Jakarta Communication Club
ジャカルタコミュニケーションクラブ
 Since 1997

よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           

 

日本語教師七転八倒物語
93回


2006年 2月



著者:甲斐切清子

  

寒波荒れ狂う日本に一ヶ月滞在した。ジャカルタに戻ってきたらすでに1月も半ばに位置し、街は2月のチャイニーズニュ-イヤーの飾りに姿を変え、そしてブリタジャカルタの締め切りは目前に迫っていた。いかん! 1月号を休んで2月号も書かなければ、このままずるずる春まで休筆状態が続き、いつか気がつけば絶筆ということになりかねない。それだけは回避したい。なぜなら、今年どうしてもこの「日本語教師七転八倒物語」を、100回目までたどり着かせたいのである。どうしてかというと私事で恐縮だが、不肖の一日本語教師が立ち上げた語学&文化センター「ジャカルタコミュニケーションクラブ」が今年、丸10年を迎えるのである。それに合わせて「日本語教師七転八倒物語」も100回を迎えたいのだ。はは〜ん、こやつ、学校の10周年と連載の100回記念をいっぺんにやってしまおうという魂胆だな…と勘繰りを入れたあなた、その通りです、へへ…。とにもかくにも、2月号でのご挨拶で恐縮ですが、今年もよろしくお願い致します。

  さて、日本人といえば飲み会、飲み会といえば忘年会・新年会。私も日本人のはしくれ、いくらジャカルタ在住14年目を迎えようとも、年末が近づいてくると手帳が忘年会の予定で埋まらないと落ちつかなくなり、年が明けたとたん友人たちと新年会はいつにするという話で盛りあがる。
  それは去年の忘年会のことであった。親しい友人たち5人で居酒屋へ行き、焼き鳥やら揚げ出し豆腐やらモツの煮込みやらをつつきながら一年の反省・自慢を含めた報告をしていた。メンバーは全員、ジャカルタ在住5年以上のルピア生活者ばかり。日本にもしょっちゅう帰れるというわけではなく、トピックは帰国した日本でのエピソードになっていた。
  5年以上ジャカルタで生活していると、からだの隅々にジャカルタエキスが行き届いてくる。スーパーでシャンプーのふたを開けて匂いを嗅いだり、レストランでからになったお皿の上に使用済みのティッシュを載せたり、空港のパスポートコントロールで何かイチャモンをつけられないかびくびくしたり、これはもうインドネシアのどこへ行ってもインドネシア人のフリして暮らせるね! と、ひそかに自信を持っていたりする。だが、ここに大きな危険が隠れていることに、私たち日本人はたまに帰った日本で知るのである。
  
  たとえば、M嬢の場合。彼女はMampangの庶民的な住宅が軒を連ねる地区に住んでいる。大通りからオジェック(バイクタクシー)でばばばばっと走ったドン詰まりにあるタウンハウスが彼女の住まいで、彼女はその大通りをよく利用する。利用するといっても、タクシーやバスでよく通るという意味ではない。その大通りをよく横断するのだ。たいていの国で大通りは横断歩道がない。その代わりに歩道橋があったり地下道があったりする。だが、インドネシアにはそれがない。いや、歩道橋はそれなりにあるが、めんどくさいとか賊に襲われるとかの理由で、あまり使われない。
  では、みなどうするかというと、信号も橋もない大通りをそのまま堂々横切るのである。その横切り方には、少々コツがいる。日本で、車の切れ目を縫って渡るとき、私たちは身体をやや屈めがちにし、手を胸元あたりに挙げて、すみませんの気持ちを態度で示しつつ早足に横断する。まずこれが違う。インドネシア方式は、ピンと伸ばした背中、しゃんと張った胸で、潔さを全面に打ち出した姿勢で臨む。強気で進むと言っても過言ではあるまい。
  そしてポイントになるのが、手である。インドネシア方式でも日本と同じように車の来る方向に手を掲げるのだが、それは道路の流れを邪魔したことへの侘びや、通してくれたことへのお礼を意味するものではない。ただ単に、「とまれ!」である。「私が通るから、しばしとまっておれ!!」という意味なのである。もちろん、「スピード落としてちょーだいな」とか、「そのまま走ってると私とぶつかるよ」とか、「この私が目に入らぬか」とか、微妙なニュアンスの違いはあるだろうが、結局のところ、「とまれ!」なのである。説明が長くなってしまったが、M嬢はこの「とまれ!」を、つい日本でやってしまうという。そして遂には昨夏、東京のある大通りでこれをやってしまい、おまわりさんに厳重に注意されたらしい。そりゃ怒られるわな〜。
  
