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ジャカルタコミュニケーションクラブ
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よもやまクラブ by Ibu KAIKIRI                           
 
2003年3月正式公開より
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日本語教師七転八倒物語
99回


2006年 8月



著者:甲斐切清子

 

 まずみなさま、ご覧ください。本原稿の回数を。99回です、第99回。次回は、どう血迷っても、どうひっくり返っても、第100回。この、気は短くて根気なしの私が、こんなに長くひとつのことを続けているというのは、まったくもって奇跡に等しいことだ。思い起こせば10年前、「日本語教師七転八倒物語」の前身は、1996年の年末から年始にかけて4回にわたって書いた「日本語教師バス通勤物語」だった。それがきっかけとなって、1997年の春、「日本語教師七転八倒物語」がスタートし、本年本月に99回目を迎えるに至った(バックナンバーはJCCホームページからご覧くださいネ?)。一時はJダイブに回数を越されあせったこともあったが、いつしかそのJダイブ自体が連載を終えてしまった。ブリタのトップ記事であるジャカルタペンリレーの座を奪うことは叶わないにしても、ペンリレーの次のページという誇らしいポジションに着いたことも何度かあった。そんなこんなの10年間だった。

さて、99回目をどんな話題で展開しようか、私がたっぷり思い悩んだことは言うまでもない。ここのところ、前回のエレベーターのように、大アクシデントには見舞われていないので、皆さんの最も喜んでくださる不幸話ネタがない。かといって、ときおり天からふっと降りてくる(イタコか、私は)ヒントもないし、そうなるとスタッフや友人たちとの会話にその糸口を見つけようと必死になるわけだが、そういうときに限ってスタッフの働きぶりは大変まっとうで、友人はしみじみ問題のない幸せな生活を送っているのである。どうしよう〜と頭を抱えていたところにタイミングよく日本から来客。アテンドしているうちにプチネタが次から次へと出てきた。だが、プチネタはあくまでもプチネタ、1回分の原稿にふさわしいだけのパンチとボリュームに欠ける。たとえばこんな感じである。


  その1―

客人の希望で出かけたバンドゥンのタンクバンプラフでイチゴを買った。プンチャックでもそうだが、高原地帯は野菜や果物がよく売られている。それらは鮮やかなみずみずしい色を放っていて、つい買ってしまう。バンドゥンのイチゴもそれはそれはきれいな赤色をしていて、とても甘そうだった。イチゴ売りのお兄ちゃんも、「甘いよ、甘いよ」と言って売っている。抑えきれない不信感に、「兄ちゃん、ホントに甘いの、それ」と訊いたところで、「ホントはすっぱいんだ、てへ」という売り子はいるわけはなく、結局、20粒入り1万ルピアを値切って5千ルピアで買った。そしてさほど期待もせずに一粒口に放り込んだ。すると、意外や意外、瞬時に甘さがお口いっぱいに広がった。「え! ホントに甘い! 甘いじゃーん!!! ってゆーか、なんでこれ、噛む前から甘いの」。そう、それはなんとイチゴに砂糖水をつけて売っているという代物だったのだ。日本からの客は、おもむろにイチゴを摘まみ取り、表面をぺろぺろなめまくって、「甘いぞ! 甘い!!」と呟き、果てはへたまでぺろりぺろりと味見して、「むむー、ここも甘い! ということは、砂糖水を塗りつけたのではなく、砂糖水の中にトップンと漬け込んだわけだな」というところまで分析していた。

 
  その2―

再びバンドゥンでのこと。一般公開されていない歴史的建築物の中を見学したいと門前の警備員に言ったら、「Kitas(外国人滞在許可証)を預かる。名刺ではだめだ、正式な身分証明書を出せ、あとで返す」と言う。でもやっぱりKitasを預けるのは怖いなぁ〜、と思い、どさくさにまぎれて「はい、これ」と名刺を差し出したら、「うむ、入ってよし」。は? 今の、正真正銘のただの名刺だけど?? だが、このいい加減さがインドネシアのうれしいところである。ラッキー! とスキップしながら見学をし、戻ってきたところで、「ありがとうござんした。ではさっきのカードをお返しくだされ」と申し伝えると、「記念にもらっておく」。あいかわらずインドネシアの規則や方程式はさっぱりわからない。


  その3―

先ほどの歴史的建築物の見学のときのこと。警備員(か係員)の一人が、「俺が案内しよう」とばかりについてきてくれた。こういうときは当然後々のチップという話になるのだが、それはもう百も承知。「では案内してくだされ」というより、「ではついてまいれ!」て感じで見学ツアーが始まった。

オランダ時代に作られたその建物は、ヨーロッパとアジアのテイストがミックスされた興味深いものであったが、謎の異邦人女性二人は、なんとその歴史建造物見学中、けしからんことにトイレに行きたくなってしまった。そういえばここは由緒ある建造物。きっとトイレもクラシックな洋風のそれに違いない。そんなわけで、この中のトイレをお借りできないか申し出てみた。だが、基本的にここは一般公開用の観光地ではなく、今現在も庁舎として使われているものなので、突発的見学希望個人旅行者にやすやすとトイレを使わせてくれるわきゃないだろうなーと思ったが、思いのほか簡単に「ぼれ〜」と言ってくれた。

たどり着いたトイレはもちろん女子用と男子用に分かれていた。女子トイレのドアを開けると、タイルこそ新しく張り替えられているが、窓枠やらガラス戸やらが昔の洋館の趣を残してなんとも味わい深い。バチバチと写真を撮る。ふと見ると案内の男性が、同じ女子トイレの入り口脇に佇んで、私たちの様子を眺めている。「ここ、女子トイレなんだけど」という視線を投げかけても気にもしないようだ。まぁ痴漢でも変質者でもないのは明らかなので、そのままほおっておいた。

写真撮影終了後、私たちはいよいよ用足しにトイレに入った。その男性はというと、一向に女子トイレから出る気配がない。それどころか、かすかに移動して私たちが用を足しているドアのまん前で仁王立ちしてしまった。トイレのドアにはめ込まれたすりガラス窓からそれがしっかり見て取れる。

「なぜこの男性は、今、ここで、私たちがしゃがんでいるトイレの、ドア1枚隔てただけのまん前で仁王立ちなのだ?」

私は疑惑と不安を抱きつつ、用を終えた。そしてドアを開けて、男性を横目でちらりとにらんで、洗面台に向かった。すると、さっきまでびくともしなかった男性が、私たちの使ったトイレのドアをひとつひとつを開けて覗き込み始めたではないか。そこでようやく気付いた。彼は私たちを爆弾テロリストではないかと疑っていたのだ。だもんで、それぞれが入ったトイレの汚物入れや便器の中に、もしや爆弾が仕掛けられたのではないかとチェックしたのだった。そういえば二人とも割りに大きめのデイパックを抱えていたもんな。爆弾、入ってるように見えたのかなぁ。


  その4―

日本からの客人の目的の一つにインドネシア語関係の書籍を買い求めるという仕事があった。そのために大手書店に出向いて、目的の書物を見つけた。著者を確認しようと商品管理票を見てみたら、「著者名:4Kg」。もちろん、店員に伝えたが、思ったとおりリアクションは、「ふ〜ん」であった。

 

…というような、いかにも原稿にするにはパンチもボリュームもサンバルも足りない感じのネタしかなかった第99回目、だが、とりあえずプチネタでも1回分、間に合った。なにしろ明日締め切りですから〜! 

それでは、来月は帰国のため1回休みで、第100回目は再来月の10月号で!

 
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