のキョンシーなんか、おどろおどろしさが感じられず、まったくもって怖くない。怖がりの私としては実に海外暮らしはありがたいことなのである。だが先日、私はここインドネシアで初めて恐怖を体験した。それはじんわりと襲い来る、得体の知れないものへの、正体がつかめぬことの恐怖であった。

 

ある日、帰宅して部屋の中に入ったら、かすかに奇妙な感覚を覚えた。あごが外れたわけでもないのに、歯がかみ合わない感じ。テーブルの足がどれかひとつ長さが違ってすわりが悪い感じ。100点満点のテストのはずが、合計するとどうしても101点になってしまう感じ。とにかくやな感じなのである。でも、このような感覚は、はっきりとした原因がすぐに発見できないのが常だ。悩んでも仕方ないと、いつもどおりにシャワーを浴び、食事の用意をし、テレビの前に座った。すると、視覚がなにかに微妙に反応する。特にテレビの画面あたりに目をやると、私の恐怖感知機がビービービーと異常を知らせる。なななななんなんだ!!! と、目を凝らした私を驚愕させたのは、ある仲良しグループだった。仲良しグループなんて書くと拍子抜けしちゃうかもしれないが、そうなのだから仕方がない。いったい何の話をしているのだ、おまえは! と言われる前に、速やかに話を進めさせていただく。

私の部屋のテレビはテレビ台の上に置いてあって、横にはバリで買った猫の木彫りが3匹、仲良く並んでいる。万歳してる少々肥満気味なやつと、ビンタンビールにしがみついているセクシーなやつ、そしてもう一匹は風流な招きバリ猫である。彼らは、いつもテレビの脇にトライアングル状に仲良く立ってこっちを向いている。背の高いビンタン猫が一番後ろで、その前に招きバリ猫と、万歳猫。それが通常の状態だ。

しかしその日、私の視界に入ってきたのは、いつものポジションをまったく無視して立っている彼らの姿だった。変わっているなんて生易しいことではない。ぐちゃぐちゃになっているのである。万歳猫はテレビに出っ張ったおなかをなすりつけ、招きバリ猫は後ろ向きになり、ビンタン猫に至ってはあさっての方向を見ている。

「・・・なにこれ」

私は、つぶやいた。こんなのは見たことがない。お手伝いさんが拭き掃除をしたあと−と考えるのが一般的であろう。だがしかし、うちのお手伝いラトミは、自慢じゃないが拭き掃除は苦手だ。というより、きらい。というか、したことがない・・・とまではいかないが、まず通常しない。でも、もしやと一縷の望みをかけてテレビ台を右手人差し指ですーっと拭いてみる。みごとに「一」という字が書けた。これではっきりした。ラトミではない。

では、いったい誰の仕業なのだ。ラトミのかわいがっている向かいの家の子供リフィか。いや、私の部屋には絶対リフィを入れるなとラトミに強く言ってある。むかし、学生からもらった誕生日プレゼントのミッキーマウス人形によだれをたらされたことがあるからだ。もちろん、今ではリフィも大きくなっていてよだれはたらさないだろうが、とにかく私の部屋は子供は立ち入り禁止なのだ。それでは猫のタマか。あいつはよく、テレビの頂上目指して、ソファやテレビ台をぴょんぴょんと跳び越え駆け上がっていく。そのときに、バランスを崩してバリ猫3匹を蹴飛ばしたのかもしれない。いや、この推理もいまいち説得力に欠ける。タマのお気に入りのテレビは一階の居間のテレビであって、私の部屋のテレビは頂上まで若干高く、しくじることが多いのであまり挑戦しない。

とすると・・・やはりなにものか、姿の見えないものの仕業ということになる。そういえば霊感の強いラトミが以前、この家の霊は2階にいると話してくれたことがる。インドネシアの家には必ず霊がついてると言われるが、そのテリトリーが、うちの場合2階だというのだ。じんわりと襲い来る恐怖に脂汗さえにじんできた私の前に、当のラトミがやってきた。これはもうラトミに訊いてみるしかない。「私もリフィもタマも、な〜んにもしてないよーだ」と言われたら、私はそのときこそはっきりと恐怖に直面することになる。そうとはわかっていても、このままでは今後この部屋で新聞がバサッと落ちただけでも心臓が止まってしまうかもしれない。

「ラトミ、あのさぁ」・・・意を決してラトミに問いかけた。空き家に向かうときのプロセスと同じである。「あそこを通らなきゃ・・・あ、もうちょっとだ、あと3メートル、うわ、もう手前まで来ちゃった、う〜・・・」と同じように、「ラトミに訊かなきゃ・・・、あ、もうちょっとだ、真相究明まであと3分、うわ、ラトミが答えようとしている、う〜」と、恐怖心は増幅されていく。「ラトミさぁ、この木彫りの猫たち、いつものポジションと違ってるんだけど」。おそるおそる尋ねた私に、ラトミはけろりとした顔でこう答えた。

  「あ、それね。3日前にエアコンサービスがきて、テレビ台を踏み台代わりにして仕事してたっけ、そういえば」

  台風一過。ラトミが真相を明らかにしてくれた瞬間、物の怪への恐怖はあっという間に消えた。だが、新たな恐怖が私の前に立ちはだかった.。それは、バリ猫の異変は3日前からすでに起こっていたのに、今日になってようやく気づいたという私のボケ症状。これは怖い。そしてもうひとつ、テレビ台をエアコンサービスの兄ちゃんたちが踏み台にしたって言ったけど、さっき指で一文字が書けたってことは、ラトミ、あんた、エアコンのあんちゃんたちが踏んでいったテレビ台を、3日経ってもまだ拭いてないねー! 拭き掃除、ちゃんとしてってば! もぉ〜〜〜!!


―つづく


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