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日本語教師七転八倒物語
86回


2005年 6月



著者:甲斐切清子

  

今日は久しぶりに日本語教師に戻り、日本語について物申すことにする。いや、久しぶりに 日本語教師に戻り…といっても、基本的には私はいつも日本語教師なのだが、この原稿では、日本語教師としての 姿が浮き彫りにされてないように思う。どうやら、暇にまかせて漫画と文を書いている流れ浪人のように思われて いるフシがあるので、たまには日本語教師としての正しい姿で、日本語に関する小論文などを書いてみることにする。

  本日取り上げるのは、「こんにちわ」という、気になる単語である。ここでまず、ブリタジャカルタを 読んでいる何パーセントかの方が、「そうそう!」とうなずき、何パーセントの方かが「なんで?」と首をかしげるで あろう。それぐらい、この挨拶はここのところ蔓延してきている。さきほど、「気になる単語」と書いて、あえて 「気になる日本語」と書かなかったのは、この言葉は正式には日本語ではないはずだからだ。私が人生の初期に おいて挨拶言葉を習ったのは、すでに40数年前なので、その過程はさっぱり覚えていないが、ゆるぎない確信と 強さを持って、昼の挨拶は「こんにちは」とインプットされている。なのにここのところ、メールや数は少なくなった はがきや手紙などで、いきなり「こんにちわ!」と、私のテリトリーに飛び込んでくるケースが多いのである。 そのときの感じといったら、ドレスコードのあるフレンチレストランに、アロハと短パンで入っちゃったって感じ。 もしくは、お偉いさんたちだけの役員会議に入社したての平社員が顔を出した感じ。あるいは、30代以上が条件の お見合いパーティーに18歳になったばかりの若造が参加してしまった感じ。とにかく、非常に稚拙な幼いムードを 漂わせた言葉なのである。しかしながら、小説家の友人が「こんにちわ、元気ですか」、パーティーのご案内に 「こんにちわ。このたび、なになにさんのこれこれを祝って・・・」、あげくは日本語教師に応募してきた方の手紙に、 「こんにちわ。私は日本語教師希望のだれだれです」と書いてある。絶望的な状況である。
  私にとって「こんにちわ」が許されるのは、御用聞き・出前だけである。「こんにちわー、駅前 クリーニングで〜す! 洗濯物お届けに参りました〜」、「こんにちわー、来々軒でーす! 丼いただいて いきまぁ〜す」。これは確かに、「こんにちは」ではなく、「こんにちわ」と言っているような気がする。だが、実は これは正しくは「こんちわー」と言っているにすぎないのだ。だから、「わ」が許されるのである。
  「こんにちは」と「こんにちわ」と違いは、なによりこの最後の「ワ」にあると思う。「こんにちは」の 「ワ」は、口が全体に横に拡張しながら開いていって、自然に顔全体に微笑が広がる。だが、「こんにちわ」の 「ワ」は、非常に無抵抗に口が縦横に広がる。放り投げたピーナッツも入るだろうし、とんできたハエだって飛び 込んでしまくらい素直に開口して、まるで発声練習でもしているような表情になる。私は話す仕事を長年やっていた せいか、特にそう感じる。私はけして、発声練習中の顔で挨拶はしたくない。いや、それはけして正式な挨拶の形で はないと思う。なのに、今日も「こんにちわ!」という言葉がメールに入ってくるのだ。
  もしや、日本語教師の頼みの綱、国語審議会で「こんにちわ」が認められたのであろうか。ふとそう思った 私は、インターネットで調べてみることにした。入力したのは「こんにちわ」。するといきなりトップで出てきたのが、 「こんにちわ 撲滅委員会」なるサイト。「『こんにちわ』撲滅委員会」とは『こんにちわ』表記撲滅のために戦い 『こんにちは』表記を広く普及させようという趣旨のもとに設立された団体である・・・」と始まるサイトは、実に多くの 人々の「こんにちわ」に対する戸惑いと憤りの声を載せている。
  そのたくさんの人たちの意見の中には擁護派の意見もあり、「パソコンに『こんにちは』と入力すると 『今日(きょう)は』に変換されてしまうからいやだ」というものがあった。だからといって、「こんにちわ」にしてしまうと いうのはあまりにも乱暴ではないか。それにパソコンのせいにしているようだが、私が2004年に購入した東芝 ダイナブックAXでは、「こんにちわ」と打っても、自動的に「わ」は「は」にきっちり修正変換される。すばらしい!  「『こんにちわ』撲滅委員会」推奨パソコンに認定される日も近いかもしれない。

  さて、インターネットの検索では、国語審議会の正式なコメントまでは行き着かなかったが、 『こんにちわ』撲滅委員会と出会えただけで、胸のつかえがとれたような気分であった。
  そしてそのあと、一昔前の日本語教師らしく辞書で調べてみたら、
  ―こんにちは【今日は】(感)日中、人に会ったり、人を訪問したときの挨拶の言葉。「今日はご機嫌 いかがですか」などの下を略した形。「こんにちわ」とは書かない
  とあった。それ見ろ〜! と思ったが、この三省堂・大辞林は1990年版。情報不足の海外在住の 日本語教師としては、やはりまだちょっぴり不安が残る。

  ところで、この一連の話を、日本語学習者に話してみた。日本語学習歴3〜4年の中級レベルの 学生3名、全員日系企業に勤める30代インドネシア人である。まず私は日本語教師らしく復習から始めた。
  教師「日本語の中で、昼、人に会ったときの挨拶はなんですか」
  学生「コンニチワです」
  教師「そうですね! ではそれを書いてみてください」
  学生「はい!」(と言って、学生たちはなんの迷いもなく、「こんにちは」と書く)
  教師「合格!!」
  そりゃそうだ。私の知りうる限り、日本語テキストでは、昼の挨拶は「こんにちは」と表記している。 そのあと話した「こんにちわ」談を聞いて、彼らは目をまんまるくした。そして、なぜ日本人なのに間違えるのかと 訊いてきた。間違えている人もいるけど、わざと使う人もいると話したら、彼らは即座に、「あ! じゃあ、私も使って みよう!」と言った。ちょいと待て。私が君たちにこの話を聞かせた目的はそういうことではないのだよ。でも、 日本語学習者というものはそういうものである。初級を終わるころに遭遇する難易度ウルトラC級の敬語の 難しさに、彼らはおもいきり躓き、それで傷ついたプライドとやる気を、流行語や若者言葉などをマスターすることで 癒していくのだ。
  そういえば、つい1週間ぐらい前、すでに日本語能力試験1級をクリアした昔の教え子と話していたときに、 「よろぴく!」なんて不用意に発したら、「え! なにセンセ、それ」と言われた。「しまった!」と反省しつつ説明 すると、あちらはすっかりしめしめという気配。いかん! 人様の「こんにちわ」を揶揄している場合ではないでは ないか。日本語教師、反省反省。


―つづく

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