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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
88回


2005年 7月



著者:甲斐切清子

  

ひとりのインドネシア人女性がいた。「日本語教師七転八倒物語」に彼女が登場した回数を数えれば 10回は越えるだろう。「ネタ切れのときには、彼女のネタにすれば急場はしのげますよ」とアドバイスしてくださった 方もいた。私の家にいらっしゃる日本人のお客様は、まず彼女に会いたがった。「ジャカルタで一番有名な お手伝いさん」と言われたこともあった。それもこれもブリタジャカルタのおかげである。やはり、書かないわけには いかない。書かねばならぬであろう。ラトミが辞めたことを…。

  ラトミというのは私のうちのお手伝いさんである。いや、今はもういないのだから、「お手伝いさんだった」と 表記すべきであろう。霊感が強く、それが関係しているかどうかは定かではないがかなりの強面で、近所のボスで あった。彼女がいるだけで私の家の周りは治安が約束されていたといっても過言ではないだろう。ご近所づきあいも 家のメンテも、何から何まで任せられるたのもしいお手伝いさんだった。学校が忙しいときには、よく助っ人にやって きてくれた。大工さんが必要だ、左官はいないか、学校の警備員が出て行ったと私が騒ぐたびに、いつもすぐに どこからか誰かを連れてくる、人材派遣センターの敏腕マネージャーのような奴でもあった。私がくたびれきって いるときには肩を揉んでくれたし、私の大切にしている猫もかわいがってくれた。「先生のとこを辞めるときは、 私がもう働かなくなったときだよ」と泣かせるセリフを聞かせてくれたこともあった。
  そのラトミが辞めた。辞めたというより、辞めてもらったと言ったほうが正しいだろう。どうして! と、上記の 文章を読んだ方は思われるはずだ。私自身も書いている先から、「ううむ、つくづくいいお手伝いさんだったん じゃないか」と実感した。でも、去年の中ごろあたりから積もりに積もったイライラとモヤモヤで、私はすっかり参って いた。そして、4月の初め、彼女がドアごしに「そんだっだらわたしゃ辞めるさねっ!」と啖呵をきることになった、 その、事の顛末を本日は書かせていただこうと思う。

  慣れは惰性を生む。たぶん、7年という歳月が二人の間に「惰性」というよどんだ空気を作り出して いったのだろう。残念なことに私とラトミの間には「親しき中にも礼儀あり」という言葉は存在しなかった。ラトミは、 留守がちな主人ひとり、文句を言わぬ猫2匹という家庭の中で、どんどん思うがままの生活を形成して行き、掃除は しない、しょっちゅう家を空ける、私が注意すると口ごたえをする、おまけに仕事が増えるとその度ごとに給料の 賃上げを要求してくるようになってきた。私が相手にしないと、学校のスタッフにそれを話して、スタッフからそれを 私に伝えるよう示唆する。そんな失敬きわまりない彼女の態度に業を煮やした私は、ある日スタッフに、「掃除を せよ、留守にするな、口ごたえは許さん、とにかく生活態度を改めよ」と、逆にラトミに伝えてもらった。すると彼女の 答えはこうだったというのだ。
  「ふん、だってもう飽きちゃったもん、しかたないじゃん」。
  な・に・い・い・い・い・いーーーーーーーーーーー!!!!!!!
  私の怒りを、ブリタジャカルタ一万人の日本人読者の方はおわかりくださるであろうか。
  私はそのとき、数えてみた。何をかというと、彼女のこれまでの所業ひとつひとつをである。いままで、軽く 流そう、忘れようと努めていた事柄のひとつひとつを思い出してみた。

  たとえばその1。去年の10月ごろ、私と彼女がいっしょに料理していたときのことである。冷やしうどんの 錦糸玉子を作ってもらおうと、私はたまごのパックを冷蔵庫から出して彼女に渡した。すると彼女はそのパックから 1個のたまごを取り出し、それからおもむろに私の鼻先にそのパックを差し出し、「ふん」という声とともに、あごで、 あごで! 冷蔵庫を指し示したのである、たまごのパックを冷蔵庫に戻せと。そして、気配り万全の日本人である 私は、自動的に「はい」と言ってそのパックを受け取り、冷蔵庫に入れてしまったのだ。くーー! ラトミにも腹が立つ けど、自分にはもっと腹が立って、その日は1日中仕事が手につかなかった。なさけないったらありゃしない。

  たとえばその2。今年の3月ごろ、遠方から友人が来ることになったので、私は家中をとにかくきれい にしたかった。そんなある日、応接間のソファーカバーを猫が下痢で汚した。私はすぐに洗濯するように言った。 話はちょっと逸れるが、私の家は昔から洗濯はお手伝いさんによる手洗いだった。でも、ラトミの洗い方が近年 どんどんぞんざいになってきて、白いシャツの汚れは落ちない、ブラジャーの形はくずれる、そんなこともあり、 去年の9月ごろ、私は自分用に洗濯機を買った。そして何日かに一度、学校から帰って自分で洗濯機を回していた。 でも今回は、猫のウンチで汚れたソファーカバーである。だから私は彼女にすぐに洗濯するように言ったのだ。 すると彼女はこう言ったのである。「自分でしな、洗濯機を使って」。
  こんな主従関係って、ありですかぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっっっっ!?!?!?

  そんな、大から小、松から梅、日本語能力試験1級から4級…てな感じの、ラトミの所業の数々を頭の中に 羅列、反芻、攪拌して、私はラトミに辞めてもらう決心を固めていった。そうしないと、またいつものように我慢モード に入り、再び気持ちが萎えていくからである。このままでは私はこの先一生、ラトミにいいようにされ、自分の弱さ ゆえ気分も害しひたすら落ちこみ、果ては「自宅に帰りたくない症候群」に悩まされることになる。いやだ。こんな 生活はもういやだ。ここは私の家。仕事の疲れを癒すオアシスでなければならない。オアシスに強面の敏腕 マネージャーはいらない。

  そう思ったとたんに私は、彼女に態度を改めてもらいたいのではなく、辞めてもらいたいと望んでいる 自分に気付いた。だがさすがに7年のつきあい。決定的な理由もないのに、クビを言い渡すのは抵抗がある。 だから、これまで遠慮して言わなかったことをどんどん言うことにした。言いたいことを遠慮して言わなかったのは、 言えば彼女の機嫌が悪くなるからである。強面の顔が怒ると鬼の様相を呈してくる。鬼のいるオアシスなんてあり 得ない。だから今までは言わなかった。でももう怖くない。思ったことをどんどん言って、彼女が文句を言ってきたら 辞めてもらうことにすればいいのだ。

  そして4月のある日、決戦の日を迎えることになるのだが、怒りにまかせて書いているうちに紙面が なくなってきたので、ラトミと私の壮絶なバトルの模様は次回へと持ち越される。

 
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