  続いてY嬢の場合。彼女は、長らく日本から遠ざかっており、昨年数年ぶりに帰国した。そのとき、100円ショップに入って気がついたら3時間たっていたという。かなり怪しい客であったに違いない。
  
  K嬢の場合(私のことですな)、最近自動販売機の前で立ちすくむという。自動販売機といっても、飲み物やタバコのそれではない。電車のそれである。以前東京でフリーランスの仕事をしていたK嬢は、JRや地下鉄などで毎日いろいろな現場に行っていたので、切符を買うことなどお茶の子さいさいだった。それが今は立ちすくむのである。
  まず、昔と違って今の切符販売機はボタンだけでなく画面がある。その画面に東急線とか田園都市線とか地下鉄とか書いてある。JRの切符売り場なのに、なんで!? と思うが、それは乗り継ぎ線をまとめて買う場合の親切設計。
くそっ、いらんことをしてくれる。不慣れな人間は、その中から「JRだけ」を捜すのに時間がかかるのだ。この場面をイラストにしたら、ぜったい「あたふた」という擬態語が添えられるはずだ。なんとか、「JRだけモード」に行きつき、お金を入れる段になってまた迷う。どこに入れればいいのだ。お金が入れられるような場所がいくつもある。やっと探し出すと、今度は何人分? と訊ねてくる(←混乱のあまり機械を擬人化している)。見りゃわかるでしょー、私はひとりもんよーーー!! 機械は私がひとりもんかふたりもん(?)かを訊ねているわけではなく、今何人様でお乗りになりますかと訊ねているのに、ここまできたら、女もしじゅーを越えるとトウがたっていやだね状態。そして最後に、時間がかかったので居づらく、そそくさとその場を離れたと同時に聞こえてくる、「領収書を御希望の方は領収書ボタンを押してください」。おそいぃぃぃぃぃーっ!! そんなこともあって、近年JRや地下鉄のパスカードを使っていたが、それでもカードに残金がなくなったときには先に述べたシチュエーションとなる。
  ところが数年前、JRに「スイカ」というカードが登場した。当初はチャージできる定期券だったのが、今はチャージできるパスカードになった。旅行者にとってはたいへんありがたいことである。年末にNHKの「プロジェクトX」という番組で、このスイカを開発したグループが取り上げられており、興味津々、今回使ってみることにした。発売当初、なんで果物の名前なの? と思ったが、番組によると、「すいすい改札(いさつ)を通れるカード」で、スイカなのだそうだ。ふーん、「すいすい改札を通れるード」じゃないのね。合言葉は「タッチ・アンド・ゴー」。改札の感知部分にカードをペたっとタッチしながらも歩は前進あるのみ。やってみたい! 遠くインドネシアからやってきた、田舎者らしいささやかな希望である。
  「えっとぉ、スイカってカードで、あのぅ、定期券じゃなくて、どこで乗ってもどこで降りてもいいっていうのがあるって聞いたんですけどぉ…」というしどろもどろの申請に、JR東日本阿佐ヶ谷駅みどりの窓口の、昔の国鉄を思い出させる無愛想な職員は、ぞんざいな態度でスイカを差し出した。それでも田舎者はうれしい。
  おー、ポスターで見かける通りの、テレビで見た通りの、あの黄緑色と銀色に輝くスイカではないか、感激っ! 初めて買ったそのスイカをしっかと右手に持ち、阿佐ヶ谷駅の改札機に我身をすり込ませ、「タッチ・アンド・ゴー」をしたとき、私はかすかに身震した。しかも「タッチ・アンド・ゴー」と呟いていた。すんなり改札を通りぬけたその瞬間、自分の顔に広がる満面の笑みを、私は止めることができなかった。そして同時に自分の浦島太郎度を実感せずにいられなかった。



―つづく
 
Jakarta Communication Club

JCC1- Jl.Cipaku2 No.27 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7203966/72791829 (FAX) 7203966

JCC2 - Jl.Cipaku2 No.4 Kebayoran Baru Jakarta Selatan 12170 INDONESIA
(TEL) 7257266/7250530 (FAX) 7257266


http://jccindonesia.com